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雨あがりの初鈴

無花果回

雨あがりの街、信号待ちの一瞬。雑踏のむかうにきみを見つけたとき、胸のおくで誰にも聞こえないベルが鳴る。言葉にすれば崩れてしまふものを、言葉にしないまま抱いて、ぼくらはまた別々の方角へ歩き出す。すれちがひこそが舞台であると気づいた夜の、ちいさな一礼の詩。

タグ: #詩

459文字

 

雨あがりの街路樹を
人波がしづかに過ぎてゆく
ぼくはまだ何ものでもなく
信号のあをい灯にぬれてゐる

 

舗道のひびに薄く溜まる空
ビルの硝子に映る空
ふたつの空のあひだで
胸は乾いた幕のやうに垂れてゐた

 

時計の針が一拍だけ
ためらつてから前へ進む

 

 Ⅱ

 

横断歩道のむかうがはに
きみが立つてゐた

 

雑踏のひとりひとりが
役者であつたことを
ぼくははじめて知る
照明はとうに点いてゐたのだ

 

きみが微かに首をかたむける
それだけで
胸のおくの厚い緞帳が
音もなく巻き上げられて

 

ベルが鳴る
誰にも聞こえないベルが
ぼくのなかでだけ
あかるく鳴つてゐる

 

 Ⅲ

 

愛とはいはない
言葉にしてしまへば
舞台が崩れてしまふから

 

信号がふたたび青にかはり
ぼくらは互ひの方角へ歩き出す
それでよかつた

 

街は夜の劇場で
ぼくらはみな端役の主役
胸中のベルを抱いて
誰かと擦れちがふために生きてゐる

 

きみが消えた角を
振りかへらずに
ぼくは次の幕へ
ふかく一礼して進む

© 2026 無花果回 ( 2026年5月13日公開

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