一 「動き出す歯車」

続・血は世界に満ちて(第1話)

Juan.B

小説

9,560文字

※「血は世界に満ちて」のIF的続編である。

“私”が終焉を遂げず、生き続けた数年後。未だ数々の個人的苦しみを背負いながらも“私”は社会に埋没して生きていた。ある日、学生時代の友人である吉村から店を開くと言う知らせを受け、海沿いの街に向かう。しかしそこで再び日本との対決を意識させられ始める。

「この道か?」

 

腹が減った様な気分と懐かしい気分と言う半々の感覚を覚えながら、私は海沿いの道を歩いていた。学生時代の友人が飲食店を開くと言うので、見覚えはあるが詳しく知っているわけではないこの海岸の町まで電車でやって来たのだ。

 

それ程綺麗とは言えない砂浜、消波ブロック、景観をあまり考えて無さそうな大量の広告看板。空を見ると太陽が雲に隠れつつあった。しかし海だけは輝いている。車の少ない道路はずっと向こうまで真っ直ぐ見えた。

 

その道路の向こうに白黒二色で構成された車が見えた時、私は急に不安を感じた。パトカーだ。そしてそのパトカーが私の横で速度を緩め、急に窓を開けてきた時、不安は最高潮になった。開いた窓から、中年の警官が急に話しかけてきた。

 

「ヘイ!ウェアユーフロム!」

「……」

「ワッアーユードゥーイング!ワッアーユードゥーイング!」

「……」

「ワッ、アー……おい、ちょっ、と、止まりなさい、ストップ!ストップ!」

 

いきなりヘタクソな発音の英語で”どこから来た、何をしている”等と言われても、どうせよと言うのだろうか。こんな無礼なやり取りをする必要があるのか。私は警官を無視して歩き続けようとした。その時、パトカーからもう一人の、こちらは若い男の警官が降りてきた。

 

「ま、待ちなさい」

「……」

 

いつまでも付きまとわれそうだ。これでは友人の店にも行き辛い。私は仕方なく止まった。

 

「どこから来たの?ウェアユーフロム!?」

「……私は日本人ですが」

「あ……」

「私はこれから”大洋”と言う店に行くのです」

「あ、あそう、へえ、ふうん」

「……」

「荷物見せてもらえるかな」

 

私は手に持っていたバッグを渋々差し出した。中身は開店祝いとしての個人的な土産である。しかしむしろ今は爆弾や毒ガスを持っていたかった。

 

「はあー、ただの土産か」

「そうです」

「いやあ、ごめんなさいねえ、お兄さんが日本人だなんて、ネエ、知らなかったから」

「……」

「アイノコなのお?」

「そうです」

「アハハハ、そうかそうか……いや、もう良いですよ、すみませんネエ」

「……」

 

拳銃を奪えるなら奪って殺しても良いくらい憎悪が募ったが、あえて私は堪えていた。私の友人はかつて似た様な職質で甚く傷付いたのだが、私は傷付くよりも数年後までに警官を何百人殺してやろうかと言う算段を立てたかった。今までこんなことは何度だってあっただろう。生まれた病院から、保育園や幼稚園、学校、職場、日常生活のあらゆる場で……。

 

パトカーが何事も無かったかのように走り去っていくのを見届けてからしばらくして私は歩き始めた。しかしある疑念が消えない。私はハーフだと分かると解放された。では警官が思い込んだ通り在日人だったら?何が何によって定められると言うのか?

 

嫌な気分だ……いや、ああ、懐かしい気分だ。指で数えられるかどうかと言う数年前の事を、嫌でも思い出さなければならない。

 

私はあの時、自殺しなかったのだ。

 

そして店が見えた。外壁は真新しく塗ってあるが、建物自体は古そうな店が。外に幾つか小さな花輪が飾られてあるのを見てから、店の入口の横に立った。

 

「何て挨拶するか……いや、堅苦しい事は良いか」

 

そうして、ドアの前に一歩踏み出ると、同時にドアが向こうから開かれ、二人の男が出てきた。

 

「まあ、考えといてくださいよ、じゃあ!」

「行こう」

 

二人組みの男は振り向きつつそう言いながら出口を出てきたが、急の事で私は避けられない。

 

「おっと」

 

片方の男が私に軽くぶつかった。

 

「こりゃ失礼……ん」

「……ふん」

 

二人組は謝罪もそこそこに私の顔をジロジロ見て、そのまま去って行った。気を取り直し、私は店の中に入った。他に客は居ないようだ。そしてカウンターに、懐かしい顔を見出す事が出来た。

 

「やあ……吉村」

「ああ!ルキオ!」

 

前と変らない声が、更に私の記憶を揺らした。

 

「月並みだが……懐かしいなあ」

「俺もだよ」

「儲かってるか」

「まだまだだよ」

「しかし今さっき二人入ってただろう」

「いや……あれはね、その……」

 

吉村は急に不安そうな顔をした。

 

「その、客じゃないんだ……何と言えば良いのか、しかしお前に言っても、その……」

「いや、言いたくないなら良いんだが」

「秘密って訳じゃないんだが、その、ほら、お前……あの教師にやられた様な感じの……」

「……」

 

私は一瞬思考が止まった。しかしすぐさま何事も無い事を振舞って続けた。

 

「何、まあ、あんな事はもうどうでも良いんだよ……その、右翼なのか」

「うーん」

 

吉村はあるポスターとチラシを取り出した。

 

「これを置いてくれって言うんだよ……反対するのも怖いし、しかし相手はまあ置いてくだけでもとか言ってそのまま行っちゃったし」

「……」

 

ポスターには、日の丸を持った三頭身の”国民”の老若男女がこの辺りの海岸線の地面の上に立っているイラストだった。下部に”普通の日本人なら正しい判断をしよう!”とセリフが入っている。

 

「俺もつい最近知ったんだが、この近くは戦時中に激しい空襲があって、更に韓国とか中国の人が働かされていた場所もあって、その慰霊碑とか何とか色々あるらしいんだよ」

「ふうん……」

「それが今度、何だか政治的に中立でないとか何とかでモメてるらしいんだよ」

「……」

 

私はただうなずいて聞いていた。しかし、自分と近い事なのか遠い事なのかの判別もつかなかった。吉村は更にチラシも見せた。

 

「”在日米軍と交流するサムライとナデシコの会”……」

「長い名前だな」

 

そちらは先ほどと良く似た三頭身の”国民”の集団が、こちらは四頭身位の米軍兵士と握手しているイラストだった。”在日米軍の方々に日本の美しい心を伝える、新しい形の国際交流”等という言葉が出ていた。

 

「国際交流か……」

「このチラシはこの辺りじゃないんだけどまあ一緒に置いてくれって、関係してるんだろうな」

 

吉村はそう言ってから、またチラシに目をやった。

 

「しかしまあこっちの国際交流ならまだ置いても良いと思うんだがな」

 

私はそう聞いてもうなずけない気持ちだった。しかしそれをどうする事が出来るわけでもない。私の感覚の時計はすでにあの時のまま壊れているのだ。

 

「ああ、それで……まあ座れよ」

「うん……あ、これお祝いだよ」

「おお」

 

祝いの品を差し出しつつ、それでまた私は嫌な事を思い出してしまった。

 

「あ……」

「どうした?」

「いや、さっきね、職質を受けてね」

「職質?ははは、お前ガイジンに似てるからな」

「……」

 

私は半笑いで頭を振りながら、しかしうつむいた。やはり何も変らない。しかしクラスメイト一人にそれを感じても仕方が無い。日本の社会は何も変っていない。

 

「まあお巡りさんも治安の為に頑張ってるから」

「治安の為に?」

 

私は即座に聞き返してしまった。しかしその後が続かない。

 

「ん?」

「……ああ、うん、治安の為……うん」

 

私はただうなずき続けた。そう済ますしかなかった。

 

「……ああ、居酒屋だろ?一杯飲むよ、その目的もあるんだ」

「何人か知らせたんだが一番早く来てくれたのはお前だから、本当はやらないんだがオゴリにしてやるよ」

「いやいや払うよ……」

 

私は居酒屋というものに殆ど馴染みが無いのだが、とりあえず適当に安そうな日本酒を選んだ。

 

「何年振りかな、ルキオ」

「……」

「ああ、いや、思い出したくない事があるなら良いんだ」

「いやいや……確かにあれは酷かったが、笑える思い出だってあるから……」

「数学の下草とかなあ」

「アッハッハ、あの腐れマンコ……おっと」

「もっと上品に言えよ」

「腐れヴァギナ」

「ウーッヒャッヒャッ」

「あと下に草だから陰毛とか言ってた奴も居たな……アハハ、吉村、お前の方があいつに虐められてただろ」

「あーもう酷い酷い、だから誰にも見られてないところであいつの車に死んだ蛙ぶつけてやったんだよ」

「アッハッハ」

「あのヤロー、タカシの奴も虐めてたし、かと言って女にやさしいかと言えばそうじゃなくて、誰だっけあの髪の短い」

「河合じゃないか」

「あー河合か、河合にも酷い事言ってたよな」

「家計の計算どうすんのとか、ひでーよな」

 

口調が昔に戻っていた。懐かしいし、楽しい。しかし、自分でもあの話題に触れなければいけない気も強まってきた。

 

「……何、もう気にしないで言うが、古典の小西なんか、あれで居なくなった分楽だったよ」

「ルキオ、しかし……いや、やはりあれは幾らなんでも酷かったなあ」

 

古典教師の小西は、礼儀がなっていないとか不敬であると言う理由で私をクラス全員が見る中で責め立て、最後に私は気絶した。その後、私は保健室に運ばれ、看護を受けた後、自殺を決意しつつ早退した。小西は学校から居なくなった。私は?自殺出来なかった。全ては内密に処理されていた。それだけである。周りではそれなりにニュースになり、両親もいつになく私を哀れんだようだが、私にはもう自分の身の回りに対して何も出来る事は無かった。私は空気の様になろうとか、そんな空虚な事を思いながら、残りの学校生活を過ごした。一月もすれば皆忘れてしまう。卒業アルバムの時だけ、小西が写るかどうかちょっとした噂になったが、綺麗に編集されたのかどうか、小西が写った様子はない。

 

「お前を抜きにしてもあいつの言ってる事本当に意味が分らなかったな」

「……」

「日本人がどうとか、正しい何がどうでこうのああとか」

「うん……」

 

しかしそれは吉村達クラスメイトも変らなかったのではないか?君達も私を未だ日本人の枠の中に繋げようとしたのではないか?私はあの時自分が日本人ではないしまた何者でもないと誓った。しかしそれを貫徹できているかと言えば、分らない。評価の基準はどこにも無いのだ。そして私は考えるのを止めるしかなかった。自分が日本人であるか否かに関らず、未だ”社会の一員”になってしまっている事には変わりなかった。

 

「……」

「おい、ルキオ、やはり顔色悪いな、そりゃあんなだからな」

「いや、いや、何でも無いよ」

「そうか、まああんな事があっても、あれは日本人の一部だ、な」

「一部……ね」

 

私は話を変えたくて、しかしきっかけが見つからず、とりあえず店内を見回した。他に客はいない。カウンター席にテーブル席が三つほど。店を開こうと思った事も無い私には、これがどんな客層を相手にしたいのか分らなかったがそれを言っても仕方ない。

 

「ああ……あの、そのチラシ貰っていいかい?」

「これか?良いぜ、持ってけ」

 

私は”在日米軍と交流するサムライとナデシコの会”なる集団のチラシを貰い受け、もう一度眺めた。

 

「ルキオ、お前ガイジンぽいから米兵の真似でもするか?」

「ハハハ、寿司とかタダで食わせてくれるかも知れないな」

 

口ではそう冗談めかして答えたが、大した考えは浮かばない。チラシの下部の写真を見ると、コスプレをした女性なども写っている。

 

「コスプレしてる女もいる」

「アメリカ人とコスプレプレイか」

「コスプレって言葉がそもそもコスチュームプレイだからそりゃ言葉が被ってる」

「んなこたあどうでも良い……どんなアニメのコスプレだ?」

 

私はもう一度チラシを見た。アニメや漫画の話題には疎いのだが、どんなキャラが流行ってるか位は知っている。

 

「アニメと言うか、『軍艦娘。』のキャラだ」

「ああ、あの旧海軍の戦艦のヤツか、しかしそれが米兵相手にウケるのか」

「さあ」

 

“軍艦娘。”は旧日本海軍の艦艇を擬人化したソーシャルゲームだ。私のネット上の知人にプレイヤーがいるので存在は知っていた。

 

「確かこのゲームは敵の砲弾が自分の女キャラクターに当たると、女の服が脱げるらしい」

「ルキオ、やってるのか?」

「ネットの知り合いがやってる」

「それエッチするのか?」

「しないんじゃねえかなあ」

「どっちにしろ派手にやらねえとダメだ」

 

いつの間にかまた下品な話題に戻っていたが、私は聞き流しながら酒を飲んだ。しかし、気まずさは変わらない。私はただチラシのコスプレ女に目を移していた。

 

「言っちゃなんだが、グロテスクだなあ」

「何が?」

「戦争や軍隊が萌えになる事が……」

「ルキオ、それは古い考えだぜ、今はもう何でも萌えだ、うちのマスコットもそうしようか……」

「どんな感じに」

「酒瓶をマンコに……」

 

私はまた聞き流しつつチラシに視線を移した。私も私だが、吉村も吉村だ。第一ガラスを陰部に入れるのは危険だと思う。しかしそれより、古い考えだと言われる事の方が私にとって重大だった。保守的な考えなのだろうか。何より、私がグロテスクに感じたのは、様々な表現規制やあるいは表現統制を行ってきた権力に、ファンたちが擦り寄っていく事である。その先に何が起こるかは、分からないが。しかしそれを吉村に説明する気力も無かった。なんとなく、気分が悪い意味で若返っている気がする。

 

「……さてそろそろ行かなきゃ」

「おお、そうか……ルキオ、また来てくれよ、本当に」

「ああ、うん」

 

来ても良い。それ以外あんまり感想は沸かなかった。

 

店先まで吉村に見送られる。多少は時間が経ったようだ。元来た道を再び歩いていくつもりだった。

 

「おう、じゃあな」

「また職質に会わなければいいが……」

「何、まだそんな心配してるのか」

「お前なあ……俺だって色々大変なんだぞ、昔から……」

 

その時、私の頭にひらめく物があった。

 

「昔の慰霊碑……」

「ん?」

「なあ、さっき、中国人や朝鮮人の慰霊碑がって言ったよな、どこら辺にあるんだ?」

「お前が今歩いてきた道のどこかの分岐に……看板があるはずだ、その案内の先だと思う、俺は行った事無いんだが」

「そうか、まあ見てみよう、ありがとう」

 

不思議そうな顔をした吉村を後に、私は歩み出した。

 

注意しつつ来た道を戻り、半ばを過ぎた所で、私設らしき、木で出来た目立たない看板を見つけた。

 

『この先、慰霊碑』

 

私はそれに従い進んでいった。

 

「ここか」

 

ちょっとした坂道を登り、茂みに囲まれた慰霊碑らしき物を見つけ出した。幅も高さも、私より小さな物だ。しかし。

 

「……何だ、これは」

 

慰霊碑に、恐らく貼られてからそう時間が経っていない、大きな貼紙がされていた。

 

『自虐史観ハ国ヲ滅ボス!

不貞支那人・不貞朝鮮人ヲ

地理カラ歴史カラ街頭カラ

アラユル場所カラ排除セヨ!

一國民』

 

「……!」

 

私は見てはならないような物を見た気がした。いや、気ではない、厳然としてここにあるのだ。身が震え始めた。私が中国人や朝鮮人であろうと無かろうと、私の社会にはこう言う物があるのだ。小西ひとり、先ほどの男ふたり、あるいは職質警官ふたり、ではない。何万人と、何万件と、こう言う事があるのだろう。私は学生のあの日から今まで人生の歯車を止めていたし、止めさせられていた。今、ギチギチと動き始めている。

 

「……そ、そうだ、何か、どこかに知らせなければ」

 

しかし私はこのあたりの事情を良く知らない。良く分からないまま役所に知らせるより、近くの民家に頼んだ方が良いのか。いや、まず貼紙を外さなければ。

 

私は慰霊碑に近づいて、貼紙とそれを付けていたテープを剥がした。そしてその碑に、小さく字が彫られているのを認めた。

 

『中国・朝鮮人労務者慰霊碑』

 

とにかく少し道を戻り、目に付いた近所の民家に向かってインターホンを鳴らした。

 

「すみません」

「はい」

「何と言うか、そこの、あの、慰霊碑の」

「慰霊碑?」

 

直ぐに、初老の女性が表に出てきた。

 

「まあどうされたんですか、おやガイジンさんですか」

「あの、慰霊碑にこんな物があって、私、外から来たもので、どうすれば、どこに知らせれば……」

「ガイジンさんがどうされたんですか、アレだとするとあなた中国や韓国の方?そうは見えないけど、日本語も」

「いや、そうではなく、とにかくこれが……」

 

私はとにかく剥がした張り紙を見せた。

 

「あらーまあ、なんか酷い事?書いてあるのねえ」

「どこに知らせれば良いのかと」

「まあどこかに捨てておけば良いんじゃないですか」

「……」

「まああんな目立たない碑に良くこう突っかかる人が居るね、埋められてる人ももうイヤでしょうからあの碑ももう無くしちゃえば言いと思うんだけど」

「……」

「普段は全然人来ないけど、何年か前は、何て言うの?キタチョーセン?アッチ系の人たちが来て何かオマツリしてたし、昔の事はともかく怖いのよ」

 

私は黙って立ち尽くしていた。女性は私の顔を察してか、貼紙を取って手を振った。

 

「ああ、まあ、そうね、まあ貼られてたのは酷いから市役所に教えておきますわ、ご苦労さんね」

「……ありがとうございます」

 

私は別れを告げて、来た道を戻り始めた。やはり、あの貼紙は差し出すべきだったのだろうか。あのババアは報せてくれるんだろうか。やはり俺自身が自分でどうにかした方が良かったのか。考えは周り続ける。

 

俺自身の出自、ルーツが云々、ではない。しかしこの社会に何が起きているかの象徴だ。俺もそれに踏み殺されかけたのだ。この状況はいつから始まったのか?あるいはいつから続いているのか?そもそもどこで何が起きているのか?そしていつ終わると言うのか?

 

社会は動いているのだろう。俺の止まっていた歯車も動き出した。男が女に、女が男に、老人が若者に、若者が老人に、歴史が弱者に、弱者が歴史に復讐するのではない。俺から見て、老若男女関係なく、差別は「日本」の物であった。以前の復讐でも、これからの”予讐”でもなく、ただ俺はここに居るのだ。どうしようもない気持ちが溢れて来る。日本を強姦してやりたい。東京も良いが、大体日本の膣を京都辺りと見込んで、俺の精子を京都にぶち込んでやりたい。御所の辺りはたっぷりやってやろう。俺の精子で汚された京都から新しい文化が芽生えたら面白いだろう。いや。俺は日本人と同じなのだろうか。俺の半分はなんだろうか。俺が女性だったら何と考えるんだろうか。俺が同性愛者だったら。同じか。

 

どうしようもない。どうしようもない。気持ちは前進する。

 

「……」

 

私は駅前の広場まで来た。大勢の人々が行き来したりタムロしたりしている。

 

先ほど俺が良く分からない気持ちに浸っていた事など、この広場で集まっている人々には分からないだろう。俺もここに居る人々の気持ちなど分からない。どこにでもある疎外。しかし俺が見た疎外は特殊でありまた普遍なのだ。小西、ありがとう、確かに貴方は私に良い事を教えてくれた。他の人々も。警察も権力も。俺はあの時社会の三歳児になりたいと、無政府主義者になりたいとまで思ったがなれなかった。今再び、なれる。

 

私はベンチに座った。ビル等に阻まれている視界は損なわれているが、駅前からも海が少しだけ見える。どう言う訳だろうか、海が黒く見える。私は再びチラシを取り出した。

 

「サムライとナデシコの会……軍艦娘。……」

 

私は特に”軍艦娘。”のコスプレをした女性を見た。先ほどはグロテスクに思えたが、今は吉村が言っていた視点も何となく分かる。これが新しい何かの作法なのだろう。どういうゲームかは未だに良く分からず、この保守団体による利用も特殊な一例程度なのだろうが、俺もまた特殊な一例なのだ。

 

全国に在日人、いや混血が何人居るか知らない。最近は子供の三十人に一人と言う割合で増えているらしい。さらにその中で”政治化”した混血が何人居るか知らない。そう多くは無いだろう。譲歩して、血に拘らなくても良い。苦しい少女期を朝鮮で過ごし生涯朝鮮人と共闘した金子文子の様に”文化的混血”を果たすものも居る。血で区別してはならない。戦うべき相手は”大きなモノ”なのだ。天皇、政府、保守社会、PTAや地域”健全育成オヤジの会”etc。何も無い太古に戻ろうとする奴ら。社会をより”清潔に、単一に、禁欲的に”しようとする奴ら。

 

私は立ち上がり、そのまま駅に向かった。止まっていた歯車は動き出し、新しい戦いが始まった。もう縛られる事はない。俺は俺の戦いをする。それで後先の誰が楽になったり苦しんだりするかは知らない。

 

電車に乗り、端の席に座って手すりに体をもたげ、私は目を瞑った。電車は動き出し、首都圏の中心に向かって走り始めた。バーゲンセールの広告の白人女性モデルが俺を見ている。エナジードリンクの広告の黒人運動選手が俺を見ている。そして化粧品の広告の日本人がこう言っている。

 

『これであなたもハーフ顔に!』

 

ハーフ顔!なりたければなれば良い。人は大体何にでもなる権利がある。だがハーフ顔とは何だろう。そしてハーフ顔を良い物とするなら、なぜ混血はこんな扱いを受けているのだろう。以前、ミスユニバースの日本代表に混血の女性が選ばれた時、多くの日本人が、日本的美に一致しないだの何だの騒いだではないか。混血とは何だ。人と人が結び合うときそれはもう混血ではないのか。同性愛者も小児愛者も獣愛者も、もう誰もが全ての人間が幸せであるように。それを妨げる野朗とアバズレども。ああ!

 

俺は空いている電車の中で静かにしている。

2016年5月2日公開

作品集『続・血は世界に満ちて』最新話 (全1話)

© 2016 Juan.B

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