Ⅰ
雨あがりの街路樹を
人波がしづかに過ぎてゆく
ぼくはまだ何ものでもなく
信号のあをい灯にぬれてゐる
舗道のひびに薄く溜まる空
ビルの硝子に映る空
ふたつの空のあひだで
胸は乾いた幕のやうに垂れてゐた
時計の針が一拍だけ
ためらつてから前へ進む
Ⅱ
横断歩道のむかうがはに
きみが立つてゐた
雑踏のひとりひとりが
役者であつたことを
ぼくははじめて知る
照明はとうに点いてゐたのだ
きみが微かに首をかたむける
それだけで
胸のおくの厚い緞帳が
音もなく巻き上げられて
ベルが鳴る
誰にも聞こえないベルが
ぼくのなかでだけ
あかるく鳴つてゐる
Ⅲ
愛とはいはない
言葉にしてしまへば
舞台が崩れてしまふから
信号がふたたび青にかはり
ぼくらは互ひの方角へ歩き出す
それでよかつた
街は夜の劇場で
ぼくらはみな端役の主役
胸中のベルを抱いて
誰かと擦れちがふために生きてゐる
きみが消えた角を
振りかへらずに
ぼくは次の幕へ
ふかく一礼して進む
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