破滅派さんが次の文フリ、文学フリマに出す書籍のテーマはロスジェネという事だった。正直一切わからなかった。ぽかんだった。でもなんか流れで水を向けられて、九月末、夜、オンライン合評会で、カラオケボックスで、オンライン合評会の時、私はカラオケボックスに行く、
「あ、じゃあ、私もなんか書きます」
と言った。言ってしまった。なーに言ってんだ。と自分で自分に対して憤りを感じた。なーに言ってんだこいつ。何にも知らねえだろうおめえ。って。でも、なんか書きますって言ってしまった以上、それをやっぱりやめますとも言えず、どうしたらいいんだとなった。その日はオンライン合評会が終わってもすぐには帰らなかった。ヒトカラで二時間くらい歌を唄った。歌を唄って一回なにも考えないようにした。放っておくとすぐに考えてしまう。色々な事を。不安になる。何か思いつくのかなって。
深夜、カラオケから家に帰る道程を歩きながら、次の合評会の事、それからロスジェネの事を考えた。あと、十月になるとBFCがある。イグBFCもある。なろうでは秋の歴史もある。破れそうだった。私が。体が。私が。考えることが沢山ある。ありすぎる。不安に襲われる。パァン! って破れそうだった。
家に帰りついて、玄関の鍵穴に静かに鍵を差し込む。それから静かにドアを開ける。住んでいるのは集合住宅だ。夜中だ。その時、通路に紙切れが落ちているのが目に入った。集合住宅のドア前の、廊下って言うかな。廊下じゃないか。通路。に何かの紙切れが落ちていた。佐川急便の不在通知表みたいなそれを拾い上げて見てみると、まず大きく赤字で、
『転居依頼票』
と書かれていた。そしてその下に御隣の方のお名前が記載されている。されていた。
『おめでとうございます。あなたはこの度、栄えある転居者に選ばれました』
『〇月〇日。お迎えに上がります。どうぞお楽しみに』
なんだろうか。お隣の方は引っ越されるんだろうか。新しく建つマンションか何かに応募していて、それが当選したのだろうか。いいなあ。お金があるんだなあ。そう思った。お隣に住んでいる方は私よりも少し年上という印象だった。引っ越しの挨拶に来られた時そう感じた。その際にタオルを持ってこられた。私の様な些末な人間とは違った。出来が違う。引っ越しの挨拶をちゃんとする方だった。私なんかとは全然違う。おめでとうございます。引っ越し頑張ってください。内心、心の中でだけでそう思って、祈って、お隣のドアポストにその紙、転居依頼票を差し入れた。そっと。音がしないようにそっと。いいなあ、新しく建つマンションに引っ越し。いいなあ。そう思いながら、私は自分の部屋、家に帰った。
それから数日後、そんな事すっかり忘れたくらいの頃、私がいつものように出先から家に帰ると、部屋の前の通路に集合住宅の大家さんがいた。それから制服を着た警官が二人いた。三人は御隣の部屋の前に立って何かを話していた。別に私には関係ないだろうと思ったので、ちょっと会釈して、どうもーなんて言いながら自分の部屋に戻ろうとすると、ああ、ちょっと、すいません。と、大家さんに呼び止められた。
「あ、はい」
な、なんすか。
「御隣さん見てないですか」
そう聞いてきた大家さんの顔は多少困っている風だった。うちの大家さんは普段あまり表情のない方だった。でも、私達、集合住宅の住人の為にゴミ収集場所にダストボックスを導入してくれて、ゴミが風で飛んだりするのを防止してくれるいい方だった。黙して語らす。行動で示すみたいな。そういうタイプの大家さんだった。それが、それなのに今目の前で多少なり困った顔をしている。新鮮だった。
「いや、見てないですけども。どうしたんですか」
「いやなんか、いないんですって。職場にも来てないらしくて。だから、今から鍵開けてね。中を確認するって言う事になったんですけども」
中で死んでたりするかも。っていうのを想像しているのかな。そら不安だろうな。そらな。でも私にはわからない事だ。じゃあ私にも中見せてくださいって言うのもおかしいだろうし。
その後、私が自分の部屋に戻ってから、大家さんと警察で御隣の鍵を開けて中を確認したそうだ。御隣さんは部屋の中にもいなかったらしい。後でまた大家さんと顔を合わせた時、とりあえず室内で死んでなくてホッとしていた。
とはいえ、御隣さんがどこに行ってしまったのかは全くわからないらしい。誰にもどこかに行くという話はしていなかったそうだし。そんな、どっか行くような、そぶりも無かったそうだ。まあ私は部外者で多分やおそらくという冠が付いた嘘か本当かわからない話を聞いただけだから、実際何がどうなっているのかも、御隣さんがどこに行ったのかも全然何もわからないし、知らないけど。
それからまた数日後、家に帰ってドア開ける時、反対隣りの部屋のドアポストに見覚えのある紙切れが挟まっているのを見つけた。それを見た時、いなくなった御隣さんの名前が書かれた。あの転居依頼票の事を思い出した。そっと、足音がしないようにその反対隣りの部屋の前に行く。それから足音以上にそっと、慎重に、ドアポストが鳴らないように、その挟まっている紙きれを引き抜く。見ると、
『転居依頼票』
と赤字で大きく書かれていた。
『おめでとうございます。あなたはこの度、栄えある転居者に選ばれました』
『〇月〇日。お迎えに上がります。どうぞお楽しみに』
数日後、あの転居依頼票に書かれていた日付の更に数日後。反対隣りの部屋の住人が居なくなったとの事で、またうちの集合住宅に警察が来た。前回来たのと同じ警察官だった。片方は私よりも若干年上。もう片方は若年の感じだった。そして、それから警察の方々は私の部屋の中を確認された。勿論私の部屋には御隣さんも、反対隣りの部屋の住人も居ない。居たらこっちが驚く。その後で警察の方に私は数日前にドアポストに挟まっていたあの紙切れの事を話した。
「でも、こういうのなんか、見覚えがあるというか、何かに似てる気がするんです。なんだっけな。読んだことあるような気がするんですよ。何だっけ」
あ、
ああ。
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