小説を書く才能のある女学生は、ファミリーレストランで私と会う際、かならずピザを注文した。一枚を私と切りわけて食べるのだが、かのじょはそれを、きまってコカ・コーラで流しこんだ。そうして私はきまって胃もたれをおこし、すこし食べのこした。そのすこしのこったぶんをかのじょはうれしそうに食べるのだが、そんなとき、私はじぶんに対し、ひどく厭な感情をいだいた。妻の顔がちらつき……、否、もはや妻の顔は私の記憶の中でおぼろになりつつあった。おぼろで、もやがかった、しかし、私に罪悪感をいだかせる、精神疾患の女からは、もう五ヵ月も連絡がない。
「先生は、いまは何を書いているんですか」
と、女学生が問うた。私は、ドリンクバーで汲んできたオレンジジュースに口をつけて、
「ながい小説を書いているよ」
と嘘をついた。
「どんな小説ですか」
と、とうぜんの質問がきた。私はこの場で一篇の長編小説をこしらえることにした。
まず私は、妻に逃げられた小説家の話だ、と言った。
女学生は、『ねじまき鳥クロニクル』のような感じですか、と言った。
私は、いや、もっとどうしようもない感じだ、ブコウスキーのような、荒っぽい筆致で……、と言って、その文体を想像した。
主人公の男は、私によく似ていた。四十代も後半にさしかかってなお、卑屈で、理屈っぽく、青くさく、そして凡庸であった。
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