ジョイスは確かな手ごたえをもとにここで自身の父をモデルにしたサイモン・ディーダラスを登場させ、俯瞰的にディーダラスを彼ら父親の世代から眺める。読者としてはここで一挙に登場人物が増えて会話を始めるので、多少混乱するかもしれない。実際にわたしも読むのに苦労した。ブルームがこの親子を通して、自身の亡くなった息子を思い出し、自殺した父親を思い出す。非常に死という観念がまとわりついた暗い章。
それでも、ブルームは馬車から見える移ろう街並みの景色や人々を見ながら思い浮かんだことをどんどん語り続ける。そこにユーモアがあり、くすりと笑えるところにこの小説の凄さがあると感じる。“ユーモア”とは計算された笑いとは違う。ブルームはポケットに入れた石鹸に居心地の悪さを感じていて、どこで石鹸をポケットから移動するか、考え続けている。この“ずれ”のような思考が人々を笑いに誘う。
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