第一章

ニュー・ハートシェイプトボックス(第2話)

多宇加世

小説

8,076文字

 誰もいないうちに砂浜へ出て、僕は僕の考えのなかで多くのことを溺死させてから、太陽に祈る。太陽を鳴らすには、そんなに強く叩く必要はないが、あなたが見るすべての幽霊達、彼らがそうであるように、僕はあなたと共に息を止める。その美しさに僕は一度は目の端で認めた天国をすべて取り消す。
 シンボルは僕の中を突き抜け、人々の描かれていない鏡に向かって(僕はいつのまにか部屋にいるので)、顔を映す。僕は、部屋の中にいることが判明してしまう。ならば血栓の溜まった僕の脚だけがまだ波打ち際にいるでしょう。そしてもう二度と戻ってこない僕を十分に見る。すべてがOKになったら、僕は一度は認めた天国に背を向ける。泣き喚くことは許されない。僕の心は冷えて固まる。あなたが愛を必要としないからです。すべてが僕の記録だと思ってください。はじまりはじまり。

「アクト・ファスト」

 

僕は初めて会った人と別れ、そのあとでとりあえずこの部屋に戻り、椅子に腰かけ、パソコンの電源を入れた。ちょうど医師がやってきた。新たな医師だ。僕のかかる科がまたひとつ増えたのだろう。僕は椅子から悟られぬようにベッドへ戻った。病人的偽装。医師は自己紹介し「いいですね、いいですね。よさそうですね。まあゆっくりやりましょう」と言って去り際にみずからの股間を撫でながら帰っていった。と僕は書いている。

あの時、部屋に戻った時、ラジオはまたオンのままだったので切っていた。だからパソコンが完璧に立ち上がり、起動音が鳴ったところで僕は小さな悲鳴を上げた。そして思考の底なし沼に沈んでいたことに気付いた。何を考えていたのか、周りの音すら耳に入っていなかった。と僕は書いている。どうやら耳の穴にまで泥が詰まっていたようだよ。ここからが僕の禁煙日記の始まりだ。詰まっていたのはあるいは耳に引っかかったままの、意味の分からぬ医師の言葉だったのか。ティキティキ。とにかく自発的に呼吸を続けていられたのが不思議なくらいだ。椅子からずり落ち、口の端からよだれまで垂らしていた

パソコンのモニターに勝手に病人用インターネットのウインドウが開く

『〈脳卒中の再発が疑われた時は!〉』

元気よく再生される病人用イラスト

『脳卒中と感じたらすぐに誰かを呼ぶなどの素早い行動をとってください!』

病人用文字、上から流れてくる

『(素早い行動=ACT FAST)』

病人用文字、右側から順序良く流れてくる

ACT FAST

A!

C!

T!

Face  顔  片方の顔面が曲がる。 特に口元下がる。汚い面だと罵られることも?

Arm 腕  片方の腕が上がらない。手先がうまく使えない。ものを落とす。

SPeech 言葉 呂律が回らず話せない。言葉が頭に浮かばない。理解不能。阿呆扱い

Time 時間 突然、発症!』

病人用文字、奥から手前へ次から次へと駆けてくる

『一つでも突然これらの症状が出たら、脳卒中である確率は約七〇%といわれています。脳梗塞の場合、発症四時間以内にTPA(ティーピーエー)の静脈内投与が開始できれば、寝たきりになる人の数を減らすことができます。そのためにも、発症してから治療室まで三時間以内に到着しなければなりません!』

再度奥から遅れて駆けてくる、最後は音声付きの(多分医師と看護師たちの声)、ウインドウいっぱいの巨大な病人用文字

『疑われたら即ナースコール! 我々、お待ちしております!』

僕、よだれを拭く。これ前兆? まさか

 

そして何週間が経った。それは僕の記録してきた文章を見てもわかる

僕が目にしていた、架空の建造物(垂直と水平のライン、斜めの線はなんだったのか

ここで触れておく? タイル貼り模様の複雑な作りの建物の外観?

僕の気球大の目が見たそれは建物で病院に見えた。それを建物で病院だと思っていた。僕はそれを見ていた敵視していた。映像がニセの経験を99パーセント未体験でなくする体験済みにする。ぼやけた頭に鮮明に飛び込んでくる偽りの記憶にしてしまう。それが僕の頭。僕の病気目が逐一僕に嘘の情報を送信……。やっぱり目が大きくなって僕の体から離れ、上空に浮上なんてことはないのだ。つまり僕の建物に関する記憶は全部違ったってこと。でも病院なのは合ってた。でもそれは建造物でなく巨大な船だったのだ

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2020年2月6日公開

作品集『ニュー・ハートシェイプトボックス』第2話 (全12話)

ニュー・ハートシェイプトボックス

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© 2020 多宇加世

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