この家では、嫁ぐ日取りを、暦ではなく潮見表で決める。
私の生まれた港町は、山を背に、湾を抱くように広がっている。家々の軒先からは、いつも潮の匂いがした。子供の頃、私は満ち引きの音を聞き分けられるようになりたくて、よく浜辺で耳を澄ませていたものだ。だが、潮の音は、いつ聞いても同じように寄せては返すばかりで、そこに何かの意味を聞き取れるようになったことは、一度もなかった。
祖母から母へ、母から私へと伝えられてきた掟だった。婚礼の日は、僧侶にも、易者にも相談しない。ただ、父が毎年欠かさず取り寄せる潮見表を繰り、ある特定の日――潮位の数値が、決まった形を示す日――だけを選ぶ。
私が十九になった年、父は潮見表を広げ、指先で数字をなぞりながら、こう言った。
「お前の日取りは、来月の十七日だ」
「どうして、その日なのですか」
「潮位が、三尺八寸二分になる日だからだ」
三尺八寸二分。父はその数字を、まるで経文のように口にした。なぜその数字でなければならないのか、私が尋ねても、父は多くを語らなかった。ただ、「代々そう決まっている」とだけ答えた。
父の表情には、迷いも、後ろめたさもなかった。むしろ、当然のことを当然のように告げる、静かな確信があった。私はそれ以上、父を問い詰めることができなかった。この家に生まれた娘として、その数字を受け入れることは、すでに定められた道筋のように思えたからだ。
私は密かに、家に伝わる古い婚礼記録を繰ってみた。祖母の代、曾祖母の代――記録は五代前まで遡ることができた。どの代の婚礼の日も、潮位はやはり三尺八寸二分だった。潮見表というものは、月の満ち欠けによって毎年変動する。同じ数値の日が、毎年同じ時期に訪れるとは限らない。それでも、代々の婚礼は、必ずこの数値の日に行われてきた。
私はさらに、潮位の桁を仔細に調べてみた。三尺八寸二分――この「二分」という端数が、特に気にかかった。他の日の記録では、端数は一分か三分がほとんどで、二分という数値が現れる日は、年に一日か二日しかない。婚礼が、あえてその稀な日を選んで行われてきたのだとすれば、そこには何か、単なる迷信を超えた意図があるように思えた。
記録をさらに遡ると、五代前より昔の頁は、虫食いや水濡れで判読が難しくなっていた。それでも、かろうじて読み取れる数字を拾い集めると、やはり三尺八寸二分という値が、幾度も繰り返し現れているように見えた。まるで、この数字だけが、時代を超えて家に刻まれた、消えることのない符牒であるかのようだった。
村の老女――香典帳の由来を知るという、あの噂高い老女――を、私は思い切って訪ねてみた。老女は、私の家の名を聞くと、少し驚いたような顔をした。
「お前さんの家は、代々、潮の家と呼ばれておったな」
「潮見表で嫁入りの日を決める家だから、でしょうか」
「それだけではない」老女は、湯呑みを両手で包みながら、静かに続けた。「昔、お前さんの家の本家筋に、想い合った男と添い遂げられなんだ娘がおった。心中したと言われておるが、本当のところは、誰にもわからん。ただ、その娘が最後にこの港を出たのが、ちょうど潮位が三尺八寸二分になる日だったと、わしは聞いておる」
その話を、私は別のところでも聞いたことがあった。香典帳の余白に、長らく名を持たなかったという、あの娘の話だ。娘の名を、香典帳に書き込んだのは、遠縁にあたる葬儀屋の若者だったという。
「その娘の家と、私の家は」
「同じ血筋よ。もう随分、遠くはなったがな」
「その娘は、なぜ、この港を出て行かねばならなかったのですか」
老女は、少し考えるようにして答えた。「添い遂げられぬ相手と、添い遂げようとしたからよ。それだけのことじゃ。だが、それだけのことが、この土地では許されなんだ。娘は、船に乗るしかなかった。その船が、無事にどこかへ着いたのか、それとも着かなんだのか、わしは知らん」
私はその晩、家に伝わる潮位の記録を、もう一度読み返した。もし老女の話が本当なら、私の家は、あの娘が村を去った日の潮位を、代々、婚礼の日として選び続けてきたことになる。それは、娘への追悼なのか。あるいは、娘と同じ運命を、これから嫁ぐ娘たちに、そっと重ね合わせようとする、家の意志なのか。それとも、単に、代々そうしてきたという理由だけで、意味を失ったまま繰り返されてきた、空虚な因習に過ぎないのか。
考えれば考えるほど、どの解釈も、それらしく思えた。追悼だとすれば、なぜ誰もその由来を語り継がなかったのか。家の意志だとすれば、なぜ娘たち自身にその意味を明かさなかったのか。単なる空虚な繰り返しだとすれば、なぜこれほど精緻な数字だけが、五代にもわたって寸分違わず守られてきたのか。どの説明も、何かが足りず、どの説明も、完全には拭い去れなかった。
私には、そのどれが正しいのか、判じることができなかった。父に尋ねても、「代々そう決まっている」以上のことは、決して語らないだろう。老女の話にしても、本当のところを確かめる術は、もうどこにもない。
来月の十七日、私は嫁ぐ。潮位が、三尺八寸二分になる日に。
その日、私が船に乗り、この港を出ていく時、潮はどのような表情を見せるのだろう。あの娘が最後に見た潮と、同じ高さの潮を、私もまた見ることになる。それが、慰めなのか、戒めなのか、私にはまだわからない。
嫁ぎ先は、隣の郡の、これも港に近い家だという。話に聞く限り、穏やかな家風で、私が案じるようなことは何もないはずだった。それでも、婚礼の日取りだけは、こちらの家のしきたりに従って決められた。父がそう取り決めたのだと聞いている。嫁ぎ先の家の者たちは、その理由を特に尋ねなかったという。潮見表で日取りを決める家がある、という話は、この一帯では、さして珍しいことでもないのかもしれなかった。
嫁ぎ先の家でも、いずれ娘が生まれれば、私は同じように、潮見表を繰ることになるのだろう。三尺八寸二分の日を選び、理由を問われれば、「代々そう決まっている」とだけ答えるのだろう。娘が、その意味を私と同じように調べ始めたとしても、私にはきっと、老女ほどのことも語れない。私が知り得たことのすべてを、そのまま伝えることさえ、できないかもしれない。あの娘の話は、確かめようのない、伝聞の伝聞に過ぎないのだから。
ただ、その数字だけが、これから先も、変わらず海の上を巡り続ける。満ちては引き、引いては満ちる、その繰り返しの中に、あの娘のことも、これから嫁ぐ私のことも、いずれ等しく紛れ込んでいくのだろう。
完
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