ユダヤ人差別の容赦ない言葉と暴力が描かれる。ユダヤ人であるブルームが国粋主義者の「市民」にビスケットの缶を投げつけられる。こうした描写が百年前に書かれ、第二次大戦のホロコーストへと繋がっていると思うと心痛い。その一方で、百年経った今、ガザ地区でパレスチナ人が容赦ない虐殺をユダヤ人国家であるイスラエルから受けているというこの現実に、全てが虚しく感じるのは否めない。人種は違えど、人類が百年経っても同じことを繰り返している。
印象的なのは、章の前半でジョーとアルフが会話している場面で、アルフが死んだはずのパディ・ディグナムをついさっき見かけたと話すところだ。そう言い張るアルフに対し、ジョーは「じゃあ、おめえ、幽霊を見たのよ」「くわばら、くわばら」とまともに受け取らない。アルフは「死んだなんて!」と驚き、その後に続くセンテンスが幽玄じみていて素晴らしい。
亡霊のはためく双手が闇のうちに感じられ、タントラ経典による祈りが正しい方角へ向けられたとき、いやまさりゆくルビーいろの微光が次第しだいに見えて来て、エーテル体の分身の出現は頭頂と顔とから発する生命光のため生けるがごとき感なおさら深いものがあった。
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