~1~
フアンと言うみずぼらしい混血を見舞い一泊した帰り道、朝飯を満足に取らなかった俺達は昼食を取るため、今まで知らなかった市街地に入った。
「つまんねえ町だな」
ボロボロのバンに乗った俺達は、信号待ちの間辺りを見回した。非常に“ふつー”の町だ。信号が青になり、しばらく進むと、市役所の前に出た。あんまり綺麗ではない花壇に、さらに大きな宣言塔が突き刺さっている。
『わたしたちの街に不健全なものはいらない! 青少年健全育成宣言都市』
『わたしたちの街に暴力はいらない! 暴力追放宣言都市』
『わたしたちの街は誇るべき日本の街! 文化教育重点指定都市』
そんな物が幾つも突き刺さっているのを見て、助手席のロドリゲスは褐色の顔を大きく開いて笑い出した。
「わたしたちの街にオチンチン入らない!」
「ロッド、もっと綺麗な事言えないのか」
「わたしたちの町におペニス入らない!」
「そうじゃなくて……」
「腹が減ると頭が悪くなるんだよ」
俺はロドリゲスの言葉に舌打ちしながら町の別の通りに入った。しかし、相方が求めている様なレストランだのファストフード店だのが見当たらない。
「食い物屋が無いな」
「おいルキオ、この町は光合成でもして暮らしてるんじゃないのか」
「おっ、頭良い事言ったな」
「ぶっ殺すぞ」
「アーハッハ」
その内、いかにもこの町らしい車とすれ違った。ミニパトらしい車体に、青いランプを付けた、所謂防犯車である。俺の地元でも時々振り込めサギに対する注意などをがなりたてながら走り回っている。だがここでは別の文句をがなりたてている。良く見ると、ドアの側面には、“地域健全育成おやじの会”なる文句が貼ってある。
『地域の皆さんの目で……子供達を見守りましょう……地域の皆さんの力で……正しい子供を育てましょう……他所の子も 正しく叱る 親心……』
「正しい子供って何だよ、クソみてえな車だな、ツバ吐き付けて良いか」
ロドリゲスは本気で隣の車にツバを吐き出しそうだったので俺は窓をロックしなければならなかった。車が反対方向に回るとその時、急に大きい商業施設が視界の右側に現れた。ショッピングモールとまではいかないが、ホームセンターとスーパーマーケット、更に電気屋と車の整備屋が巨大な駐車場を囲んで並んでいる、郊外に良くあるタイプの店だ。
「おう、フードコートがあるぞ、ここで飯にしよう」
「良いね」
車を雑に止め、スーパーマーケットの中のフードコートに入った。
~2~
俺は大盛りのカレーを、ロドリゲスは特盛の牛丼を買い、広いコーナーの端の方に座った。いざ食い始めると、俺もロッドも無言でガツガツと食い進めている。その時、後ろの席から話し声が聞こえてきた。
「あんたの後ろの席の人ガイジンねえ」
「こんな町に何の用だろうねー」
「ちょっと、もう二時でしょ?こんな昼間から何してるのかしら」
「やだー、もうすぐウチらの子供が帰る時間じゃん、下校時間にガイジンって何か不安じゃん?」
「ねえ、警察署の“セーフキッズメール”に言ってさ、ガイジンが居るって流してもらおうよ」
「ちょっとサッちゃん、ガイジンくらいでいくらなんでも冗談でしょー」
「アハハ」
四人組の主婦が、こちらが日本語を理解出来ないと思い込んで勝手な事を口走っている。俺はまずロドリゲスにスペイン語で合図した。
「Hey Rod……detrás……puta」
「hmm……」
ロドリゲスは箸で牛丼の飯粒を掻き込んだ。その間も後ろの女性達は好き勝手な事を言っている。
「ねえ、ガイジンでも箸の使い方分るんだね」
「教育されてるんだねー」
「箸って日本だけの文化だよね、誇らしいよねー」
箸は日本じゃなくてアジア圏全体の文化なのだが……その時、ロドリゲスが振り向き流暢な日本語で主婦達をドヤした。
「おい、見世物じゃねえんだ、家に帰ってパパのマラしゃぶってろババア!」
「ヒッ……」
「ば、ババ……」
「な、そ、その……」
「俺が口利けないとでも思ったのか、俺も他の日本人と同じようにオマンコって言えるぜ」
「ひいい」
女性達は顔面蒼白になり、それぞれ料理のトレイを持ってガチャガチャと立ち上がり足早に逃げ出してしまった。
「おい、もう少し優しく言ってやれよ」
「夫のタマタマは優しく入念に舐め……ってか」
「そうじゃなくて……」
「別に俺達が不細工とかチンチン臭そうとかの話だったらどうでも良かったけどな、あいつら猿を見る様な話してたからな」
「……しかしあれが強そうな男だったら」
ロドリゲスは紙コップに入った冷水を飲み干しながら笑った。
「相手が弱っちかろうが強かろうが俺は似た様にやるぜ」
「……そうだな、クソ警官の職質に抵抗してやりあった事もあるもんな」
「あー、あったなあ……ただあの時は運が良かったんだなあ」
爪楊枝を加えて笑いながらロドリゲスは遠い目をする。その時、周りの席の視線がこちらに向いている事に気付いた。
「おい、行こうぜ」
「フン、面白くねえや……」
トレーを片付ける間も、周囲の人間がじろじろ見ている。ロドリゲスはこんな時更に調子に乗る。
「あーつまらねえ、おい秋篠宮!家に帰ってミチコをマワそうぜ」
周囲の人々はぎょっとして皆コソコソし始めた。
~3~
駐車場でバンに乗り込むと、ロドリゲスは備え付けのガムを食ってクチャクチャしながらつぶやいた。
「あー面白くねえな」
「……」
「あいつらションベン洩らしてりゃ面白いんだけどな」
「人生はメリーズに始まりアテントに終わる」
「アーッハッハッハ」
車を発進させ、別の通りに出ると、ロドリゲスはまた落ち着きを無くす。常に何か新しい事が無いと飽きる性分なのだ。
「不愉快な町だが、こう、なんか、この町ならではの何かってのは無いのかな」
「始めてきた場所だしなあ」
再び市役所の前まで戻ってきたが、今度は前の広場に先程はいなかった得体の知れない連中が昇り旗などを立てて街宣活動を行っていた。“国旗・国歌・領土の正しい教育を全国に”と言うスローガンが掲げられている。
「署名活動よろしくおねがいしまーす!」
「全ての子供達に正しい教育を!正しい日本人としての心をー!」
俺とロドリゲスは顔を見合わせた。“何かをしてやりたい”と言う気持ちは一致していた。市役所の駐車場に車を止め、そのまま広場に近付くと、さっきより更に全貌が見えてくる。壮年の男女があたりをウロウロしながら署名を求めているのだ。ロドリゲスはそのまま単純にこの人々を脅かしたい様だったが、俺は別の方法を思いついた。
「おい、ロッド、俺もお前も外国人のフリしようぜ」
「さっきと逆だな……まあ良いか」
俺とロドリゲスはそのまま署名活動の人員に近付いた。青いリボンのバッジや日章旗のタスキを着けた連中が俺達に気付いた。
「子供達に正しい知識を授ける為に署名をよろしくお願いしまーす!」
「……」
「あの、お二人さん、外国の方ですか」
「……hmm」
「キャンユースピークジャパニーズ?」
「a little」
「何?リトル?……ドゥユーシンクアバウトジャパニーズコンサバティブイデオロギー?」
「Yeah!Good!Fuck’n Good!」
ロドリゲスはバカみたいにぶんぶん頷いた。他の人員も集まってくる。壮年の男性に我々とのコミュニケーションが託された。
「ファー・キング・グッドだって、ガイジンさんにも悠久の皇室の歴史が分かるのね……ねえ田中さん英文科出でしょ、英語上手でしょ、代わりに話してよ」
「そうだな、国益の為に私の能力が生かせるんだ……これをね、キッズ、分る?プライマリースクールスチューデント、ノットスタディ、ナショナルソング、ナショナルフラッグ!ジスイズバッド!」
「Oh」
「バット、ウィー、ウォント、プライマリースクールスチューデント、スタディ、ナショナルソング、ナショナルフラッグ!オーケー?」
「Yeah」
「ウィー、ウォント、サイン、ジスリスト……ジスリスト、プレゼンティング、ガバメント」
「Oh」
「ここに、あー、ネーム、アンド、ユアアドレス、ライティング、プリーズ」
「I have no pen」
「ペン?これ使って下さい」
ロドリゲスはペンをひったくると、差し出されたリストにスペイン語でグシャグシャと何かを書き始めた。
「お、おい、ちょっと」
「I`d like……Me gusta japonés!」
「ちょ、そんなに大きく書かないで……」
ロドリゲスはリストを俺の方に見せた。俺はスペイン語の筆記体が苦手なのだが、多分“うんこ”とか“まんこ”とか、枠からはみ出た大文字で書いてある様だ。
「あのー、もうちょっと、ね、スモールに、ね、貴方は書いてください」
俺も促され、丁寧な字で名前の欄に“Don Pene”と書いてやった。更に、ロドリゲスが相手の気を引いている内にリストを数枚めくり所々グチャグチャに書き潰して台無しにした。
「エヘン……Quiero saber de vagina de la emperatriz.」
「ん?英語喋ってるのか?何て言ったんだ?……あ、それよりそちらさん、もう書けました?フィニッシュ?」
「Yeah」
「あんた結構コメントしたみたいだね、グッドグッド」
「OK?Byebye!」
「バイバイ!
俺達はさっさとその場を離れた。あんなクソみたいな署名が政府に届いたとしたら面白いことだ。俺達は車に乗りその場を離れた。
~4~
「おっ、見ろよ、コンドームの自販機だろ」
“明るい家族計画”と書かれた自販機が、電柱と古ぼけた家の間に決まり悪そうに入っている。だが、既に使用が中止されているようだ。
「使えねえのか、全くつまんねえな」
「使う相手が居ないだろ」
「俺はモテるぞ、高校の時に女孕ませて退学させちゃった位」
「……」
「あ、孕ませたのは嘘、嘘」
「……」
「ごめん、女作ったのも嘘だ、高校通ってたのはホントだよ」
俺はロドリゲスの話がつまらないので黙っていたが、彼はすぐに新しい何かを見つけた。
「おい、白ポストだ」
「ん?」
「エロ本とか入れるポストだよ」
俺は近くの空き地に車を止めさせられた。白いドラム缶に脚が付いてるだけのモノに何の興味があるのか。車を出て白ポストに近付くと、ロドリゲスは白ポストの天板をバンと叩いた。
『青少年健全育成 “さわやかポスト” 青少年に悪影響と思われる本やビデオを入れてください(ゴミは入れないで下さい)』
「さっきのゴムの自販機と言い、これと言い、ヤル事やってる街じゃねえか」
「やってると言うか、まあ、矛盾した街って感じもするが」
「俺はこう言う健全とかナントカ嫌いなんだよ……こういう文句で俺達は消されかけてきたんだからな」
「……」
ロドリゲスは冗談めかして言っていたが、その語気は強くなっていた。俺は一瞬思いを巡らせたが、その前ロドリゲスは更にポストを揺らした。
「中になんか入ってるぞ」
「開けるのか?止せよ、ゴミかも知れない」
「宝箱は開けるまではただの箱!開けるまでは分らない!」
「何の格言だそりゃ……お、おい」
ロドリゲスは裏に回り、南京錠がされているだけのカギを触り始めた。周囲に人はいないとは言え、中々恐ろしい光景だ。
「よ、止せよ、見つかるとヤバイぞ、エロ本欲しいなら自分で買えよ」
「欲しいんじゃねえんだ、解き放ちたいんだ」
良く分らない事をいいながら、ロドリゲスは今度はジーパンから所謂十徳ナイフを取り出し、鍵をカチャカチャと弄り始める。
「俺の小学校の教師の話、しただろ……何かあると子供を体育倉庫に閉じ込めてそれが教育と思い込んでるクソババアがいた……おかげで窓の南京錠を外すのが上手くなってな」
「あ、ああ……」
「まあ出た後がまた大騒ぎだが、奴の車に腐ったカエルの死体放り込んでやったりああ面白かった……そんで中学のジジイ教師は俺の天パが気にくわねえだと、気に食わないのはお前等のクソツラだってんだ」
「……」
「ここはドミニカじゃなくて日本だって、んなのは知ってるしここがどこだろうが知ったこっちゃねえ、だが俺の身体は俺の思うがままだ、天パも肌の色も病気でないし不衛生でもない、そして不健全でもない」
色々な記憶が俺の頭の中をよぎった。
「……」
「老若男女、保守日共フェミエコ……皆もう良い、連中の言う事なんか聞かんさ、そんなにケンゼンケンゼンしたいなら俺のフケンゼンフケンゼンもばら撒いてやれ、どっちが良いか比べあいだ」
「フケンゼンフケンゼンか……」
「俺は嫌な記憶は持ってるがうじうじ振り向いたりはしない、マズい物食わされて来たからこそ何でもない物もウマく感じられる様に……」
そんな中、一瞬、キュッと言う音がして、ポストの裏が開き、何やら色々出てきた。
「まあ近所の人の礼儀正しいこと!ゴミじゃなくて全部エロ本だぜ」
「どうすんだコレ……」
「中学生にでも撒いてやったらどうだ?」
そう言うとロドリゲスは今度は全体重をポストにかけ、そのままガタンとポストを倒してしまった。
~5~
ロドリゲスは中学校の門の近くに置かれた“生徒会目安箱”に古いフランス書院文庫を入れたり、駐車場の柵に置かれた保育園の案内チラシケースにSM雑誌をぶち込んだりした。中でも、“じいじもばあばも地域の一員”と言うつまらない看板に、老人が若奥様の胸にしゃぶりついてる表紙のエロ本を貼り付けたのは中々だった。
「良い情操教育になるぞ」
「ハッハッハ」
そのまま街を走っていると、またあのつまらない防犯車に出くわした。
「あーのクソ車まだ走ってるのか」
だが、その車のスピーカーからは気になる内容が流れていた。
『本日午後二時頃、市内のスーパーマーケットで、主婦が外国人の男二人組に脅迫される事件が起きました……』
「おい、俺達のことじゃないか」
「俺達外国人なのか?日本国籍だぜ俺達は」
「そう言うことじゃなくて……とにかくもうこんな所出ようぜ」
「と言うかビビらせたのは俺だけなのになんで二人組扱いされてるんだ?俺の功績が半減じゃないか」
「……」
飯を食う為に来たのに、随分長居してしまった。夕方までに地元に帰らなければ。車はそのまま市街を突っ切って行く。最初に見た宣言塔が遠くに見えた。
「本当につまらない街だったなあ、ルキオ」
「まあ住めば都って言う言葉もあるが……」
「……考えてみればこの街で会った物事は、日本のほかのどんな街にでも有り得る事だな……そして俺達が生きてきた中でも」
「浄化された町並み、愛国教育、青少年健全育成、何でも……」
その時、ロドリゲスは何かを指差した。丸刈りの頭をした男子中学生達の下校の列だ。凄く鬱々とした顔をしている。しかも彼らの手前には“育てましょう健全な子供 育もう健やかな日本”と言うバカな看板が立っている。
「そういやこの時期は中間テストとかじゃねえか、にしてもあの頭はいかにも管理教育だな」
「おい、車を寄せろ」
「何する気だ?」
「良いから、あの列の前の方に、そんですぐ発車出来る様にしろ」
ロドリゲスは窓を開けると、男子中学生達の列に叫んだ。
「ヘイ!プレゼントだ!みんなで分け合って読めよ!」
「……!?」
叫ばれた男子中学生たちは貧相な顔を向けながら驚いている。ロドリゲスは、先程ばらまき切れなかった分のエロ本をどっさりと道に投げた。
「日本人なんかになるな!世界人になれよ!……よし行け!」
俺は笑いながら車を発進させた。少し振り返ると、中学生達は笑いながらエロ本に群がっている。しっかり楽しんでくれれば良い。ロドリゲスは両手を後頭部に回しながら笑った。もうそろそろ市を出るだろう。そしてもう二度とここには戻らないだろう。
「露悪的じゃあないか」
「いや、露善だ!立つ鳥跡を濁しまくれ!そうしなければ健全さにかき消される無名の少数者と弱者の名前など残らないんだからな」
「ハッハッハ」
『さようなら また来てね 健やかな街……』
そう書かれたアーチ看板の市境の下を俺達は通り過ぎた。
(終)
未来のアダム 読者 | 2018-11-21 15:31
久しぶりに読むと心がすっとする話。こんな作品は商業でもそうないです。
黒田 薔子 投稿者 | 2019-03-09 16:58
何度読んでもニヤニヤと笑みを浮かべてしまう、定期的に読みたくなるお話。
自分自身が作中の男子生徒の様に育てられたからかもしれないけれど、胸のすく思いがします。
『臭いものには蓋』『刺激が強いものは隔離』『清く正しく美しく』と声高に叫ぶだけの、見た目だけ綺麗に取り繕ったものの、何が素晴らしいだろうか。