ロックスターよ永遠に

諏訪靖彦

小説

2,817文字

「 私立古賀裕人文学祭」応募作品
「1時間で書き上げた文章、優勝したら1万円」
お題は「 孤高の天才未満 」

発表が終わったので推敲しました。
なとか賞の次点でした。
やった!

電動アシスト自転車を駐輪場に置く。前輪の鍵をカシャンと閉めて後輪にワイヤーキーを差し入れてガチンとはめる。二重に鍵を閉めないと盗まれるかもしれない。施設に来ているやつらのほとんどは集団生活している場所から送迎バスでピストン輸送されて来るから自転車を盗んだからといって使い道なんてないだろうけど、俺みたいに自宅から自転車で通所している人間を恨めしく思っているのは間違いなく、退所時に自転車がなくて呆然とする俺の顔を見て笑いたいはずだから、カシャン、ガチンとやってから施設に向かう。

駐輪所から施設の入り口に向かう途中「おはよう」と挨拶してくる奴らは無視する。俺はお前らとは違うんだ。お前らのいる「再発防止クラス」の人間じゃない。俺がいるのは「再就職準備クラス」だ。お前らのようにいつ再発するのかビクビクしながら過ごしている側の人間じゃないんだよ。再就職準備のために俺は施設に通っているんだ。気安くは話しかけてくるんじゃない。

俺はにやにやと笑みを浮かべて声を掛けてくる奴に舌打ちして施設の入口へ向かう。すると入り口の前に一人の男が立っていた。男は施設に入って行く人間に向かって何やら配っている様子だ。施設内で行われるイベントの告知だろうか。施設では運動会やカラオケ大会、言葉遊びにたけた芸術評論家ですら口ごもる入所者が作成したキュビズム絵画の発表会なんかが定期的に行われている。そのたぐいの宣伝用チラシでも配っているのだろう。

入り口まで行くと男は何かを摘まみ右手を差し出してきた。施設の一日は長い。再就職準備クラスは閉鎖病棟からデイケアに移って来た日常会話すらまともにできないやつらと違って施設スタッフからほおっておかれる。施設が再就職先を世話してくれるわけでもないし、再発防止クラスのように監視が必要なわけではない。入所時に体調を確認したらほおっておかれる。だから再就職準備クラスは何世代も前のパソコンを使って表示速度に辟易しながら障碍者向け求人情報を眺めて一日を過ごす。障碍者雇用はどれも給料が安いので施設を卒業して真面目に働こうなんて人間はほとんどいない。精神障害1級や2級を受給していたり、生活保護受給者だったりすれば施設にさえ通っていれば生活に困らないから仕事なんか探さない。それに食事も無料で食べさせてもらえる。そんなわけだから再就職準備クラスの人間は施設内で暇をもてあます。施設内で行われるイベントは暇つぶしにちょうどいいんだ。

どんなイベントをやるのか興味を覚えた俺は男が差し出した右手からチラシを受け取ろうとするが、男の右手には何も握られていなかった。俺は「チラシ取り忘れてね」と言うが、男は俺に笑みを浮かべるだけで無言で何かを掴んだ右手を俺に差し出している。仕方なく俺は男が差し出したエアチラシを受け取った。男に目を向けると既に男の視線は後ろを向いている。俺はエアチラシをポケットにしまい施設の中に入って行った。

昼食の時間になると食事の配膳に長い列ができる。俺はその列の最後に並んだ。入所者は計量器を使って均等に盛られた麦飯を次々と取っていく。その先には鳥の竜田揚げが並んでいた。やつらにとって主菜は重要だ。不味い麦飯を胃に収めるためにできるだけ大きな竜田揚げを取ろうと吟味しているやつらで列が先に進まない。麦飯のように正確に計量できるものではないから質のいい竜田揚げを取ろうと必死になっている。閉鎖病棟ではのどに詰まらせる恐れのある食事はでないから必死になって大きな竜田揚げを取ろうとする気持ちははわかる。わかるが、そんなことに必死になって後ろに並んでいる再就職準備クラスに迷惑を掛けるなよ。どうせ大した差なんてないんだから。

そんなことを考えながら配膳の列をゆっくり進んでいると、横から大きな声が聞こえてきた。奇声だ。施設にいると奇声を聞く機会が外の世界の何百倍もある。ろれつが回っていないやつが多いし、言葉の意味を理解するのが遅いから大きな声でゆっくりと話す。最初はそれも奇声だと思っていたが、慣れるとどうってことはない会話をしているのに気づく。しかし今聞こえてくるのは明らかな奇声だ。俺は奇声のする方に目をやった。すると朝施設の入り口でエアチラシを配っていた男がエアスティックをもって「ダダダダダダダダ」と叫び声を上げながら足でエアバスドラを叩いていた。バスドラの合間にエアスティックを振り回しながら「コンコンッ」「パスンパスンパスンパスンッ」とタムやハイハットをまねた奇声を上げてエアドラムを演奏していた。こいつはまだ閉鎖病棟に入院していた方がいいんじゃね、デイケアに来るには早すぎたんじゃね、なんて思いながら俺はやっと進んだ列から竜田揚げとその先に並んだ味噌汁と酢の物を取って席に戻った。

鳥の竜田揚げは不味かった。予想していたので驚きはない。カリッカリに揚げた状態のままで出したらのどにつかえる人間がいるし、味が濃ければ厚労省が定めた塩分量を超えてしまう。だから施設の食事には期待していない。だって俺は再就職準備クラスの人間だから。再発防止クラスのやつらとは頭の出来が違う、頭の構造自体が違う、だから竜田揚げを吟味するなんてことはない。

食事を済ませプラスチック食器を戻しに行くと、先ほどまでボイパでドラムを叩いていたやつが「デルン、デルン、デルン、デルデルッ、デデデデデデデデ」とギターリフっぽい何かを口ずさみながら高速でヘドバンしていた。彼の周りには沢山の人だかりができていた。何人もの男女が彼のエア演奏を聴きながらヘドバンしている。先頭にはヘッドギアを装着した女がヘッドギアが外れないように付けられた首元の留め具外しブランブランさせてながらヘドバンしている。彼はエア口リフが途切れると「ウォ、ウォ、ググガググガゴガアアアアアア!」と大きな叫び声をあげた。そして「ズダダダダダダダ」とボイパに戻る。

これはブラストビートだ。俺は急いで食器を戻すと人だかりの後ろについた。彼がエア演奏しているヘビィメタルに合わせて体を揺らしリズムに乗る。認知機能に問題があるものが集まるこの施設で彼はヘビィメタルを演奏しているのだ。ギターもドラムもマイクさえも、施設に通所している人間に、スタッフに、自分にさえ危害を与えるからといって禁止されているなか、自分に身体だけでヘビィメタルを演奏しているんだ。外の世界で理解されなくていい、施設という狭い世界で自分がやりたいことを表現している。

俺はポケットの中から男が施設の入り口で配っていたエアチラシを取り出した。そこに書かれていたのはライブの告知だった。昼食後にライブをやるといった内容が書かれていた。書かれているはずだ。紙ですらないエアチラシだけどライブ告知が書かれているのは間違いない。

俺は奇声を上げなから閉鎖病棟から出てきたばかりのやつらに向かってダイブした。

 

――了

2025年3月9日公開

© 2025 諏訪靖彦

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