コンビニの袋、ゆれて、
帰り道をすこし曲げて、門の前をとおる、
ぼくたちはそれを、教育、と呼んだり、供養、と呼んだりして、
ほんとうは、夕飯のまえに、心臓を速くしたかっただけなのに、
ひとの顔が、こちらを見ていないことに安心して、帰る。
蝶が来た。
蝶は知らない。
知らない、はぼくらの側の言葉で、
蝶にとってそこは、風のちょうど止まる高さ、というだけで、
とまる、という動詞に、ゆるす、の意味はない、
ないのに、みんな、すこし泣きそうになって、
それを、うつくしい、と呼んで、
呼んだ瞬間に、見物人じゃなくなった気がする、
気がする、だけなのに。
さらす、と、さくら、が似ているのはたぶん偶然で、
偶然だから、春はいつも、すこしだけ、間違える。
獄門、と、極彩、も似ている。
音がとなりあうだけで、意味はこんなに遠くへ行けるんだ、
ぼくと、きみ、みたいに。
罪、という字は重いとずっと思っていたけれど、
重いのは字じゃなくて、字を持つ手のほうで、
おれの手も、さっきまで、パンをつかんでいた。
おれは誰も責めない、と言うとき、
おれは、責めない人として、きれいに見られたがっている。
やさしさの奥に鏡がある。
鏡は、こっちを向いている。
羽の粉が、風にのって、
だれかの洗濯物に、だれかのスープに、教室の床に、地層に、
そのうち、星に。
星の光は死んだあとも届くらしいけど、
届いたところで、返事はできないよ、
ぼくは、きみが返事をできる距離で、死にたい。
生きたい、でもいい、
たぶんおなじことだと思う、
名前をつけかえたい、名前をつけずにいたい、名前のまま抱きしめたい、
どれもほんとうで、どれも、あとから嘘になる。
門は、閉まらないから門なんだよ、ときみが言った。
言ってないかもしれない、
ぼくが、言ってほしかっただけかもしれない。
蝶が、また、羽をひらく。
音はしない。
音がしないことを、しずけさ、と呼んで、
しずけさを、ゆるし、と読みかえて、ぼくたちは、ごはんを食べる。
とんでいけ。
とんでいけ、と書いたとき、
ぼくは、きみをここから消したのだと思う。
明日も、遠回りをする。
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