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「先生」

消雲堂

小説

607文字

sado2

一昨年のことだ。神奈川に住む母と一緒にM町の食堂で食事をしていたら、食事を終えて会計に立った数人の中年女性たちが僕たちの席の横を通りすがりに「先生、お久しぶりです」と母の肩をポンと叩いてニヤニヤしながら声をかけてきた。母は一瞬戸惑ってから「あ」ニコニコして「あ、どうも」と言って頭を下げた。ー母が先生? 母はまともに学校を出ていない人だったし、特別な技術を何も身につけてもいない人だったから僕は不信に思った。食堂から女性たちが出て行くのを見はからって「あの人たち誰なの?」と母に聞いた。母は「それがね、アタシ知らないのよ」と言ってビールをゴクリと飲んだ。

そのことを母と一緒に住んでいる妹に話したら「そうなのよ、最近、私も何回もあったよ、先生とは言わなかったけど、いきなりママに久しぶりなんて言って寄ってくるの、変だよね。ママは知らないって言うし、わたしも声をかけてきた人たちを見たことないし、毎回声をかけてくるのは違う人だったしさ」と言った。

もしかしたら新手の宗教勧誘かもしれない…その時はそう思った。

しかし、その後も母と一緒に街を歩いているときに、前回の女性たちとは違う中年の女性1人に声をかけられた。母はやはり彼女を知らない人だと言った。そのうちに母は肺がんで死んでしまった。

一体、あの女性たちは何者だったのだろう。今となってはわからないことだが、
僕は彼女たちは母を迎えにきた死神だったのではないかと思っている。

© 2015 消雲堂 ( 2015年5月23日公開

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