十一
会戦の続篇は、陽が天辺に届く頃には、疾うに曠野に幾つもの砲弾の孔が生じるほど激烈を極めていた。織辺上等兵と石見上等兵は再び、秋山支隊に随って露軍へ騎兵強襲をしていた。
織辺上等兵は朝起きてから、石見上等兵以外と口を聞くことはなかったし(抑も語らいをする仲の人は寡ないのだが)、肝心の石見上等兵とも、「お早う」とかそういう類の、超日常的な談柄のみであった。加えて、彼は常に乃木将軍の素形を避けるが、今朝は反射的に、本能的に避けていたから、石見上等兵も何か思う節が在るらしかった。
──おれは何故昨晩、将軍を除くことができなかったのだ? 軍国主義の犠牲者となった佐藤一等兵と野村一等兵は間接的に乃木将軍に殺されたと云えよう。然らば昨晩のことはやはり仇討だったではないのだろうか? ──おれの行為の意味はどうでも好いとして、兎角おれは何故乃木将軍を除けなかった? 将帥たる気迫に抑えつけられたのか? してみればおれの意志は将軍の気迫に敗けるほどだったのだろうか。人の怨恨を混ぜた意志というのは尠からず他人の気に因って消し去るほど脆弱なものではないはずだ。──除けなかった訣ではないのか? あのとき幕営を退いたのはおれの意志ではないか? その意志は一体何の意志なのだ? 軍刀を鞘に収めたのも、黙然と乃木将軍の元を去ったのもすべて、おれの体躯を迸る紛れもないおれの意志ではないか? おれは──おれは乃木将軍を殺すことを恐れたのか、将又殺してはならないとおれが感じたのか、──懐かしい感情だ。それも数ヶ月しか経っていないというのに、おれは懐古的になっている。にしては大分物騒な、騒擾とした懐かしさだ。おれの──おれの本心とは何だ? おれは戦友を(間接的だが)殺した乃木将軍をこの上ないほどに恨んでいる。これは先ず間違いない。この爺さんは倦き足らず亡き戦友を辱めた。ここでおれの憤慨と怨恨が天窓を壊った。だからおれは、この老将軍をこの手で除いて、おれもまたこの手で死のうと覚悟したのだ。一般の覚悟とは掛け離れた覚悟の一種だ。戦争に於いて人を殺さねばならないという覚悟よりも(悪い意味で)秀でた覚悟の一種だ。その覚悟は、猛者の気迫に因って一蹴されるのか。──否、つまりは、乃木将軍の気がおれの意志を消し飛ばした訣ではないのだ。おれの意志を消し飛ばせるのは、果たしておれのみである──そう、おれのもう一つの意志が、乃木将軍を除かねばなるまいという意志と衝突して、両者が仆れた結果なのだ。意志は、もう一つの意志を、互いに打衝かることで消滅させることが場合が在るのだ……
織辺上等兵は乃木将軍に対する怨恨の意志が、果たしてどのような意志によって消し飛ばされたかが未だに解らなかった。実際可成りの勢力と自信とを交えた意志であるはずだから、己が認識できないのが彼の自尊心に尠からず影響した。今まで乃木将軍の思想を靭く批判し続けてきた織辺上等兵にとって、にも関わらず己の意志が薄弱なのが、常識的に、世間の眼的に考えて不快だったからである。彼は人からの言及を大いに厭う人物であった(そのため大きな責任を負うことも避ける人物でもあった)。人からの助言忠言は好む人だったが、己の思想や意志を全面的に否定する人物が厭いだった。彼は思想という形而上的行為を、就中実行よりも靭き行為だと信じていた。それは実行という物理的概念が、意志という、抽象的概念に因って動かされるものだからであった。はるか昔、西洋の人々が啓蒙を大いに支持したのはそのためであると彼は思っていた。人の行動原理は──仮令それが、道徳的に邪悪だとしても──最上多くの人を思想の根源である人物の恣に行動に移せるものであった。意志も同じ原理であった。特筆すべき差異は、動かせるのが個人のみであるということだけ……。
露軍は、昨日の騎兵強襲を享けたために、対た防御策を採っているらしかった。加えてその策が、思った以上に、日本軍の士気を挫くものだから、彼らは次第に苛立ってくるようになった。幾ら左右それぞれから、交互に騎兵を繰り出しても動揺しないし、機関銃で外側を剥ぎ取っても、彼らは北地の意地を最大限に発揮して、反撃した。戦友が撃たれるのに逐一気にするところもないようだった。騎兵に乗っている日本軍兵は、銃剣を突き立ててくる露軍歩騎兵共々に、馬を刺し殺されぬよう気を付けながら、寡しずつ斬り殺すしかなかった。砲弾は滅多に此方へ飛んで来なかった(当たり前だが、もし味方兵に当たって了えば、定めし砲兵は狂いだすだろう!)。
土煙が上がらなかったお蔭で、織辺上等兵は大体の友軍の位置を把握することができた。石見上等兵は隣で共に軍刀を振るっていた。
「くそ、肉体が好いばかりに……」彼は露軍兵を斬り捨てながらこんな科白を吐いた。
「ああ。それに向こうは、酒の力も優っていやがるから……」
織辺上等兵の心中は、殆んど天啓を授かったかのように──霧の晴れて、まさに雲外蒼天となるところを──それが心中で、僅かにも、しかし激たるように起こったのである。尤もそれは、友情という、彼がすこぶる、吾子のように慈しんでいた意志の一つであった。その友情の想起は無論石見上等兵であったし、彼が、乃木将軍との対立のために、苦悩していたのも石見上等兵であった。だから彼は、友情という形而上のふわふわとしたものに、この上ないほどの宿命的たる麻痺を感じていた。その麻痺を以て、彼の肉体と精神は保たれていた。けれども織辺上等兵は、この友情を互いに抱く関係の男に向けて、己の信念を押し付けがましくも毎日のように説いていた。それでも石見上等兵は苦々しい表情を一度たりともしたことはなかったし、表に出さないだけで心中ではそう思っているやもと織辺上等兵が注意して顔を窺ってみてもそのような容子は得られなかったから、なんとか彼らの友情はしっかりと健在しているらしかった。乃木将軍を屠らんとした意志を挫いたのは互いの了解と信頼とを併せた、友情という純粋な事物だったのである。その事物が、彼が戦友二人を喪ったばかりに、より過剰なものになって、贅沢なものになって了ったのだろう。もしかすると己は、知らぬ間に友情というものに対して旺盛になって、戦友が辟易していたのかもしれない。──織辺上等兵はこの見解を、今すぐにでも石見上等兵に伝えたかった。しかし、肝心の戦友は、当然ながら、敵兵を斬り殺すことに多少の躊躇を憶えているようだったから、そう易々と、友情という談柄からして、談話を挟める気は微塵もなかった。しかし友情という、怨恨に匹敵する(もしくはそれ以上の)意志を見つけたことは、彼にとって紛れもない名誉であった。……
× × ×
午前十一時何分か過ぎのことだった。織辺上等兵は、八百余の騎卒を率いて露軍の銃撃を止めようと、手綱を握って馬を飛ばした。露軍左翼側から後方の塹壕へと襲歩*で囘り強襲を仕掛けようとしたとき、彼の馬の前脚と塹壕の露軍兵との距離が実に二十メートルを切るほどになったとき、不意に躍り出た一隊の露軍騎兵が彼の横合いへと突っ込んだ。
戦場を乾いた音が馳しった。
「兄弟!」
或る戦友の咾が耳を劈いた。
(──……!)
戦友の素形が一条に動いた。
(令和八年三月二十六日)
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