利用しているマッチングアプリPに対するコケシの評価は、「おおむね優良アプリ」だった。恐る恐る始めたが、心配していたような変なメッセージは来なかったからだ。「心配していた変なメッセージ」とは、現像せずにすぐに送れるというデジタル写真の特性を利用した痴漢的な添付画像のことである。日本人男性の中には二面性を持つ者が多く、普段は真面目でまともな人間なのに、こと性に関すると相手の気持ちを全く尊重せず自分勝手な振る舞いをする大人がたくさんいると44歳の今、コケシは知っていた。特に人間関係のしがらみのないネット上では、痴漢ファイルの被害に遭う可能性は実生活よりも高い。そのため大変に警戒していたのだが、コケシは一通も痴漢画像を受け取ってはいなかった。Pには通報制度があり、何度か通報されるとアカウントはく奪などのペナルティを受けるので、それが功を奏しているようだった。
そもそも痴漢添付ファイルを送信して何が気持ちいいのかコケシには全く理解できなかったが、男性が自分の局部をとにかく大切に思っているということは人生経験上、分かっていた。こちら側からすると、大きさや形や色は人それぞれだが局部は局部としか思っておらず「ああ、付いていますね」くらいにしか思っていない。ところが男性側はほぼ全員が自分の局部は特別だとどうやら思っているようで、女性が自分の局部を見たいと思っているという妄想まで生み出してしまう輩もいるらしい。付いていないコケシからすると「小さかろうが大きかろうが機能は変わらん」としか思わないが、小さければ小さいで特別に悩み、大きければ大きいで特別に自信を持つようなのだった。「くだらん。お前のそれは世界人口80億の半分、40億分の1本でしかない」そうは思うが、好きな人が大切に思っているものならば自分も大切にしたい、その気持ちで好きな男の局部はコケシも大切にすることにしている。それは子どもが集めたどんぐりや石を自分には無価値だからといって捨てたりはしないのと同じである。具体的には、セックスの際には局部の状態をつぶさに言葉で表現してやったりはする。「あなたが大切にしているものを私も大切に思っていますよ」という気持ちを行為で示す、愛情表現のひとつである。そしてこれは深い愛情はなくその場限りの刹那的な交流であっても、発揮されるコミュニケーションだ。痴漢添付画像を送信する者たちは自分の局部を特別に思って欲しい、つまり自分を大切に思ってもらいたいという欲求があるのだろうが、お互いの意思確認という中間をすっ飛ばしてしまっているので、受信側からしたら無意味な石ころと変わらない。むしろ石ころの方が見た目が汚くないので無害である。「ほんま、性的なゾーンに入ると急に頭が悪くなる奴が多いからなあ」
ともあれコケシはアプリP内では痴漢添付画像を受け取っておらず、ルールを守った登録者が多いと感じていた。しかし交際や結婚を目的とするアプリP内においてもいわゆる「ヤリモク」と呼ばれる人間は一定数、存在する。では交際や結婚を目的としない彼らが、交際や結婚を目的とするアプリP内においてどのように立ち振る舞うかというと、ジャブを打つのである。いったんは普通の活動を装いながら「実は僕ってこういった趣味があるのですが、大丈夫ですか」と微エロをメッセージに混ぜてくるのだ。そこで女性側が「は? 」という態度であれば「ごめんなさいごめんなさい、気を悪くさせるつもりはなかったんです」とすぐに引っ込めるし、逆にノリノリで会話が続けば「こいつはイケる」と判断する。つまり自分なりの試金石を作っておくのだった。女性側には真剣交際しか求めていない人が多いので、少数派であるお友達付き合い派を掘り当てるために「ヤリモク」類が試金石を磨いているのは妥当な行為だと思われた。
それにしても世には熟女好きが多いとは聞いていたが、44歳女性コケシに対して20代後半男性からのイイネが多く、どうなってしまっているのか思うほどだった。「さすがに20代と付き合ったら親御さんに悪いわ」コケシは若い男に欲を感じないため特にうれしくはなく、せめて35歳くらいがいいと思っているのだが、30代40代の男性よりも20代からのイイネが多かった。これについてコケシはこのように分析していた。30代40代は結婚の意思を失っておらず、出来れば若い女性と付き合って結婚し子どもをと考えているので44歳のコケシは対象外となる。出産可能性が低いし、わざわざ中年女性を狙う必要がないのだ。しかし20代男性は結婚をまだ視野に入れていない者がおり「熟女に可愛がられたい」という願望をマッチングアプリという非日常の世界で叶えようとしているのだろう。しかし「きれいな熟女にやさしくされ、性的な魅力で篭絡されたい」という願望ほど、受け身で美味しいものをもらおうとする態度はほかにないだろうとコケシは思うのだった。
つづく
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