台風八号の強風は絶好の機会である。放課後、次第に勢いを増していく風雨から逃げるように他の生徒が下校していく中、翔吾はクラスメイトの博文と運動場の朝礼台に立っていた。二人の手には雨傘が握られている。翔吾がこの日のために用意した傘は三八〇円のセール品だったが、おろしたてである。
風の強い日に傘で空を飛ぶ実験をするつもりだとおそるおそる打ち明けたとき、博文は二つ返事で一緒にやろうと言ってくれた。空を飛ぶことが小さいころからの夢だった翔吾にとって、理解を示してくれる人間がいたことはうれしかった。頭の中で考えていることを他人に話すと「中学生にもなって」や「バカじゃないの?」といった反応が返ってくるのが普通だったからだ。いわゆる普通の中学生がどういうことを考えているのか、翔吾には常に謎だった。
朝礼台の上で二人は風に乗る機会を待った。雨粒がパラパラと顔に当たる。ひときわ強い風が吹いてきた瞬間、翔吾は博文に叫んだ。
「行くよ。せーの!」
翔吾は台を蹴って宙に飛び出した。風の流れに遅れまいと傘を振り回す。だが、激しくしぶきを立ててぬかるんだ運動場に着地。しかも足を滑らせて尻もちをついた。制服のズボンはずぶ濡れ、白い夏服のシャツにも赤土の泥が飛び散った。翔吾は地面に指を食い込ませ、冷たい泥の感触を楽しんだ。
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