綾瀬新撰組「水戸橋の化け物退治①」

歴史奇譚(第13話)

消雲堂

小説

1,447文字

小菅の銭座で働いている次郎吉は、銭座から自宅がある五兵衛新田への帰り道、綾瀬川にかかる伊藤谷橋のたもとに大きな口をひん曲げて橋の欄干に両手をついてぼんやりと綾瀬川を眺めている男を見た。総髪を綺麗に束ねて髷を結った男の脇には屈強な武士が二人立っている。辺りは薄暗くなっている。逢魔が時である。

 

 

 

(あ、最近、金子様の屋敷にやって来た将軍さまの家来たちだ。それにしてもおっかねぇ顔してやがる)次郎吉はビクビクしながら男たちの後ろを通り過ぎようとすると、口の大きな男が声をかけてきた。

 

 

 

「あ、おいおい、こら小僧、おいおい」

 

(ちぇっ、俺のことかな?面倒だから聞こえないフリをしてやろう)

 

「おいこらおいおい、小僧、お前に言っているのだ」

 

「私でございますか?」

 

「お前以外、ここを歩く者はおらんではないか?」

 

「あ、それは失礼いたしました。で、何の用でございましょう?」

 

「うむ」と唸るとニヤリと笑う。初めの印象とは違って人の良さそうな笑顔だ。

 

「何でございましょう?」

 

「お前、街道の方からやって来ただろう?」街道とは水戸街道のことだ。

 

「へぇ」

 

「街道の向こうに何か怪しい者を見なかったか?」

 

「へぇ、何も見ませんでした」

 

「うむ、お前、水戸橋の化け物を見たことがあるか?」水戸橋とは伊藤谷橋に同じく綾瀬川に架かる橋のことで、伊藤谷橋から少し離れた水戸街道上にある。化け物とは水戸光圀が退治したという水戸橋に現れた化け物のことだ。大昔の話だ。

 

(この大口男、何を言っているのだろう?水戸橋の化け物など迷信じゃないか?)

 

「とんでもない、そんな恐ろしいもの見たことなどございませんよ」

 

「さようか、先ほど水戸橋に化け物が出たと新田の百姓が我々の屋敷にやってきたのだ」「これは、伊藤谷橋でございますが」

 

「承知している。水戸橋には先に二人を調べに行かせておる。お前が水戸橋の方から歩いてきたので何か知っているのではないかと思ったのだ」

 

「はあ、私は銭座で働いている者です。銭座は水戸橋近くではありますが特に騒ぎはございませんでした」

 

「さようか」大口男は、顔だけ水戸橋の方を向けて残念そうに呟いた。

 

次郎吉はじれったくなり、「もう、失礼してもよろしいでしょうか?」と言うと、大口男は「うむ、よかろう。呼び止めて悪かったな」と言って水戸橋の方に頭を向けた。もう2人の武士たちはニヤニヤしながら次郎吉を見送っている。

 

 

 

「おとう、おっかねえものを見たぜ」

 

青い顔をして戻ってきた次郎吉は囲炉裏のそばで居眠りしている自分の父親に言った。

 

「何だ次郎吉か。遅かったな、化け物でも見たのか?」腰をさすりながら父親が目を開けた。

 

「化け物みてぇに口の大きな侍が伊藤谷橋の上にいたんだよ」

 

「化け物みてぇな侍?ああ、金子様の屋敷に大勢でやって来た奴らの仲間だろう」

 

「そうだと思う」

 

「あいつらは新撰組とかいう連中で、京で悪さをしたということだから近づくなよ」

 

「新撰組?」

 

「京都でたくさんの人を殺した危ない連中だそうだ」

 

「へぇ…」

2014年4月3日公開

作品集『歴史奇譚』第13話 (全14話)

© 2014 消雲堂

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