依頼人が死んだ。知らせてくれたのは依頼人の姉である。
「つぎの一週間ぶんの調査費用はすでに頂戴しております。ご返金も可能ですが、ひきつづき調査をつづけることもできます」
「返金でお願いします」
「承知しました」
あとで返金先の口座をメールで送ってもらうことを約束して電話をきった。
依頼人からの依頼は、蒸発した依頼人の姉の夫のゆくえを追ってほしいというものだった。姉のかわりに依頼したとのことで、もちろんそれは姉も承知の上だという。
調査は、ちょうど一ヶ月つづけた。手がかりらしい手がかりはなにも得られていなかったが、つい二日まえにさらに一ヶ月間の調査延長を契約したばかりだった。
依頼人の死因は知らされていない。持病があったという話はきいていないし、まさか殺されるようなめんどうごとにまきこまれていたとも思えなかった。依頼人は、出版社づとめの堅実なサラリーマンだった。
「ほんものの探偵に会うのははじめてです」
はじめて事務所をおとずれてきた際、声をはずませて依頼人は言った。「なにかこう、興奮しますね」
「そうですか」
と私は言った。
「こんかいは依頼人としてお会いしますが、いつかは追われる側にもなりたいなあ」
そんなことを言って、やけに遠い目をしたのを、おぼえている。
まさか殺されるようなめんどうごとにまきこまれていたとは思えない。だが、蒸発した男も、蒸発する理由がどこにも見出せなかった。
だしぬけに事務所の電話が鳴った。浮気調査の新規の相談だった。二日後に事務所に来てもらう約束をとりつけて電話をきる。
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