目を閉じたときにはすでに、レム睡眠の深度に一気に到達していたにもかかわらず、横臥したマリオ・カモミッロの左手の指先が微かに動いて、まるで皿に残された最後のハモンセラーノの数枚にたかる蠅どもを追い払うかのような仕草で、土の表面を撫でた。
夢すらも見ていないはずの闘牛士の左手は、意識の外側のどこかべつの系統をたどって、それでも牛をあしらうための動作を示したとでもいうのだろうか。だが、硬い石畳の地面は砂埃ひとつたてない。そんなひと振りが何の役にも立つわけはないことを百も承知のうえで、いや、自身が手を動かしたことも、黒牛などどこにも存在しないことすらも知りえぬまま、ただ彼は自分とはべつのところで手を払った。熱い砂塵が走る刺激的な気配だけ、爪が記憶していた。
路地を歩いてきたウルバノ少年は、道のど真ん中に人間が寝ているのを見て、息が止まりそうになった。酔っ払いだろうか。あたりはすでに薄暗く、家路を急いだ少年の選んだ裏道はしんとしており、心細さが募りはじめていた。
「シルコ!」
少年の脇から飛び出した一匹の黒茶色の犬が、通りに横たわる男に駆け寄っていく。少年はあわてて呼び戻そうとした。
「バカだなおまえは。慎重にやらなきゃだめじゃないか」
少年が犬に追いつき、目を覚ます予兆など微塵も見せない男の横にかがみ込んで、どこかのポケットにあるはずの財布を探ろうとしたときだった。カモミッロの左手に電気が流れでもしたように瞬間の力が集中し、少年の手首をがしっと掴むと、こんどはむしろ力を弛めるかのごとくに肩の先から腕全体が外側へ開き、一瞬後には少年の体重が宙に消え、彼は腕を捻じ曲げられて地面にひっくり返されていた。
目こそ覚ましてはいなかったが、カモミッロはいまやレム睡眠の果ての岸辺に流れ着き、ノンレムの陸に打ち上げられようとしているのだった。
ウルバノは何が起こったのか理解できないまま、その場から逃げ出そうと焦ってはみるものの、恐怖のあまり腰が抜けて立ち上がれなかった。シルコと呼ばれた犬は、それこそパニックに陥ったのだろう、無我夢中でカモミッロめがけて飛びかかると牙を剥き出しにして、相手の喉笛に食らいつこうとした。
次の瞬間、ウルバノの鼓膜におぞましい叫び声が突き刺さった。少年自身の悲鳴だった。犬の顎が今まさに噛み砕こうとしているのは、固く掴まれてカモミッロの首元に引き伸ばされた少年の腕だった。犬の牙がシャツの袖を引き千切った。
「なんだね、きみは」
ウルバノの叫び声で目を覚ましたカモミッロは、目の前の少年と犬とを見比べながら呑気そうな顔つきで言った。
少年はなおも喚いて、腕を押さえたまま蹲っている。騒ぎを聞きつけた近所の人たちが家から飛び出してきて、彼らを囲んだ。
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