次の通報を読み、各問に答えよ。
試験時間は、陣痛のはじまりから破水まで。
答案は濡れていてよい。配点は、生まれてくる者の数に比例する。
──以下、気象通報。
本日未明、いずれの海図にも記されぬ一点に、羊水前線が発生した。
中心気圧、不明。胎圧、依然として下がらず。
本前線、呼称〔 〕。命名、いまだ無し。
前線は時速ひとりずつ、此岸へ向けて北上中。
等圧線は、すべての臍を中心に、内へ内へと巻いている。
レーダーには胎動が映る。明滅する点は、まだ名のない者の現在地。
産道に沿って、暖かく湿った気塊が流れ込み、
しじまの産科病棟、その窓だけを嬰雨が濡らしている。
雲を経ない雨である。産声になりきれなかった声が、そのまま降る。
本日の降水確率は、生まれてくる確率に等しい。すなわち、百。
満潮は陣痛とともに満ち、干潮とともに退く。
われわれはヘクトパスカルで、その痛みを測る。単位はあるが、意味はない。
羊水面と海面は、もう見分けがつかない。
両者の分かれていた最後の日付を、観測史は思い出せずにいる。
破水ののち、床にうすく残るのは、なごり水。
退いた潮が砂に書きつける、最後のひと文字に似て、誰にも読めない。
──われわれは前線を読む。
もはや、天気図と亀卜の、見分けがつかない。
問一 傍線部「破水」を、気象用語として説明せよ。〔配点・嬰児一名〕
問二 前線の通過後、海面は幾センチ昇るか。生まれてくる者の数を用いて答えよ。
ただし、引き算を用いてはならない。
問三 次のうち、予兆でないものを一つ選べ。
ア 初産婦のしじま イ 満ちてくる潮
ウ 濡れた答案 エ 該当なし
問四 通報の呼称欄〔 〕に、まだ名を持たぬ者の名を記せ。
記した名で前線は上陸する。ただし、上陸ののちは受理しない。
解答欄
(余白)
──通報、以上。
前線は今夜半、われわれの真上を通過する見込み。
答案を回収せよ。濡れていてかまわない。
採点は、海面が退いてからとする。
それまでわれわれは、ただのひとりも、落とさない。
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