きみが手をあげて
空に小鳥の名を訊いた、その指の
すこしの傾きで
ぼくの肋骨のうらがわ、
ちりん、と
鈴がひとつ、めざめる
第一鈴
ふだん黙していた内臓たちが
ほう、と息を吐いて
それから息を、のむ
まだ緞帳はおりたまま
ほこりだけが客席のあるじだった
胸中劇場
ながらく、空席のままだった
切符はだれにも配られず
緞帳のむこうで
ぼくは寝ていた、たぶん、うまれてから ずっと
きみのまつげが午後の光を
ひとさじ、ひとさじ
すくいあげるたびに
ぼくのなかの観客のだれかが
膝にひろげた予定表を、そっと
たたみなおす
第二鈴
きみが「あ、」と言いかけて
言葉を呑んだ、その
呑まれた言葉の
かたちのままに
ぼくは息が、できなくなる
言われなかった一音が
ぼくのなかで
舞台監督に、なる
これは恋ではない、と
ぼくの理性が、つよく、ささやく
理性はいつも公演中止を勧めてくる
劇場の支配人で、几帳面で、こわがりだ
だが今夜の支配人は
よろこびに似た顔で
うつくしく敗北しつつある
第三鈴
きみがふりむく、まだふりむかない
ふりむこうとしている、その
途中の横顔の、ほんの一糎が
ぼくの胸のうちがわで
緞帳をにぎっていた手の
ちからを
ふっと、ぬく
幕が、あがる
劇場は、くらい
舞台はまだ、白紙のままで
脚本もなく
役者もなく
ただ
照明係の影だけが
泣きそうな顔をして
ひとすじのスポットライトを
きみの、
横顔の、その
一糎に
合わせる
ちりん、ちりん、と
ぼくの肋骨の裏で
鈴は、まだ、なっている
これからのことを
だれも、しらない
ぼくも、しらない
きみは、なおさら、しらない
それでも幕は、あがってしまった
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