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來歴

無花果回

朝、目覺めると片方のあしが硝子であつた──そんな半身を抱へて生きる「わたし」の六章。冷たさは痛みに、痛みは靜けさに、靜けさはやがて誰かを呼ぶ聲に似てゆく。脆さの果てにひらく、ささやかな祝福の連作。

タグ: #孤独詩 #詩 #身体詩

760文字

一 立つ

 

朝のひかりに わたしは目覺める
右のあしは 布團のぬくみのなかに
左のあしは 硝子であつて
夜のあひだ 月の色を呑みこんで
うすあをく 光つてゐる

 

床に下ろせば つめたい音がする
硝子のかかとが 木目をひとつ讀む
わたしはたしかに立つてゐる
けれども 立つてゐるのは
わたしの 半分だけ

 

二 歩く

 

ひとあし
ふたあし
肉のあしが 硝子のあしを連れてゆく
窓邊へ 卓へ
誰も來ない 郵便受けへ

 

硝子のあしあとは のこらない
ただ 朝のひかりに
わたしのかたちが
ひとつぶん
透きとほつてゆく

 

 三 きしむ

 

雨の日 硝子はうたふ
かすかな けれどたしかな音で
古い茶碗のふるへるやうな
それは
骨をもたぬものの 悲しみか
それとも よろこびか

 

わたしはしやがんで
硝子のすねに 頬をよせる
冷たさは 痛みに似てゐる
痛みは 靜けさに似てゐる
靜けさは
誰かを呼ぶ聲に 似てゐる

 

 四 ひびが入る

 

ある夕ぐれ
膝のあたりに
細い細い線が走つてゐるのを 見つけた
髪の毛ほどの
細い川のやうな
ひとすぢの

 

これがわたしの 來歴だ
これがわたしの 旅程だ
これが
口にせずに來た
すべての言葉だ

 

 五 割れさうになる

 

風の強い夜
わたしは硝子のあしを 抱いて眠る
抱くといふより
ただ 近くに置いて
冷たいものに わたしの體温たいおん
わけてやるつもりで

 

割れてしまへば それでもよい
わたしの半分が
透きとほつた砂になり
朝のたたみの目に 散らばつたとて
それも ひとつの
わたしの 在りかた

 

 六 映る

 

窓のそとに 小鳥が來てゐる
わたしを じつと見てゐる
その黒い眼のおくに
硝子のあしが ちひさく映つてゐる

 

肉のあしには 映らぬものが
硝子のあしにだけ 宿る世界がある
わたしは ふいに
おのれの片足を うつくしいと思つた
さびしさが しづかに ひかつてゐた

© 2026 無花果回 ( 2026年5月13日公開

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