南国美男子殺人事件

二十四のひとり(第13話)

合評会2017年12月応募作品

藤城孝輔

小説

4,092文字

作品集『二十四のひとり』収録作。合評会2017年12月(テーマ「最後の事件」)応募作。

満月の翌朝、またしても月桜会げつおうかいの犯行声明がニコニコ動画上で公開された。女性ヒーローもののキャラクターを模したらしき制服姿のアニメの美少女がVチューバー風に登場し、嬉々とした声で標的の素性を紹介する。今回「お仕置き」されたのは、浦添うらそえ市在住の大学生ミキタニ・タケル。十九歳。県内の私立大学福祉学科に通う彼の罪は、講義のない日に男性相手の売り専をしていたことだ。ケータイでリンチの様子を撮影した映像の中で、少年は趣味と小遣い稼ぎを兼ねたアルバイトについて懺悔ざんげさせられていた。画面の端から鉄パイプが彼の左肩に振り下ろされ、骨が砕ける音とともにまだあどけなさを残す彼の顔が苦痛に歪む様子がクロースアップで映し出された。

自分たちの行為を国家に秩序と道徳を取り戻すための正義であると主張する月桜会の「薔薇ばら狩り」はネット上の一部の人びとの絶大な支持を受けている。月桜会を英雄視する風潮は被害者が皆、県内のゲイバーに出入りする同性愛者、しかもそろいもそろって若く容姿端麗なイケメンばかりであることと無関係ではないのだろう。保守系メディアは被害者の素行を非難する内容の報道を行い、ネットのテレビ・チャンネルに出演するある社会評論家は「薔薇狩り」が違法行為であることにある程度の苦言を呈した上で、「満月の夜ごとに県内を騒がせる連続傷害事件には沖縄の夜型社会にも原因があり、県民は今こそ伝統的な価値観を取り戻して日本国民としての品格を持つべきだ」という持論を展開した。

那覇なは市桜坂のバー「サタンタンゴ」のママ、アユミさんから依頼を受けた裕志ひろしとはじめは満月の夜になるたびに懐中電灯を持って近隣の公園や路地裏を巡回していた。アユミさんにはちょっと強引なところがあって、うるんだ瞳と野太い声のコンビネーションでお願いされると断るのは非常に難しい。でも裕志は内心、はじめが次の犠牲者になるんじゃないかとヒヤヒヤしていた。裕志のひいき目をぬきにしても、はじめは長身で目鼻立ちの整った美男子である。裕志より三歳年下だが人なつっこいところがあり、はじめが大学一年次のときの新入生歓迎コンパのあとすぐにつきあいはじめた。今でははじめは四年次、裕志は卒業して探偵業の真似事をしている。専門は浮気調査だ。

はじめはこの夜間巡回を夜のデートか何かくらいに思っているらしく、裕志の腕に寄りかかるように腕をからませてきた。人目を気にする様子もないから、危なっかしくてしょうがない。

「おい、よせよ。月桜会の連中がどこで見てるかもわからないのに」

「いいじゃん、別に。どうせ暗くて誰も見てないって。いざとなったら裕志が戦えばいいんだし」

「俺が?」

「うん、しっかり守ってね! ボクは助手として応援するから」

裕志は聞こえよがしにため息をついた。何につけてもオープンな気質のせいではじめが今大学で居場所を失いつつあることを彼は知っている。卒論ゼミを担当する自称リベラルの根古田ねこた教授は四月の第一回目の授業ではじめの性的指向についてゼミ生に説明し、「学内のダイバーシティ実現のために差別的な言動はいっさい慎むように。男性陣は彼から性的な視線を向けられても穏やかに受け流すこと」という指示を出した。その日からはじめは学生のゴシップの格好のネタになり、男子学生ははじめが笑顔を見せるだけで目をそらすようになった。

2017年12月14日公開

作品集『二十四のひとり』第13話 (全24話)

二十四のひとり

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© 2017 藤城孝輔

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"南国美男子殺人事件"へのコメント 4

  • 投稿者 | 2017-12-17 16:42

    いつものように読みやすくてよいのですが、主人公が探偵という職業であることやバディの存在に必然性が特にないように思われます。あと自分から謎解きをしたりするわけではないのでミステリー感があまりないですね。せっかくなので何か驚きがほしいです。

  • 投稿者 | 2017-12-19 03:44

     まず事件が解決していません。それはそれとして大変読みやすく、面白かったです。とはいえ、前半に分量を割き過ぎたせいでしょうか、最後の段落の無理やり詰め込んだ感が否めません。話を終わらせるにしても、事件に関する手掛かりが全く提示されないまま、幕引きとなってしまったので、話の先のイメージが湧かず、広がりを感じませんでした。
     とはいえ、今回は枚数の制限があるため話の構成にもう少し工夫が必要であったと思いますが、制約が無ければまだまだ書けたのではないでしょうか。生き生きとした文体と、個性的なキャラクターは魅力的だと思うので、作品として完成をさせるつもりがあるのならば、ぜひ読んでみたいと思いました。

  • 編集者 | 2017-12-21 01:31

    話のほとんどは沖縄と言う島の中で展開されているが、その背後に蠢いている問題は、ネット私刑、保守派の横暴、LGBTPZNの権利、ポリティカルコレクトネス云々、等々とても大きい。約四千文字にこれだけの政治・性愛・風土の要素を詰め込めるのは凄い。多少、バディや「最後の事件」から外れていたとしても。

  • 編集長 | 2017-12-21 11:55

    ゲイとノンケのバディというキャッチーな設定に瞠目したのだが……みんなそんなにバディ殺しちゃダメだよ?
    ネット私刑やLGBTなどの現代的問題をとりあつかう意識の高さ(褒めてます)は石田衣良を彷彿とさせる。

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