この工場に雇われて三月目、私は初めて「千鳥格子崩し」を織る番に当たった。
工場は、町はずれの川沿いに建つ、煉瓦造りの大きな建物だった。機の音が、朝から晩まで途切れることなく響き渡り、初めのうちは、その音の大きさに気圧されて、思うように手が動かせなかった。同じ棟で働く娘たちは、皆、私よりいくらか年下の者が多く、遠方から出稼ぎに来ている者もいれば、この町の生まれの者もいた。誰もが、黙々と機に向かい、私語を交わす暇もなく、一日の割り当てをこなしていた。
工場の柄帳には、代々受け継がれてきた図案が、幾つも収められている。多くは、他の工場でも見かけるような、ありふれた縞や格子だったが、「千鳥格子崩し」だけは、この工場だけに伝わる、独自の柄だった。柄帳に描かれた図案通りに織れば、格子の交差する点は、一反につき、ちょうど二百四十であるはずだった。
だが、私が織り上げた反物を、古参の女工頭が検めた時、彼女は指先で布地をなぞりながら、静かに言った。
「二百四十一だね」
「数え違いでしょうか。もう一度、確かめます」
「いいんだよ。これで、いつも通りだから」
女工頭の口ぶりには、驚きも、咎める色もなかった。私はその時は、深く考えずに聞き流した。だが、それから幾つも反物を織るうちに、この「千鳥格子崩し」だけが、いつも決まって、一点だけ多く織り上がることに気づいた。他の柄では、そのような食い違いは一度も起きなかった。
私は、工場の隅に保管されている古い柄帳を、こっそり調べてみた。柄帳には、代々の織り子たちが、織り上げた反物の交点の数を、几帳面に記録していた。表紙の日付を見ると、この工場が創業した当初にまで遡ることができた。どの年の記録を見ても、「千鳥格子崩し」だけは、必ず二百四十一。一点だけ、指定より多い数が、幾十年分にもわたって、連なっていた。
他の柄の記録も、念のため調べてみたが、そちらにはこうした食い違いは一切見当たらなかった。縞も、格子も、指定通りの数で、寸分の狂いもなく織られ続けていた。異変が生じるのは、「千鳥格子崩し」に限られていた。まるで、この柄だけが、他の柄とは違う何かを、密かに背負わされているかのようだった。
女工頭に、思い切って尋ねてみた。
「なぜ、この柄だけ、いつも一点多いのでしょうか」
女工頭は、この工場に長く勤めているというだけでなく、この町の生まれでもないと聞いていた。若い頃は、隣町の電話交換局で働いていたこともあるという噂を、私は他の娘から耳にしたことがあった。本人にそれを尋ねたことはなかったが、時折、彼女が機の合間に、遠くを見るような目をして、独り言のように何かを呟いていることがあった。「もしもし」というその一言だけが、かすかに聞き取れることもあった。
女工頭は、しばらく手を止めてから、答えた。
「昔、この工場でね、若い娘が何人も、無理な仕事のせいで、命を落としたことがあったんだよ。流行り病の年もあったし、機械に手を取られた娘もいた。数えてごらん。ちょうど、その人数と同じだけ、多くなっているはずだから」
私は思わず、柄帳の古い頁を数え直した。記録に残る、この工場で亡くなった女工たちの人数――それは、確かに、幾つかの年代を除けば、「千鳥格子崩し」のずれの数と、ぴたりと一致していた。
「誰かが、意図してそうしているのですか」
「さあ、どうだろうね」女工頭は、少し困ったように笑った。「わたしも、若い頃に教わった時から、そうだったんだよ。誰も、わざとずらそうなんて思っちゃいない。ただ、この柄を織っていると、なぜだか、指がひとりでに、余分な一目を、拾ってしまうんだよ」
「怖くはないのですか」
女工頭は、少し驚いたように私を見た。それから、ゆっくりと首を振った。
「怖いと思ったことは、あまりないねえ。むしろ、安心する方が近いかもしれない。この工場で誰かが亡くなっても、村や町のように、立派な弔いをしてやれるわけじゃない。でも、この柄だけは、忘れずに、ちゃんと数えてくれる。それだけで、少しだけ、救われる気がするんだよ」
私はその言葉を、にわかには信じられなかった。だが、次に「千鳥格子崩し」を織る番が回ってきた時、私は自分の指先を、じっと見つめながら織り進めてみた。慎重に、慎重に、図案通りの目数だけを数えて。それでも、織り上がった反物を数えると、やはり交点は二百四十一だった。どこで一目、余分に拾ってしまったのか、私自身にも、まるで説明がつかなかった。
女工頭は、その反物を手に取り、静かに頷いた。
「あんたにも、拾えたんだね」
「これは、いったい」
「弔いだよ、きっと」女工頭は、布地の交点を、指先でそっと辿りながら言った。「わたしたちはね、この工場で、誰かが死んだと聞かされても、大きな弔いをしてやれるわけじゃない。葬式に出ることもできないまま、次の日には、また機に向かわなきゃならない。それでも、体のどこかが、覚えているんだろうね。手が、勝手に、その分を、布に足してしまうんだよ」
私はその日から、「千鳥格子崩し」を織る時だけ、少し違う気持ちで機に向かうようになった。誰の分だとも、名指しはできない。それでも、指先が拾う、あの一目だけは、確かに何かを覚えているように思えた。
工場には、これからも新しい娘たちが雇われてくるだろう。彼女たちもまた、いつか「千鳥格子崩し」を織る番に当たり、同じように一点多い反物を織り上げ、同じように驚くのだろう。そして、女工頭から、同じ言葉を聞くのだろう。「これで、いつも通りだから」と。
私が入って間もない頃に一緒だった娘の一人は、半年ほど働いた後、家庭の事情で工場を去っていった。彼女が最後に織った反物も、「千鳥格子崩し」だったと、後になって聞いた。数を確かめたわけではないが、きっと、いつも通りだったのだろう。工場を去る者、新しく入ってくる者、その入れ替わりの中でも、この柄だけは、変わらず同じ数を刻み続けてきたのだ。
誰も、意図してそうしているわけではない。だが、意図しないからこそ、この弔いは、これから先も、途切れることなく続いていくのかもしれない。柄帳に記された数字だけが、この工場を通り過ぎていった、幾人もの娘たちの、静かな記憶であり続けている。
夕暮れ時、機の音がようやく静まると、工場の窓から、川面に反射する光が差し込んでくる。私はその光を眺めながら、今日織り上げた反物を、そっと畳んだ。千鳥格子の交点を、指先でなぞってみる。二百四十一――その一点の重みを、これから先も、私は忘れずにいたいと思った。
完
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