ピン・チーリンと背びれザメ

島田梟

小説

6,238文字

少年ピン・チーリンは、無人島で背びれザメと遭遇する。本人が言うには背びれしかないらしいが、本当にそんなことがあるのだろうか?疑いながらも、何だかんだでお世話になるチーリン。そして……

むかしむかし、と言っても飛行機が飛ぶ程度には文明が発達した時代ですが、あるところに、と言っても太平洋の無人島なのですが、そこに男の子がいました。

好きでいるのかって?

とんでもない!!!!!!

男の子は家族と乗った飛行機が墜落し、何もない島に流れ着いてしまったのです。

男の子(だと他人行儀ですからピン・チーリンと呼びましょうか。お嫌ならあなたが自由につけても構いませんよ)は砂浜に座りこみ、ずっと海を見ていました。そこに船が通れば助けてもらえますからね。

そう簡単に行けば誰も苦労はしません。ピンチーの考えは甘かったようです。することがなく、仕方なく砂浜を歩くことにしました。

砂浜にはスーツケースが意外とたくさん落ちていました。きっと死んだ人たちからのプレゼントでしょう。男の子は食べものを欲しがっていました。あと、サバイバルで使えそうなものも。

まずはおじさんが好きそうな銀色のスーツケースを拾いに行きました。ざぶん、ざぶんと波をかぶっているので早くしないとずぶ濡れがぐしょ濡れになります。

小走りで近寄ったピンチーでしたが、海の方に恐いものを見つけてしまいました。サメの背びれです。つまりサメです。水を切るように、まっすぐこちらへ向かってきます。

「やめろっ!」

まだ何もされていないのに、この慌てようです。でも、これから何かされそうなのですから、お利口なことばかり言っても始まりません。

「やめろっ!」

スーツケースまでもうちょっとなのに、サメが気になって手が出せません。サメが陸地まで這いずってくることは、まあないでしょう。しかしサメ映画では、サメは空を飛べば、地中にも潜ります。現実のサメを知らない以上、頼りになるのは映画の知識でした。

無駄に知識があるせいで恐怖は倍増、おもらしをしそうになりました。この場所なら不名誉にはなりませんが、ピンチーにだってプライドはあります。ぐっとこらえます。必要な筋肉を総動員してサメを待ちます。

どうやらサメは特殊な生物兵器ではなかったようです。砂浜のかなり手前で止まりました。ピンチーはほっとした拍子に、ほんの少しだけ出ました。そんなものは誤差の範囲ですが。

「そんなに恐がるな」

サメがしゃべりました。ピンチーはきょろきょろ辺りを見ましたが、どう考えてもサメがしゃべっていました。

「なんで言葉がわかるんだ!」

「話しかけてきたのはそっちじゃないか。通じると思ったから言ったんだろ、やめろって」

正論で追いこまれ、ピンチーは妙に悔しくなりました。

「いいからあっちへ行け」

「お前の考えてること、当ててやろうか。食べられる! ママ助けて! どうだ?」

図星でした。少しでもごまかそうと、パパに換えようとしましたが、長時間黙ったあとに反論しても説得力はありません。

「お前、人間食べるのか?」

ピンチーは飛びかかられても良いように、背びれの線上を避けて移動します。

「いや。人間は趣味じゃない。魚の方が好きだ」

サメはそう言って背びれを彼に向けました。

「背びれで見るな。襲ってくるつもりだろ」

「話してる相手と対面するのはマナーの基本だ。習わなかったのか。親の顔が見てみたい」

サメに説教された経験のないピンチーは、恥ずかしいやら、情けないやらで、一時的に話せなくなりました。それを見て、ちょっと言い過ぎたと反省したのか、サメは猫なで声に切り替えました。

「そうくよくよするな。俺は人間を食べない。というか、食べられないんだ。俺の体は背びれだけ。背びれから下は、なーんにもないんだ」

「はあ? きもちわるっ」

ピンチーは露骨に失礼な態度を取りました。サメの言う通り、この子はお育ちが悪いようです。

「ジョーズって映画があるだろう。あれは故障続きでロボットが使えないから、背びれの演出でごまかしたんだな。その後も何かにつけて背びれ、背びれ。そんな下らない映画を毒のように浴びたせいで、俺もとうとう背びれだけになってしまった」

「サメが映画なんか見るもんか!」

「それはお前の偏見だ。人間と一緒にぷかぷか浮きながら見たこともある。楽しかったなあ」

「その人はいま何してるの?」

「何も。おいしく頂いたから、この世にはいない」

ピンチーはキャーキャー叫びました。

「まあ落ち着けって。なんでそうヒステリーを起こすんだ。結果的にあいつを食べたのは事実だけど、それには深い理由があって」

「嘘だ、僕知ってるんだ。背びれの下には生気のない目玉、ザラザラした巨体、何でもムシャムシャ食い尽くすナイフみたいな歯があるって!」

「ずいぶんな言われようだな。嘘だと思うなら、自分の目で見たらどうだ」

ピンチーはもう海水に足の先っちょをつけるのも嫌でしたらか、サメの誘いには決して乗りませんでした。

「うるさい、人殺し!」

「言い訳はしない。だが説明させてくれたって良いだろう。君と仲良くなりたいんだ」

ピンチーは返事をする代わりに、手近にあった棒切れを振りまわしました。

「残念だ。とっても残念だ」

そう言うと、サメの背びれは向きを変え、海中に消えました。ピンチーは棒切れをおろしました。人殺しは、ちょっと言い過ぎたかも。当然です、サメだって頭ごなしに罵倒されれば傷つきます。

ピンチーは謝るために恐る恐る海に近づきました。濃紺の塩水のせいで、ほとんど下が見えません。それでも何とか足首までつけたところで背びれが、いない、いない、バア!

「びっくりしたか?」

腰を抜かしたピンチーは砂まみれになって、急いで陸に引き上げました。

「おーい、待ってくれ。いまのタイミング、俺は君を食べることもできたのに、しなかった。本当に、友達になりたいだけなんだよ」

そんなこと、ピンチーには知ったこっちゃありませんでした。島内を走りまわり、小さなほら穴を見つけると、そこに腰をおろしました。かなり疲れたのに、体はかっかしていてとても眠れそうにはありません。目はギラギラし、お尻はモゾモゾし、心臓がバクバク言っています。こんな気分はインフルエンザ(香港A型)で高熱を出して以来、七か月ぶりのことでした。

2020年7月22日公開

© 2020 島田梟

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