「津軽の海」

日の塵(第3話)

消雲堂

小説

630文字

小学生時代のホームシック経験を短文にしました。

 

青森市から津軽線に乗って青森湾沿いに北上すると蟹田という街がある。青森市と函館市をつなぐ青函連絡船が目の前を通過する街だ。今から48年前、小学生だった僕は、夏休みを利用してこの街にある同級生M君の親戚の家に泊まったことがある。当初は数泊する予定だったが、甘ったれの僕がホームシックに陥ってしまい、多分、子供の好奇心に満ちたその旅はたった一泊で終わってしまった。

今は知らないが当時の蟹田は素朴な田舎町で、その家の前に広がる青森湾の海は美しかった。当時は自動車が普及していなかったし、常時潮風で洗われる街の空気は澄んでいて、対岸の下北半島の街がはっきりと見えたような記憶がある。

その日、何を食べて、友人や彼の親族たちと何を話したのかも覚えていない。それほど僕の記憶は曖昧だが、たった一日の親元を離れての旅は精神的に辛かった。

記憶に強く残っているのは、夜、その家の海に面した裏庭の木製ベンチに座ってぼんやりと星空と波の音だけが聞こえる真っ暗な海を眺めていたことだ。僕は母親以外の人間が作った料理を食べられなかったので、夕食時にいたたまれなくなって一人で外に出たのだった。実は今でもそうだが、親しい人間以外が作った料理を食べられないし、ひとりぼっちの孤独に弱い。

真夏でもベンチに座ってため息をつくと涙が出た。たった半日離れただけで甘やかしてくれる両親が懐かしい。海の闇に目が慣れてくると対岸の下北半島の街明かりが薄っすらと見えた。また両親を思って涙が出た。

2015年6月28日公開

作品集『日の塵』最新話 (全3話)

© 2015 消雲堂

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