無能天才愚痴地獄

眞山大知

小説

2,640文字

自分を天才だと思わないと自我を保てないような馬鹿はどこにでもいるようでして……。

ところでハローマックの成れの果てに東京靴流通センターが多いのってなんででしょうね?

 あ、もしもし、千紗? まだ旦那くん帰ってきてないよね。いま、大丈夫?
 え、わたし? なに言ってんの、まだ職員室。来週まで学芸会の台本を作って来いって、学年主任がギャーギャー喚いて、マジクソ。
 あの学年主任、嫌いなのよね。ジェラードンの西本みたいな顔面でさ、ねっとりした声で「これも教師の仕事ですから」って言われてみてよ。鳥肌が立つわー。
 あーあ、僻地に左遷されればいいのに。千紗も知ってると思うけど、お父さん、教育委員になったから。わたしがなにか言えばやってくれるんじゃない? もしかしたら追い出し部屋に入れてくれるかもね。
 で、その主任がA組の青木をやたら褒めてウザい。そうそう、この前言った丸メガネの陰キャ女。あの女、小説を書いててさ、投稿サイトにあげてるのね。主任が青木の小説が好きでベタ褒め。
 陰キャのくせに、なに調子乗ってるんだよ。バカじゃないの? 千紗、あんたは幸せそうでいいよね。教育学部で見つけた彼氏とさっさと結婚してさ。
 わたしの周りにマトモな男が来ないのが悪い。別に高望みしてるわけじゃないよ。公務員か大企業に勤めて最低でも管理職。年収は800万円でいいかな。高身長の塩顔イケメンで、料理が抜群に上手くて、酒のウンチクが語れて、空気の読める、そんな普通の男。でも、30を過ぎても普通の男と出会えなかったの。みんなどこかおかしくて、わたしからフッたの。
 先月、お父さんが行けって命令するから、嫌だったけど、婚活パーティーに出たのよ。会場はビジネスホテルのちっさい会議場。無料で出された不味い赤ワインをがぶがぶ飲んでたら、スーツの似合わない薄汚い男どもがわたしに話しかけてきたの。男と話したよ? でもね、わたしがちょっと話しただけで、男たちは顔色を変えて立ち去っていったの。なんでだろうね。
 え? 仕事でストレスを溜めまくってそう? 大丈夫。仕事は好きよ。わたし、教師が天職だって信じてる。それに、天才だし。職が合わなくてストレスを溜めるわけがないじゃない。
 ストレスの源は、職員室の低脳な先生たちと教室にいるどうしようもない子たち。あいつらがわたしの足を引っ張ってるの。
 今朝ね、クラスで朽本って子が、そうそう、前に言った算数でいつも100点取ってくる天才。ドランクドラゴンの鈴木に似ているヤツ。で、その朽本が3時間目の算数の最中に震えながら「先生、宿題のプリントを無くしました」って青ざめて謝ってきたんよ。
 朽本、すごく丁寧なお辞儀をしてさ。マセガキって嫌ね。小学生は小学生らしく能天気でいろよ。大人ぶって、気持ち悪いんだよ。とにかく気に食わない。頭を下げる朽本に向かって「じゃあ、申し訳ないって思ったならなんで忘れちゃったのかな、なんで? ねえ、なんで? なんで? なんで?」って詰めた。大学時代にバイト先のユニクロで店長から詰められたときのセリフをそのまんま朽本に何度も言ったら、あいつ、ママに怒られたのび太みたく泣き出した。
 ドン引きしたね。もう5年生なんだよ。子どもだってさ、守るべきことがあるよね。わたし、自分の言うことを少しでも聞かない子、殺したいほど憎いなのよね。
 給食のときだってさ、朽本がまだ凹んでいて、牛乳を飲まなかったからさ、無理やり飲ませたのよ。そしたら、朽本が思い切り吐き出してさ。隣の女の子が突然立ち上がって「先生、おかしいですよ!」って楯突いてきたけど、わたしのどこがおかしいの?
 食事ぐらいまともに食べて欲しいって、千紗だったら思うでしょ?
 そういえば千紗の子どもってもう2年生だよね。一生懸命頑張って用意したご飯を子どもが食べなかったらどう思う?
 え? 子どもにどうかしたのか聞くって?
 甘ったれたこと言うね。うちの家庭は違うよ。お父さんがさ、わたしがご飯粒を茶碗に残すだけでも怒鳴るよ。「食べ物を粗末にしていけない!」って。
 母親? 助けてくれるわけないじゃん。あの人はお父さんの奴隷。自分の頭で考えられないアホ。
 そんなんでご飯が美味しく思えたかって? 食事って栄養を摂るものでしょ。楽しむ要素なんてないでしょ。少なくても、家のご飯、美味しいなんて一度も感じたことがないの。
 だいたい、朽本の家っておかしいんだよ。四者面談したときに、ラーメンズのコバケンみたいな見た目の父親が「息子の進路は息子に任せたい」って言ってきたの。
 ないわー、それって思ったよ。意識高い系ってヤツ? 東京でタワマンに住んでるような親ならわかるけど、ここは群馬よ。東京靴流通センターかエロビデオ屋に改装された、ハローマックの成れの果てが国道沿いに延々と並ぶところだよ?
 父親の職業を見たらびっくり。イラストレーターだって。好きなことで生きていくってヤツ? くだらなすぎて反吐が出る。
 わたしだって高校の進路相談で「東京に行きたい」って言ったよ。そしたらさ、帰り道、お父さんに「地元で教師になれ、それ以外は絶対許さない!」って怒鳴られて。ビンタで叩かれて。それから現実を生きるようにしたね。
 わたし、教師になって良かったと思うよ。お父さんの力を借りれば、どこの学校に行ってもVIP待遇。けどね、わたし、なぜか勤務先がころころすぐ変わるんだよね。みんな、わたしの実力を妬んでいるのよ。わたしが天才だから?
 だからね、絶対学芸会を成功させたいの。実力をもっと見せつけたいの。
 台本書けるのって? 自分が書かなくてもいいのよ。丸メガネの青木のをパクればいいと思って。あいつの書いた台本、面白いのよ。裸の王様ってあるじゃん。あれをウチの学校を舞台にして書き換えてるのよ。その名も「裸のセンセイ」。裸の王様はどこかのクラスの女担任で、最後は惨めにひとりぼっちになるの。あの女、まさに自分のことを書いてるのね。ああいう教師にならなくてよかったわ。まさに反面教師。ウケる。
 どんな手を使ってでも、学芸会は絶対成功させるわ。
 ……けどね、最近思うの。わたしの人生、これでよかったのかなって。なにか違ううんじゃないかって。
 え、今まで黙っていたけど、朽本くんは旦那の甥っ子だって……?
 は? 千紗、あんた、なんで黙ってたのよ。ねえ、どうしてくれるのよ、わたし、知っていたら朽本くんに絶対あんなことしなかった。教えなかった千紗が悪いんだよ。
 二度とかけてこないでって? そんな冷たいこと言わないでよ。ずっと親友でしょ? ねえ、ねえ……。
 切られた。クソ、ないわ。
 ……なんでわたしは孤独なの。お父さんに認めてもらうためだけに、必死に努力したのに。
 天才のわたしは絶対悪くない。

2023年5月24日公開

© 2023 眞山大知

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