走る軍人。

巣居けけ

小説

4,194文字

誰も軍人らしくない……。ペンウィー・ドダーは軍医ではない……。この町にヘリコプターは無い……。

球状の駐屯地を持つ軍隊。彼らの軍務は麻薬を取り締まるのではなく、麻薬とどのようにして平和に隣接していくか、にある。不満を垂れた少年を撃ち殺しても良いし、気に入った田舎の村娘に接吻をしても許される。民間どもはそれに怒り狂うか、自分もそっちに行きたいと強く願うかのどちらか。しかし軍人たちは新入りをよく思わない。自分たちの伝統や決まりを知らないので、すぐにでもそれらを味合わせようと個室に閉じ込めようとする。いつもの個室には決まり事にうるさいベテラン中尉が、一番隅でコカイン星人を吸っている。彼ほどの薬物常用者になると、コカイン星人から直接コカインを取り出す……。
「へい。今日の新入りを連れてきましたよ」頭蓋骨の輪郭が浮き出るほどに痩せた顔の下っ端。ビリヤードボールのような二つの眼球で、体育座りをしている中尉を視る。
「ああ、そこに置いておけ……」軍服を上から羽織っただけの中尉。白タンクトップに青と白の縞模様の短パン。足のムダ毛にコカインが張り付いている……。
「へい。ほら新入り。顔は良いんだから、可愛がってもらえ」

あひいっ、と喚く新入りを置き去りに、さっさとこの汗臭い部屋から出ていく下っ端。ようやく立ち上がった中尉の、血液を固めたかのような大きな亀頭を見て、再びあひいっ、と叫ぶ新入り。

どうして球体の軍人たちは、全員が都合の良いアルコールを持ち歩いているのか。そして列車に馬乗りになる際に見せつけて、飴色の銃を持たないトレンチコートの、野菜の臭いがする若者たちの脳の底の、泥のような闘志に、火の灯っていないマッチ棒を突き刺すのか。将校と呼ばれる食品たちは、港での作法を誰よりも噛みしめている。噛みしめながら泳ぎ、溺れ、鼻孔に水が突き刺さる感触の中でこの世の酒の心理を知り、卵のように溺死していく。軍港は必ず死人を吐き出す。
「砂煙の弾丸が埋め込まれた機関銃、あとは鉄の中にあるぶどうの一粒に、ブックカバーの無い図書館の地図だけ」軍人少佐は貴族の女に唾を吐き捨てる。女は、根性焼きを行った時のような声でオーケストラを唱え始める。
「良い声で鳴きやがる。でもおれは、女には困っていないのさ」軍人大佐は黒馬に乗って消えていく……。枯れた砂を口にする女と、家紋の入った小型ピアノだけが残る……。

上空には砂煙を纏ったヘリコプターが、たった一機……。

フルーツだけを切断した、落語会所属の白いガンマン。居酒屋の中の支柱に成りすます、狐顔の詐欺師。それを楽しみながら呑む駄目な軍人。ツケを跳ね退けた店主の首が、今日も飛び上がって照明の橙色に黒色円形を作る……。
「あいつは人の形をした酒だ。ちょうどそこに座ってウイスキーをやっている山羊と同じ」

空軍に居た彼の中の血液が、テレビ番組に映り込んだ四センチメートルを上から潰す。首無し店主はまるで粘土のような音を出しながら店を出る。客人の懺悔に、勇ましい槍使いの男性戦士の香りを求める……。彼は考古学の標的になりうる石の技術を駆使し、丸太の鉄塔に立ち向かった、と新聞屋だけが言いふらす。中音の彼は三日後、首だけが森の中で発見される……。刃物の学会の段々畑に居座るはげどもの上を、最新宇宙のヘリコプターが行く……。
「なあ! このデカブツを落としたら、どうなると思う?」
「……あっ! 人が死ぬ!」
「そう! 人が死ぬぅ! あはははっは!」

針山頭のランゾン軍曹は食べかけのハンバーガーを投げ捨てる。ピクルス嫌いの彼の投てきは、悪魔のジャンクフードに美しい放物線を描かせ、見えない地上の誰かの頭上にべちょりと貼り付いて離れない。ランゾン軍曹は他人の頭が自分の食べかけバーガーになっていると確信している。

そして気高きランゾン軍曹は、自慢の黒い革靴で核爆弾を何度も蹴りつけた。金属の鋭い音がヘリコプター内部に響いていき、溶けるように消える。斜め前から全てを観ていた新顔は、吊り上がった口角から唾を垂らし、賢明な挙手をする。
「おい! どうした新顔」
「はい。私はこの程度の爆弾でそんなにもはしゃいでしまう軍曹が嫌いであり、信用できません。なのでぜひ、私に指揮権を譲っていただけないでしょうか!」

鼓膜が圧し潰された感覚が、新顔を襲う。真顔の軍曹が重いビンタを新顔の左頬に放ったことを新顔自身が理解したのは、彼に遅れて届いた乾いた音と、さらに遅れて現れた、じんわりとした熱や激痛によって理解できた。痛みはいつまでたっても引かなかった。いくつもの針を同時に刺されているような鋭い痛みが熱と共に頬を占拠し、餅のように膨れた新顔は患部を覆い隠すように頬を素手で覆う。そして、軍曹の冷たい目を睨む。
「お前……さてはブラッド・ベッセル・ダンスを享受した経験が無いな?」

ランゾン軍曹の両手がそれぞれ新顔の両肩に触れる。すると新顔はすぐに両目を瞑り、肩に神経を集中させて、軍曹の手の中にある血管と、そこを流れる血液を感じ取り始める。まるで泥のような粘着性を持ったランゾン軍曹の血液を舌に映すと、その苦味に顔面がくしゃりと潰れた感覚が現れた。
「へへへ……おれの血液は高級デリへルですら飲むのを嫌悪するからな」

この町のデリヘル。毎日をアサリ入り味噌汁でやり過ごすデリヘル。彼らは軍人よりも強固な精神力を持った精鋭の人参。万華鏡を必要としない科学的新聞配達員や、それに伴う記者の発行の技術を一般に広めたのも、彼らの内の黄色コートを好む青年だった。はげを法律で禁止している国をテレビ番組のようにみすぼらしく置き換えたのも、彼らと彼らの思想に同意した集団だった。
「そんな国があるものか! まるでチーズじゃないか!」

酒飲みどもはデリヘルを片っ端から馬鹿にしている……。しかしひと月もすれば、その場の連中は全員が、睾丸を引き抜かれた灰色の状態で路地裏住まいの薬物常用者どもの食料にされる。
「なあ、ところであそこの精神科医は、どうしてペンウィーって名乗ってんだ?」
「『ペ』のほうが可愛げがあるから」

言い捨てと同時に精神科医のマゼンタ扉をくぐる……。すでに右手に納まったアルコールを女医に掛けると同時に、学者椅子でくつろぐペンウィー・ドダーのココアを奪う……。
「朝はおごるよ。だからコイツは俺が呑む」診察室を啜る音で埋める……。

原則として、この街に朝は訪れない。しかし、方位磁石を体に埋め込もうと、三年間を医学に費やした男の口から這い出る便意は、底の無い井戸のような弾丸を空中に受け渡す。観光客どもは海軍の真似をする。まるで木造の人体のような出鱈目さを持ち合わせた塹壕だけが生き残り、残骸の支店は全てが目玉焼きとして消化される。朝食と称された彼らは、必ずしも全員が同一の主義を持っているとは限らない。
「ケッ! まるで三十路じゃないか! 空軍はどうしているんだ?」大佐を気取る海軍青年。海のような青いキーボード横のマウスを、最新の無線機だと思い込む。
「ほれほれ、応答してみろよクソ傭兵ども」彼は強烈な麻薬思想に犯された薬物人間……。
「待ってください! 大佐だけでは、この鉄の塊を落とせません! 我々は田舎の村にあるじゃがいもと、同等の思想や栄養素しか持ち合わせていないのですから!」
「なるほど……貴様はこの大佐が、この程度の油分で満足をして、さらにはバラエティ番組に適したファミリーレストランに手を伸ばすと言いたいのだな? よろしい。ならば貴様、今すぐここから飛び降りて、麻薬軍人らしい底の無い底力を見せてみよ!」

そうして青年大佐は自慢の黒ブーツを部下の腰に押し付ける。二度ほど擦り付けてから、油分のある蹴りを食らわす。部下は前立腺をデリヘル嬢にやられた時のような声を上げながら、開け放たれている出入り口へと進む。
「あああっ! 私はまだ、コカイン星人ではないというのにいいっ!」
「アンタもコカイン星人好きなのかよ! 忌々しいわっ、さっさと落ちろ!」
「言われなくとも!」

部下は両肩からコカインだけを吹き出して沈んで消える……。青年大佐はそれだけで自分が上等なコカイン星人に就任したような気持ちに落ち着く……。コカイン星人は並みの人間では見上げることすらできない境地であると同時に、ハリネズミのように尖り尽くした軍人の行きつく果てとして紹介されることが度々ある……。

チベットという村の地形を呑んだ探検家。彼ほどの人間になれば、甘党の鋭さが爪先にだけ宿る。「まるで遠心力のようなマンホール。空軍のヘリですら恐れる吐瀉物の人形と、それとヤり合う郵便局員のベテラン」彼は村の居酒屋だけでカンカン帽の色を吸い出す。帽子に塗り付けたハチミツと、それを好む青少年を嗤うため。
「ははは、いつでも木々に留まっていれば良いんだ。アンタみたいなバーテンダー気取りの酒飲み小僧は」
「でもぼくは、硝煙の香りがする酒を知らないよ」
「そんなものがあるわけがないだろう」

軍人の味を知っている人間は酒の居場所を知っている。肉に埋もれていない毛細血管が、教師のようにいつでも教えてくれる。だから三番目の機関銃を手にした軍人の全ては、その副作用で細菌の予防をすることができる。軍曹の男は首吊り縄で性行為をすることを部下に勧める……。部下は新しい文学賞の作成で多忙なため、論文の中でそれを否定して射殺される……。

いつでも病院に滑り込む軍人が目撃されるのは、彼らの毛細血管が、繋がれた脳みその形でさえ地図に変化させてしまうからという説が有力で、必死に臓器の在り処を貪っている農業頭の科学者が、軍事施設の中で結婚式を作り出す。土臭い結婚式会場。

反逆を広めて広報の下っ端たちが、ついにたどり着いた部長室で銃剣を舐める。砂まみれの僻地ではそれすらも食事と認識されている。

担ぎ込まれた肉団子を見上げるペンウィー・ドダーはいつでも仕事用の口調で、自分が軍医ではないという妄想を繰り広げる。周りの看護婦たちはそれをくすくす笑いで見守り、軍医であるはずのペンウィーに新鮮なメスを渡す。彼はそれをシリアルキラーの嗜みにのみ使う。
「私は女性のレントゲン写真で自慰をする」

宣言をしながら女の軍人の腹を裂き、解剖学者然とした顔で消化器官に別の女軍人の唾を塗り込む。「これが百合だろう?」

適当な腹を麻縄で閉じると、起き上がる女は唾の持ち主の女を連れて、屋上で新たな銃剣を試す。

ペンウィーは、その風景で酒をやる……。

2022年1月11日公開

© 2022 巣居けけ

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