東大

文章があるだけ。(第2話)

吉田柚葉

小説

3,728文字

受験生の皆さんは頑張ってください。以上。

えっと、これ撮影してるのは、一月十三日……あ、二〇二四年です。二〇二四年一月十三日。動画はきょう中に上げてるかもしれませんが、きょう中にあげてないかもしれないです。なんかヘンな感じがしますね。とにかく、これを撮っている日は、共通テストの初日です。ぼくは、いちおう、第一志望が東大なんです。東京大学です。東京大学でした。はい。で、これ撮ってるのは、午前九時半で、ちょうど、さいしょのテストである地理歴史・公民がはじまったところです。ぼくは受けていません。もう、東大ムリになりました。はい。追試験も再試験も受けません。釣りではないです。釣りだと思ってもらってもべつにいいんですけど、釣りではありません。東大に行くことだけをかんがえてこれまで生きてきましたが、もう、ことしはぜったいにムリになりました。すごい、すごいことをしてしまったと、思います。たぶん、ぼくがじぶんで思っているよりも、すごいことをしてしまってます。してしまってるんだと、思います。なんか、もういいかと思ったんです。なんでこんなことをしたのかと言うと、そう、もういいやと思ったからです。それだけです。すみません。でも、たぶん、ぼくの人生はつづくと思います。分かんない。きょうは家に帰るか分からないんですけど、たぶん、さすがに、帰るんですけど、そこで親からとか、先生からもだと思うんですけど、とにかくなにか言われて、それで、ぼくが思ってるよりもすごいことをしてしまったんだと実感すると、気が変わって死のうとするかもしれませんが、いまはぜんぜん死ぬ気がないです。ドキドキはしてます。だけど、へんにワクワクもしてるんです。やってやったと思ってます。なにをやってやったのかは、分かりません。ぼく、好きな人がいるんです。で、東大受かったら告白しようと思ってました。もう告白しません。というかできません。そもそも、東大受かるぼくなんて、どうせふられていたと思います。東大行くのがぼくのすべてだから、東大行ってこそぼくなんですが、でも、そんなぼくはふられるんです。ちなみに理系です。理科一類です。でももうムリになりました。大学ももう行きません。どこの大学も行かないです。たぶんはたらくと思います。アルバイトとか。たぶん接客とかぜんぜんできないので、しんどいと思います。好きな人いるって言ったんですけど、ほんと、クラスでもとおくの席からながめたことしかありません。ちゃんと話したことも、一度も、ないんです。一回だけ、模試で満点とったときに、模試で満点とったのを、教室で先生が褒めてくれたときに、「すごっ」って、「すごっ」って言ってくれたのが聞こえました。それだけです。クソです。なんか、ぼくの人生、クソでした。ぼく、ほんとう、ムリなんです。コミュニケーションとか、ほんとう、ムリで。苦手で。クラスとか学校とか、みんな頭良いんで、いじめられるとかはないんですけど、たぶん、いじめられる方のにんげんなんです。たぶんというか、小中といじめられてました。人が、こわいんです。じぶんが、いやなんです。東大がこわいんです。東大がいやなんです。だからきょうだけ。きょうだけで良いんで逃げさせてください。というか、逃げました。逃げちゃいました。でも、ぼくの人生は終わらないんです。ここ、きんじょの公園です。うちのきんじょで、あの、うしろにちょっと映ってると思うんですけど、おじいちゃんが、ちょっと映ってますよね。あの人、どこのおじいちゃんだか知らないんですけど、たぶんきんじょの人です。そんなことどうでもいいんですけど、あきらかにぼく、見られてますよね。おじいちゃんに。なんで見てるんですかね。ぼくが東大ムリになったからでしょうか。おい、ジジイ、なんで見てんだよ、あっち行けよ。聞こえてない。おい、おい、ジジイ、あ、ダメだ。なんで聞こえないんだよ、なんも聞こえないのかよ。みなさんはどうですか。聞こえてますか。ぼくの声聞こえてますか。聞こえないそうなんですよ。席がうしろの方で、授業中に答えを言っても、聞き返されるんです。え、って。え。え。って。で、聞こえたまえの方の席の生徒が、先生につたえてくれるんです。そのくらい、声がちいさいんです、ぼく。だから、ほんとう、東大行くしかなかったんです。せめて東大行かないことには、しかたなかったんです。えって。えって聞きかえされるだけの人生なんで、あとはもう東大だけなんです。でも、行かなくてよかったと思ってます。それはほんとうです。たぶん、親とか先生とかに浪人しろって説得されなかったらですけど、説得してきても、説得される気はないんですけど、それで、アルバイトして生活していくとして、たぶん、お客さんとかにまた、えって聞きかえされることになると思うんですけど、それで、すごくみじめになると思うんですけど、それでも東大に行かなくてよかったと思えると思うんです。なぜかと言うと、東大に行くのがぼくだからです。何言ってるか分からないと思うんですけど、東大に行くにんげんがぼくというにんげんなので、東大に行かないと、ぼくではなくなって、つまり、それで……。

ごめんなさい。いま、スマホに着信がきて、これ、スマホで撮ってるんですけど、それで、録画がとぎれちゃったんですけど、どこまで話したんでしたっけ……ってこと言わなくてもいいか。あとで編集すればいいのか……。だから、つまり、ぼくはもう東大には行けないんです。行きたくて行きたくてしかたなくて、人生かけて行きたくて、行けないとなると、もう、ぼくというものが終わってしまうと思ってたんですけど、どうですか。終わってないんですよ。これ、ぼく、びっくりしてるんです。なんか、もういいやと思ったら、たしかに東大行くぼくは死んだんですけど、東大行けないぼくは生きつづけてるんです。それが、ぼく、しんじられなくて、さっきからこの、画面に映ってないところで、この、腿のところをつねったりしてるんですけど、ふつうに痛くて、死んでないんです。これ、家に帰ったら、たぶん、お父さんとか、とかというか、お父さんに殴られると思うんです。それたぶん、めちゃくちゃ痛いと思うんですけど、要はそれって痛いだけなんです。痛いもなにもなくなるくらいぼくは東大に行くことしかないはずなのに、東大に行かなくても、ぜんぜん死んでないんです。それをだれかにつたえたくて、こうやって動画にしようと思ったんです。東大。東大って、東大ってなんだったんでしょうか。なんでぼくは東大に行きたかったんでしょうか。ぼく、東大のことをじつはなにも知らないんです。バカみたいなんですけど、一番勉強ができる人たちがあつまるところ、ということしか、知らないんです。バカだと思いますよね。幼稚ですよね。そうなんです。ぼく、バカで幼稚でなにも知らないし、コミュニケーションもムリで、ぜんぜん、好きな人に好きになってもらえるわけもないんですけど、でも、勉強だけはできるんです。嘘です。ほんとうは、勉強も、ほんとうに苦手で、人の十倍やって、人の五十倍やって、人の百倍やって、やっと、できるんです。ぼく、弟がいるんです。二つ下なんですけど、弟は、勉強が、できます。やらなくてもできるんです。すこしはやるんですけど、すこしやれば、人の十倍やって、人の五十倍やって、人の百倍やって、やっと、できるぼくとおなじくらい、できてしまうんです。おれはまあ早慶かな、って。兄ちゃんみたいに勉強できないから、って。だから早慶かなって。ぼくに東大をゆずってくれる、そんな、やさしいやつなんです。そんな、残酷なやつなんです。天才の弟です。天才の弟にゆずってもらったのに、ぼくは、東大行かないんです。だからきっと、弟は東大に行くと思います。だって、もうぼくは東大行かないんですから。きっと、人の十倍やって、人の五十倍やって、人の百倍やって、ようやくぼくが行ける東大に、すこしだけやって、弟は行っちゃうんです。やっぱり、それ、くやしいです。くやしいけど、もう、いいです。高校は卒業すると思います。高卒で、アルバイトやると思います。こう……。

電話でした。出なかったです。で……。

また電話。電話でした。電話、たぶん、学校です。学校が、学校が、学校から、たぶん、担任からです。うわ。しかられるのか。しかられるんですよね。でも、なんでしかられるんでしょうか。しかられないといけないようなことなんでしょうか。東大に行けなかったのはぼくなのに、なぜ他人にしかられなければいけないんでしょうか。ぼくより東大に行きたかった人なんていないと思います。そんなの、だから、ぼくをしかる権利のあるにんげんなんて、いないんです。おい、またあのジジイ、見てんな。おい、見るな、見るな、ジジイ、見るなよ、おい、あっち行け。行ったか。おお、やっとか……、やっと、ジジイ。行ったか。行って、ぼく、これ、ひとりか。ひとりになったのか。ひとりで、ここ、どこだ。どこにいるんだろ、ぼく、ひとりで。東大にも行けず、ひとりで、こんなさむい。さむいなか、ひとりで、どこに……。

 

2023年12月23日公開

作品集『文章があるだけ。』第2話 (全6話)

© 2023 吉田柚葉

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