……顔面騎乗イニシエーションを終えた私は、蒼井そらに導かれ辿りついた、地下に広がる「京セラドーム大阪アンダーグラウンド」のアリーナ席に座っていた。そして白髪で歯切れの良い――いささかまばたきの多い――老人の、意味不明の講演を延々聴かされていた。
「いったい何を言ってるんですあの人は? 大体誰なんです?」
「あなた本当に知らないの? 首都人民政府東京の元主席、障子ちんこマンよ」
「障子ちんこマン」
「『太陽の季節』って読んでない?」
「読んでません」
「私も読んでないんだけど、障子をちんこで破るシーンがあるらしいの。それが雑誌や新聞に象徴的に取り上げられて、芥川賞の人気を上げた功労者なのよ。それに尻教会の重鎮でもあるの」
「知りませんね。それで、ここは一体どこなんです? 京セラドーム大阪を模したものがまるごと地下にあるなんて……」
「あなた、私にそれをせりふで説明させたら、丸山健二文学賞がとれなくなるわよ。彼はせりふで説明的文章を書くことを禁止しているわ」
「文学賞なんていりませんよ。どんな文学賞を穫ったって、衆議院議員に何期連続当選したって、何度総理大臣になったって、東大じゃないやつは所詮東大じゃないんです。僕はたとえ、必ず二回は総理大臣にしてやるから成蹊大学を出ろ、なんて言われても、一生ニートでいいから東大法学部を出させろと言いますね」
「ほんとにあなたって不思議な人ね。いいわ、説明してあげる。ここ京セラドーム大阪アンダーグラウンドは、アメーバ経営の爆発的成功により莫大な富を得た稲盛和夫財団が建設した、第二の京セラドームよ。尻教会はこのドームを含む広大なジオフロントを本拠地にしていて、稲盛和夫は多額の資金援助を行っている。このジオフロントへ通じる地下道は最初の頃、風俗嬢と本番のできる飛田新地、滋賀の雄琴、神戸の福原にしか存在しなかったんだけれど、稲盛和夫のたぐいまれなる京都愛と資金力によって、京都にある本番禁止の『ペロペロクラブ』にも地下道が開通したの」
「ペロペロクラブ!」
「何か心当たりでもあるの?」
「僕が髪を切っている理容室の店長が昔、出禁をくらったと言っていました。本番を強要し、風俗嬢に恐怖感を与えたとかで……ただ少しこすりつけただけであるにもかかわらず、黒服にまるで犯罪者のように乱暴に連れ出されてしまって、お金も戻ってこなかったらしいんです。それに今でも納得できず、二度とあそこには行かないと怒っていました」
「そうね……ペロペロクラブでは絶対に本番をさせるわけにはいかないの。なぜなら、尻教会での稲盛和夫の権力の大きさを示す指標になるからよ。本来本番ありの店からしか地下道をひけないはずの尻教会に、本番なしのファッションヘルスからの道をこじあけた。それが尻教会では語りぐさになっている。もしペロペロクラブでの本番行為が横行してしまえば、なんだ結局本番できる店だったんじゃねえか、という論調が強まってしまい、稲盛和夫伝説の強度が弱まりかねないの。だから、あの店の取り締まりはとりわけ厳しいのよ」
「そうだったんですか……」
壇上では首都人民政府東京の元主席・障子ちんこマンがどうやら受験時代の苦労を切々と語り始めた。僕は高校で堕落していたこともあって、受験じゃ本当に大変な目にあった、息子にはこんな苦労をさせたくない、それで次々に慶應幼稚舎に放り込んだんだ……
「一橋なんて半年あれば受かりますよ、塾なし、公立高校からでもね!」
長身痩躯の男の声が響き渡り、調子よく進んでいた障子ちんこマンの演説をさえぎった。
「なんだお前は、半年で一橋に受かるわけがないだろう! ふざけたこと言うんじゃないよ! お前出てこいちょっと!」
司会を務めていた高島彩アナウンサーが「まあまあ」と障子ちんこマンを抑えようとしたが、頭に血の上った障子ちんこマンは言うことを聞かなかった。
「お前来いちょっと! 無責任なこと言ってそれで済むと思ったら大間違いなんだ!」
「だめです障子ちんこマンさん! 彼は東大理三に現役合格し受験術の本も出版している今村友紀さんですよ! 一橋には半年で受かります!」
「なにィ?」
今村友紀は自信に溢れた足取りで壇上に上がり、障子ちんこマンと対峙した。私は気絶寸前だった。地方の進学校から東大に落ちた私と、開成高校から現役で東大理三――文一なんかとは比べものにならないあの理三――に合格した彼……私の目からは涙がほとばしり出た。
「あなたが泣くことないでしょ」
「……僕のクラスから東大文一に合格するやつはたくさんいました。でも理三の友人はいません。ゼロです。ドラゴン桜でも阿部寛が言ってたでしょう、東大理三は宇宙人だって。僕はずっと、そんな宇宙人に憧れていた……今日、理三を突破した人間と同じ空間に存在できていることを、僕は誇りに思います」
「ほんとあなたって、よくわからないわ」
壇上では障子ちんこマンが受験対策本を読まされ、大学受験の突破法をたたき込まれている。
「……こういうわけで、塾に通うことなく、独学で東大突破は可能です。もちろん鉄緑会も必須というわけではありません。一橋にこのメソッドを適用すれば、半年で合格できることがおわかりでしょう」
「う……うおああああああああああああああああああああ!!」
障子ちんこマンは怒り狂い、ポケットから取り出したHK45Cの銃口を今村友紀に向け、震える指で引き金を引いた。
危ない!
誰もがそう思い、今村友紀の死を予感した。
だが次の瞬間、彼の前には光のバリアのようなものが張り巡らされ、放たれた銃弾はまるで強化ガラスにぶち当たったかのように弾き飛ばされた。
「な、何なんですかあれは!」
「私たちはあれをQT(旧帝)フィールドと呼んでいるわ。受験勉強という厳しい孤独に耐え、旧帝国大学を突破した者の多くが操ることのできる、『ヒトの持つ心の壁』を具現化したものなの。もちろんそれは、自然に発現するものではないわ。彼は自分の創り出した世界を障子ちんこマンに納得させ、変性意識状態へと導いた。洗脳の基本的な手法ね。変性意識状態というのは、臨場感を感じる世界が現実でなく、仮想現実――たとえば映画や小説――の方にある状態を指すわ。彼は障子ちんこマンの受験の苦労話から偏差値至上主義の仮想現実を創り出し、少しずつ障子ちんこマンをその仮想現実へと引き込み、受験対策本を読ませながら、さらに臨場感を強化していった。そうして偏差値至上主義のワンダーワールドに迷い込んだ障子ちんこマンは、政治力や資金力において圧倒的な強さを誇るにもかかわらず、一つの価値観にすぎない偏差値においての敗北を決定的敗北と感じるまでに追い込まれた。銃弾を弾かれるほどにね」
「なんて人なんだ……」
障子ちんこマンはHK45Cを取り落とし、腰を抜かしてその場に座り込んだ。
「わ、わかった、君なら一橋に半年……いや、三か月で受かっただろう! 悪かった、つい自分の基準で物事を語り尽くそうとするのが僕の悪い癖でね、直そうとは思うんだが僕もこんな歳だ、もうなかなか直らない。ハハハ……」
弱々しい笑いを浮かべる障子ちんこマンに、今村友紀は微笑で答える。そして彼はおもむろにHK45Cを拾い上げ、障子ちんこマンに銃口を向けた。
「やめろ! 悪かった! すまなかった!」
BANG!!
……こうして障子ちんこマンは死んだ。綺麗に心臓を撃ち抜かれたのだ。
「あれ、一橋は旧帝じゃなかったっけな?」
今村友紀はポケットに両手を突っ込み、高笑いしながら京セラドーム大阪アンダーグラウンドのメインステージを降りていった。
場内では少しずつ拍手がわき起こり、それは短い間に大きな渦となり、しまいには大きな今村コールが地鳴りのように響き渡った。
第十一章・完
"グランド・ファッキン・レイルロード」(11)"へのコメント 0件