颯爽と去る愛犬三枚おろし事件と、重機を掴んだ滑らかな素手。

巣居けけ

小説

4,829文字

やつはこの街で唯一まともに動作している刑事だ……。

点滴を回避するために、雲泥の宝玉を手に入れろ。

診察監督を務めている男たちは蟲を食らって生活をしている。寝床で試験管を舐めていた下男に山羊の唾液を与えると、三日後には鶏が一羽だけ減っている。母親はいつでも娘の飼い猫で性処理をする。二本の親指を持った医院長が、昨今、球体以外を愛した四つん這いの女をしゃぶっていた。過激な液体の赤色を熱気として身体に浴びた学士の彼は、皮膚が焦げ落ちる音で朝を迎える監獄生活を強いられた。鏡で作られた監獄ではリストカットですら見世物になる。テレビニュースで流行を知ったビンタ師の窃盗癖が鬣を撫でていると、すでに死体になったラジオ番組に脊髄が降りかかる。軍服趣味の教師が警棒で女児を犯している。死骸で朝をやり過ごす事務員が全裸になって電球を取り換えている。食欲を見事に射すくめられた主婦が、商店街の真ん中で秋刀魚の購入を宣言している。

肉屋どもが一斉にシャッターを下ろしていた……。草木の嗅ぎ分けを可能にした牧師の二人が、軍刀で互いの性器を切り刻んで食べている昼……。

用意されていた靴はしとどに濡れていた。下女の頭に刺さった太刀を我が物にしようと空回りで崖を降りていく。少年が立っていた。彼の背には空が赤く滲んでいた。瘡蓋のような不気味な夕焼けだったが、郵便局に勤めている母親は子宮を売るつもりで師走を過ごした。

震えている愛犬三枚おろし事件発生から、三日が過ぎていた。すでに秋の風が吹き込んでいる日々だった。二つの国の全ての小学校で、藁人形がついに動き出した。鼠を自称する記者はずいぶんと減り、広告文がミミズを食らって成長を続けている。連結されている機械同士の油の色が、ついに虹色を失った。前立腺がんを文字として囲っている。母親や子宮にとっては秀逸な、今日とココアの粉だった。

晴天に夕暮れの橙が溶け込み、胡乱な闇が漂う中だった。白髪はげのボルデイン警部は、娘の太ももの皮で作られている外套を脱ぎ捨てた。息子の頭髪で作られたベレー帽も捨て、近くの放浪人に受け渡した。歯磨きを知らない彼らはバナナのようなにゅっとした笑みで小石を渡してくるが、警部は全てを無視していた。老人性色素斑の多いぶよついた腹と、火傷痕で埋め尽くされている細い両腕が外気にあらわになったので、他の通行人が短い悲鳴を上げながら駆け足になった。

彼は、警察組織で唯一の白髪はげで、警察組織で唯一の酒飲みだった。すでにこめかみ辺りだけになった頭髪の一本一本に、名前を授けていた。婚姻届けを複製する副業に力を入れている彼は、先月に三人目の妻をワンピースとしてでっち上げていた。
「でも係長、そんな炭酸飲料だけじゃあ、結局与えられる数学力は未知数ですよ」
「まあ、良いんだよ。おれたちはどうせ、コピー機だ」未完成の盆踊りを部下に見せつけている酔っ払い広告代理人。右腕にセロハンテープで貼り付けた蜜柑を想い、他国の女でガーゼを作ることを受け付けの山羊人間に宣言している広告代理人。「だっておれたちは、歯車人間だから!」

ボルデイン警部は彼ら二人の千鳥足を後方で眺めていた。常に陽炎のように揺れ動いている彼の視界の中では、二人のことも水槽で飼われている金魚として浮かんでいた。

彼らは油にまみれている歯車の頭をぎこぎこと鳴らし、地面に三ミリの縦穴を築いている蟻を咀嚼した。受付にカクテルや水飴をぶちまけると、自分の陰茎で全ての前衛的絵画を汚していた。
「ええんっ!」バク転のような嘆きと共に、三転倒立で西の坂道を下っている会社員。「ええいん! ええい、ええいんがっ!」

彼はひどく汚れた電信柱のような頭を持っていて、沈みかけている太陽の置き土産のような光を他人よりも受けていた。

唾液でぬめついている歯列が口角から覗き、ココアの香りで街灯を照らしている委員会。胃の隅で埃が舞い、彼らに血の香りが漂う咳を吐き出させている園児と保護者の飼い犬。ゴキブリが羽ばたく模様と、黄色いバッタが人の腕で癇癪を起している日時や酒……。

蟲たちが、街灯で踊っている。広告代理の人々も、液体をまき散らしながら踊っている。受付を五人にまで絞った株式会社たちが、一斉に軍隊のような怒号を録音している。曰く、「おれたちは歯車のはずだから……」

彼らは娘のショーツで夜を過ごした経験を持っているが、刑事のような強制力がない故に、妻の尻の下敷きの役目を売ることができていなかった。
「そろそろ向かうか。夕餉が待っている」右を歯車に、左を山羊にしている長身のボルデイン警部は一度だけ人造バイクから降りて、次に通行人が手にしていた新しい風俗店の広告を取り上げた。通常の皮膚で作られている広告用紙は悲鳴のような呻き声でボルデイン警部の素手を嫌っていたが、彼がいつでも温厚な性格である保証はなかった。

夕焼けのせいで赤い砂利道を、警部はかつての警部補らしい足取りで進んでいた。すると、隕石のような米粒が落下している絵画で壁が構成されている居酒屋が見えてくる。ボルデイン警部は店の唯一の扉を叩き、木製の硬い打撃音を合図として、山羊らしく走り出した。「おれはトップランナーだっ!」

夜道を愛犬と進む婦人の後方から接近し、突風のような素早さで追い抜くと同時に愛犬だけを三枚におろすという愛犬三枚おろし事件は、すでに今世紀最大の猟奇的事件としての地位を持っていた。
「つまり、合法的に殴れるってことかい?」ボルデイン警部は再び前転を披露した。すぐに周りの女子小学生たちが歓喜の悲鳴を上げ、体育館のような居酒屋の渋い木目調の天井が細かく揺れた。

ボルデイン警部は後の直立で大声を出した。「いぇーい。もう罪に問われなぁい!」
「さて、カクテルの残りカスを呑んでもらえると聞いたんだけれど?」
「なんだい、それは」女児はカルーアミルクですでに出来上がっていた。低身長だが愛嬌のある毒舌映画監督のような口ぶりと、猫のような口元で歯列に絡みついたひじきを警部の背広に擦り付けた。
「チクショウ。あの老いぼれ野郎、大法螺吹きやがって!」新たな人造バイクが目の前に現れた。それは三度目の夕餉に加え、加筆を最低限にとどめようとする役員会議での嘲笑だった。彼らのような有名な情緒は、規律を守ると同時に機械にも電子メールにも腰をくねらせる色仕掛けが絶対に通用するものだと決めつけてしまう節があり、さらにはどこまでも続く黒いしゃもじの行進に異を唱えているのも彼らだった。眼鏡を掛けた猫の頭部のような球体を車輪としている肌色のバイクは、常に女児たちが仲間を探している。あるいは食卓に並ぶべき都市開発のメモであり、孤軍奮闘をもってしても叶うことのないとされていた星の落下に、予測の可能性やノコギリでの打撃を出力している。
「友人の未来が、必要だって?」
「でも洞窟には教育者が居ないんだよ?」

カフェテリアのふりをしている居酒屋では、影を作るためのやかんや、鉄の左右を確かめる写真撮影が流行していた。
「荒れている海での魚釣りみたいだ!」
「教育をもってしても?」

二人の科学者が、それぞれの研究室でキリンや錠剤を入れるためのポーチを飼育している。ショーツを必要としない雌のアンドロイドが、油の香りだけで男の馬鹿力を分析し尽くした。

一つの街で同時に発生したコンビニエンスストア飛翔が、残りの刑事部屋と係長専用の山羊の四肢に虹を描かせていた。蛙が快適に住むことができる山羊の体毛では、街のような熱風で薬莢が溶けていた。

点滴を回避するために、そして刺身を降らせるために、雲泥の宝玉を手に入れろ。

定食屋の主婦が洗濯物でおつりを支払い、娘の役を担っていた歯列の電化製品が自立を企てた。処理を続けている魚の職人が扉を叩き、つり革を嫌っている全ての駅員を山羊に変えた。

浴衣の拷問官と、憲兵の軍曹が土下座を続けている……。頭髪の無いはげ頭を誇りに感じている警部の連中が看護婦の潜伏先に警棒だけで乗り込んでいる。軍医の死骸を食べることで、その軍医が今までどのような患者を相手にしてきたのかを察知することができるボルデイン警部は、彼らの九十度以上のお辞儀に疼痛を感じていた。吸い込まれるような掃除機の浴衣作成技術に、麻雀での罰金を擦り付けながらバイクを清掃している軍医と、猫の脳が入っていた頭部……。彼らは浮かんでいる。彼らは警部の地位を舐めている。彼らは、胃液を媒体として駅を股にかけている……。通り抜けを簡潔に済ませた潔癖症の女児が、和菓子の中の胎芽を舐めている午後のひと時だった。
「毎月の新聞紙で城やワニの臓器を作っているっていうのが、もっぱらのうわさなんだよ」

椅子の無い居酒屋に迷い込んだボルデイン警部は相席の黒コートの男のはげ頭で一曲を披露していた……。サイの鎧を誇りに感じている店主が全てのカクテルの値札に無料の二文字を付け足し、狙っていた常連の山羊連中がウイスキーでカクテルを作れと命令している……。
「いやいや。お客さん、ウイスキーの値段は支払ってもらいますけどねえ」
「へいへい。おれたちは人間専用の注射器も持っているんだぜ?」

山羊の一人が赤い革ジャンから白い注射器を取り出した。細いシリンジと鋭い注射針は確かに人間用の物であり、店内の裸電球の優しい光を受けている凶器に驚いた店主は、右頬の痣を緑色に変化させながら全てのカクテルを作り始めた。「へえ、へえ、へえ。もう阿片の偽物は嫌なんだっ」
「おいおい。見ろよ。あんたらも見ろよ」山羊は静かに湯呑を舐めていたボルデイン警部にも声を掛けた。ステージに客を連れ出す道化師のような笑みで隅の警部に近づき、関節の角ばりを感じさせない完璧な湾曲を作っている腕で引っ張り出すと、人間用の注射器を掲げた。
「これがある限り人間は何も言えないんだろう? さあ飲もうぜ? なあ刑事サン?」
「あははは。はあ、そうですね。でも私は山羊専門の刑事ではないですから。ブルドーザーの免許なんて、何にも役に立ちませんよ」

ボルデイン警部には山羊の手にある注射器が免許証にしか見えていなかった。それは先のブルドーザー轢殺事件を調査した際の影響で、彼の刑事魂が染み渡っている眼球や視神経は、彼自身に事件はまだ収束していないことを警告として伝えていた。
「ああっ! 僕はどうしても例の事件の続きをしなくてはならない!」
「それは居酒屋での呑みよりも重要な事なのですか?」店主が頬を紫にしていた。
「では失礼するっ」

全ての山羊の湯呑からウイスキーだけを舐めとったボルデイン警部はすぐに走り出し、すっかり橙に染まった黄昏の空の下を駆けた。山羊や、山羊頭の人間などがはびこる夕暮れの坂道を下り、やがて独りきりの刑事部屋の白いプラスチックの扉を慌ただしく開けた。
「例の事件には続きがあった! テレビキャスターもニュースキャスターも、キャタピラ職人の事務局ですらすでに解決の判断を下したけれど、あれはおそらく偽装の偽装……。ならばっ」ボルデイン警部はすぐに部屋の右の壁に備えられている灰色の資料棚に貼り付いた。硝子の戸を玩具屋で玩具を選んでいる餓鬼のような両手で開けると、愛犬三枚おろし事件の資料がまとめられているクリアファイルを取り出した。
「例のホシはすでに豆腐のような足を手に入れていたんだ。だからこの事件で、突風のような素早さを出すことができた……」

自身のデスクで資料を広げるボルデイン警部は、当時繰り広げられていたの犯人についての考察文を指で追いながら読み上げた。突風さながらの動きは通常の人間の足腰では実現不可能であり、故に犯人の脚には豆腐のような滑らかさが漂っているのではないか、ということを学者然とした硬い言葉遣いで綴っている三百文字の考察文を読み終えた警部の脳裡には、一匹の山羊の顔が浮かんでいた。
「ヤツは山羊じゃない……。ヤツは、正真正銘の豆腐野郎だったんだ」

ボルデイン警部は慌ただしく刑事部屋を後にした。

2022年5月6日公開

© 2022 巣居けけ

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