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『青い熱帯』と『金属の夢』の連作で、女子高生の絶妙な心理を捉えることを試みました。第三話に関しては狙いがあって、あえて読みにくい文体にしていますが、四話以降はまた元に戻すつもりです(推敲でとても体力を消耗するので)。

タグ: #純文学 #連載

小説

3,527文字

 翎はねが治迄なおるまで

腥田をにゆり

1

「何だよ、此のBGM。失恋でもしたのか」
「蔑べつに好きな音楽をBGMにしてもいいだろう……」

安田、本当に嫌々子ややこしい奴だな。LINEの音楽を何にするかなんて人の勝手だろうに。けど、そう言われると何か心上しんしょうが悪く鳴って来て、と言うより、恥ずい。私も、この音楽は私の普端ふたんの囃子キャラとは少し合性がよくないのを解っていても、役張やはり好きなものは好きという出来心で遣ってしまった。こんな音楽に合応しい自分に鳴りたいというのも合ったが、自己主張し過ぎたのだろうか?
「煮合にあわないよー、其れエ」

と安田はまた豫計よけいな一言を加えた。何故か苛むかついて、寧ろ引下がりたくなくなった。

所で、折角水泳の授業が始まったのに、うい川は体調不良で図度ずっと先生の隣に座っていた。男子達は失望の色を隠さず、入水する時は壇ノ浦の平時子みたいな悲壮さが有った。うい川はそんな時、眼が常々此方に落ちていて、——プールの方を見物していた。其れが原因なのか、いつの間にかうい川は「気が強い」という評判を喰らった。流石に何かの間違いなのでは。

て言うか、うい川の事が気になり始めたのは決して何か理由が有る訳でもなく、先ず、彼女と話す時、なぜか妙な緊張肝が有るから実際は話せる機会が余りないのであって、其れで、何を考えているか全く毛頭判らないし、謂わば神秘気質ミステリアスがあるから豫計に彼女の事を常常考え始めた、其れに、彼女はどういう経緯で籠球バスケ部の部長と付合えて、また、あんな怖い三年生(いや、優しい人だと言われたが、私は人気者全員苦手で)を振ったのかも割貸わりかし興味深い。恋愛したことが有る彼女に、恋愛ってどう言う事なのか聞きたかった。そして前回彼女を誘ったら普通に応じてくれたし、慥かに少し天然っぽさは有るが、悪い人じゃないと思う。要するに、気が強いという噂は少なくとも私は納得できないし、寧ろ御庭馬ゴディバの時、私が確り聞きたいことを聞けば良かった。だって、実猜じっさいに喋ると腰が柔らかそうだから、籠球バスケ部の先輩との恋愛に就いても遠慮なく喋ってくれそう。

それより——
「安田って彼氏作ったこと有る?」
「そう見える?」
「ふん。適当に聞いただけ」
「はア……。そもそも頑張って作るもんじゃないと思っている」
「そう?」
「自分は未だピチピチの高校二年生なんだよ。安売りする積りないから、て言うか、周りは餓鬼みたいなのしか居なくね? 経営者とかと付合いたいんだよね、経営者とか……、あと正社員、荘度ちゃんとした仕事が有って真面目に働く男性でなきゃ」
「安田って案外考えてるね、恋愛に興味ないかと思った……」
「はあア? てめエが聞いて来たのでしょ? おめエこそ役謡タイプ言えよ、人の話可ばかり聞いてるだけで」
「役謡タイプか……」
「どうせ荘度考えてないだろうな……。じゃ、質問の仕方を変えるわ。白洲クラスの中で一番素敵だと思う男子って誰?」
「男子か……」
「ほらア、杉河くんは足球サッカーが得意だからほかの白洲クラスの人も偶には見に来るしさ。或いは影の貴公子、あの図度休憩時間自分の席で耳謡方イヤホン聞いてる人だとかさ」
「ま、影の貴公子……違う違う。井馬くんは慥に役謡タイプなんだけど、別に素敵とは思わないかな——」

と能能よくよく考えたら、
「うい川が素敵だな——」
「又々変な事を言い出したよこの娘こ。まア、良いか、——うい川って大和和たわわだけじゃんか」
「落着いてる所がいいよね——、余裕有りそうな感じとか」
「慥に大人びた感じはあるけど……。人に興味ないってだけにも見えなくも無いが」
「氷清玉潔クールビューティーと言っていいのか?」
「私的に如何でもいい、そもそも話を滑ずらし過ぎだろとしか思わなかった」

話している中うちにまたうい川の事可り考えるようになった。そうだ、今度こそ彼女に直截ちょくせつ、恋愛の事に就いて聞いてみよう。彼氏を作る方法コツを入手して、安田より先へ進みたいからね。

2

窓際の陽射しが蝉を殺しに来るような高温まで昇ってきた。少しも窓に寄りたくないから、橋掛ろうかを歩くと影のなかでは窮屈に感じた。向こうから走ってくる野球を打やってそうな坊主頭を避けた時、横の本舞台きょうしつの声が不意に聞こえたが、視線を其方へ向けたらうい川が本舞台きょうしつの中にいた。
「——如何にも誓が諄過ぎる様に」
「成る程、——厭、誓ったからには填まりましょうよ」

同じ見た目の冠を被った人が二人居た。貫禄の有る三年生の男が訝しい表情に成って、
「——筋は予め知っているのか? なにも障りは有るまいな」

と隣りの役者に確認する……。然し、如何も変な感じだった。うい川は王妃役みたいで、三年生の横に座っていた。

その後、芝居が段段大袈裟になって来た。主役の王様の様な人が暗殺されたのだった。彼の冠は奪われて、其れで——
「ああして庭園で王を毒殺するのです、王国欲しさに。王の名は権座吾ゴンザーゴ。……あの人殺しめ。其れから王妃を誑込むのであった……」

狂言方ナレーションの男が有る話をした瞬間に、擬然じっと席に座っていた三年生が急に立上がり、
「貴郎あなた?」
「灯りを。余はもう部屋に戻るんだ」

と言い、狂言方ナレーションのような男だけその場に残って、うい川を含めた他の全員が退場した。

うい川は大して演技をしなかったし、ただ同じ場所に座っているだけだったが、此処から覗くと急に自分も一寸ちょっと淋しくなって来た。所で、退場した時彼女は三年生の別の人から管を入れた樹脂瓶ペットボトルの水を渡されて、珍しく彼女が笑って他の人と喋るのを見られた。

そして台本を取り、どうやら次の場面が始まりそうだったが、私は其れでもうい川をただ見ているだけだった。他の人との会話の後に顔の向きを変えた折、不図お互いの眼が合った。私は覗き見のような抵牾もどかしさに、咄嗟、誤魔化すように片掌を肩の高さまで挙げて、指先を軽く動かして挨拶してみた。彼女が其れを見て表情が少し柔らかくなった。そして王妃の衣装を着たまま此方に手を振って、余り淑やかだったから付い付い祝賀御列を見ている気持ちになって来た。

*****

「昨日演劇部の外で申合リハーサルを見ていたよね」
「あ——。役張よくないのかな」
「そんな事ないよ。今度上演するから観にくる?」
「上演?」
「ええ」

と次の日にうい川に呼ばれて、どうやら今度は体育館で上演するので、彼方此方の掲示板にも予告のお知らせが貼られていた。慥に、うい川の演技は気になる。しかし話を聞いたら悪役らしかった。彼女の囃子キャラ的にはもう一寸ちょっと穏やかなのが良かったと思いつつも、この前、安田に話した事を思い出して、
「うい川が鬘物ヒロインに向いていると思う」
「そう? わたしは蔑に……」
「なんで?」
「鳴りたい人は幾らでも居るが、わたしは鳴っていいのか判らないから」
「鳴りたくないのか? 鳴れるのにね」

と妙な気分が纏わりついて消え去らずに、それでも彼女が鳴るべきだと伝えようとした。
「今度ね、今度鳴ってみせるよ。絶対観に来てね」

うい川は困った顔をして、なんか此方が変な事でも言ったかのように早々に何処かに行ってしまった。

と言う事が有ったが、その次の金曜日が公演だったから言われた通りに観に行こうとした。しかし——

体育館の出口に有る欅の下の草叢の所に何か小さな鳴き声が発されていた。近づいたら鳩か何かの雛だった。翎はねは生えたが、如何やら翼が怪我したせいで群れと逸れてしまった。

やむを得ず自分の両手でその小さな躰を掬い、もう眼の前のこの子で一杯一杯なので結局体育館に入らずそのまま家に帰った。

家に帰ったら、また鳥籠が必要だからもう一回出て駅前に行ったが、雛は鳥籠を買って来る迄も図度鳴き続けていて止まなかった。多分、飛とんでもなく怯えているだろうと思った。

何かしら出来る事ないかと思って、AIに色々と聞いてみた。所で、調べる途中に雛がもう寝てしまった。

翎が治迄は一旦これからは水と餌を定期に交換して、経過観察する事にした。

上演が三、四時間過ぎた後、うい川のLINEが来た。「何で来なかった?」と送って来た。

如何どう答えたら良いのか判らないのでそのまま放置した。その後は如何しても雛をほっといては行けないから、親を何とか説得し、学校の方に適当に嘘をついて一週間くらい休んで、そして夏休みが入る直前に漸と復帰した。

後から聞いたら、公演の際にうい川が謡せりふを言い間違えたせいで先輩達に責められたらしい。安田に、うい川最近元気かどうかと聞いたら、
「相変わらず偉そうな感じが鼻につく」
「偉そうって? 例えば?」
「この前も籠球バスケ部の部長と別れたでしょ? あと、水泳授業中は生理で泳げないでしょ? 演劇部の話もね、大失敗をかましたのに平気な顔をするし……。それでも男子達が庇ってくれるから本当に気楽だな」
「そうなのかな——。蔑に彼女は鬘物ヒロインですらなかったのにな」

と思いながらも言えなかった。

一番奥に座った彼女に何か声をかけたかったが、けど彼女は一回も鳴ってないので声を掛けるべきかどうか悩んだ。

© 2026 腥田をにゆり ( 2026年9月7日公開 )

作品集『『青い熱帯』、ほか』第3話 (全5話)

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