瘡蓋コンビニエンスストア、その抑揚町支店にて。

巣居けけ

小説

4,620文字

身体の中に町がある……。

昨日も、『協会から生えたスーツの人間たち』から、炭酸飲料の誇り高さというものを叩きこまれた。彼らはアスファルトを媒体にして分散することができる植物の一種。かつては違法薬物としての作用を持っていたが、戦時の飛行艇による雑談や、退役軍人による埃臭いラジオの電波の影響で消滅していき、三年前からはただの植物として、食卓の隅を担う家庭的な存在になった。直立不動をしている新入社員の上半身のような見た目をしている葉に、廃棄処分が決定した昆布のような根を持つ。人間の口と同等の器官からは、おれがついさっきまで耳にしていたような、炭酸飲料の誇り高さが垂れている。一度捕まれば二時間は説かれる。「もういいです」とこちらが口にするのは悪手で、途端に一時間の延長を宣言される。おれは結局、貴重な半日を連中と過ごしてしまった……。

金属のバットによる追撃が、おれの墨だらけのかかとを破壊して、荷車を連続で生成している。やつらは自慢のスーツを見せつけながらおれの仕事場を嗤っている。おれは足を引きずって外に出た。万年筆の形を真似ている太陽が浮かんで、隣接する宇宙ステーションの白色に眼帯を重ねていた。おれは、自分の被験者という身分を誰よりも恐ろしく思う……。

しかし、おれはどこへ行っても、どんな図書館司書に指を向けられても、必ずそれを承認しない。頑固な中学生のフリをしていると、嫌気を全身で感じた図書館司書がようやく図書カードにハンバーガーを添えてくれる。彼の右頬にポテトフライでキスをしてから職場に向かうと、発光の時間を見過ごした駄菓子のような雨天を感じる。おれは報告書から抜け落ちた岩塩を認知しないし、するつもりがない。図書カードと診察料を忘れてもなお、弾性を失ったゴムボールのような顔で笑う年寄りの全身脱毛の手助けなんてしたくない。おれはもっと、清々しいインクと金属だけで生活を送る。一週間の全てを想い人の子宮の中で暮らす。おれはいつでも胎児になれる。

翌日、へその緒よりも黒い翌日。職場の人間に指を向けて、一緒に胎児にならないかと誘いを垂れてみる。その時のおれは何もしていない左手で、子宮風俗の名刺を持っている。

時間の経過ですら認知をしているドナーと、全ての分身で自動販売機のボタンを同時に押す。すると缶飲料を生成している全ての工場職員が首を吊る。彼らの身近に居た無関係な人間どもは総じて、「あの人が首吊りで死ぬ間際、足のある床が無くなったような感触がした」とだけ話す……。おれの分身どもは、分断した太陽に近づいた少年の、臓器が抜けた瘡蓋だらけの背中だけで生きていけるはずだった。

おれは職場の小さなオフィスにて、惑星が新たな学級を創り上げたことを新聞紙の隅で知る。消臭クラスとは何者だ……。

まるで老舗に通う中年のようだな。と、炭酸で硬派なオーガニックを陥れた自分を蔑んでみても、頭上の天気は変わらない。第三者の視点では、いつでも秘密主義が機能を喪失している。それを見上げたおれは、ますます自分の尿意に国宝を感じる。ギネスブックを持ったレディース・スーツのポニーテール女、彼女が作っている曖昧な笑みに向けて、魂の射精をしたい……。

かの太陽系にこびりついた、中毒者の脳にある中毒性信仰対象に、国産グミのような嫌悪を感じる。個室の中に鎮座した、一度は壊れた正方形テレビにクエスチョンマークが浮かび上がる。
「結局人類では天気を操れない。なあそうだろ?」

 

「結局人類では天気を操れない。なあそうだろ?」

通い続けているコンビニエンスストアの、いつもの金髪老人店員に軽く訊ねる。スナック感覚の彼は、普段通りに奥の棚からハレンチ新聞を持ってきてくれる。おれはその後ろ姿に恍惚をし、今晩の彼の荒ぶる姿を妄想する。朱色のデザートイーグルのような棍棒を股間からそそり立たせ、機械らしい動きで腰を動かす、蒸気機関車のような、肉の彼……。

ひどく優しい人間だった。摩擦の多い眼科の世界で、医者として麻縄のような活動を数年続けた後、落雷のような素早さで転移、そして今の職に就いて簡易的な数年を過ごし終えた今日。業績を確実に伸ばした彼は、近所の全てのアイスクリーム屋を買い占めることに成功している。甘党の両親を持った彼は、糖分を前にすると、財布の紐と尿道がその役割を果たさなくなる呪いに苦しめられている……。
「今日も、例の?」
「ああ、一カートン」

おれがこのコンビニエンスストアの、冷たい白色カウンターに刺青だらけの腕を置いて、どんなに下品な合言葉を提示しても、彼は必ず奥の棚からピンク色のうさぎちゃん人形を取り出して、上ずった声で対応してくれる。一カートンの煙草はもちろん、靴下に入れられた発泡スチロールでさえ、完璧な誘導で売ってくれる。おれはそれだけで気持ち良くなれる。うさぎちゃんのほつれかけている両腕に挟まれた煙草を受け取ったあの時は、流石に快楽でおかしくなりそうだった。
「昨日さ、スタンプラリーの紙幣と、公園で売られているストロベリー・クッキーを混ぜた卵かけご飯を作ってみたら、どうしてか自前の台所にある鉄製の鍋が、全て木製に置き換わっていたんだ」

彼は一カートンをポリ袋に詰めている。おれは自分の脳ではなく舌が意識を働かせていることを自覚しながらそれを観る。
「惑星の香りが漂うあの事象よりはマシだろうって思ったけれど、一週間後に自宅がジャングルになった夢を見たくなければ、何も対処を考えないのはやめておいた方がいいさ。……あれ、お前何してる?」
「実際のところ、俺はポットの名人だからな。こうやってポット手で浮かせただけで、中の残量がわかるのさ」

おれが、なら今はどれくらい入っているんだ、とわざとらしく訊ねると、彼もまたわざとらしく低い声で、三センチだ、と口角を上げる。蓋を開けると確かにお湯の水面は、ポットの底から三センチだけ浮いていた。
「なあ、この暗い時間に飲み干す無糖の珈琲こそが、一番の味覚なんじゃないかと俺は思うんだ」

彼が後ろの棚から持ち出した、シルクハットを被った避妊具の勧めが書かれた紙コップにお湯を入れ、同時に一粒一粒に顔のように見えるシワが付いた珈琲豆を雑に落とす。すぐにコンビニエンスストア内が珈琲の苦しい臭いに包まれ、おれは抜歯を経験した中学時代を思い返しながらも彼に二千円札を渡し、彼はそれをレジに食べさせる。
「だって、あの温かい苦味が舌に染み込んで、脳を軽く痛めつけている感触と、身体の内側から上がって来る異物の感覚が最も際立つのは、こういう、辺りが暗い時間だって決まってる。そのことを潜在意識の中で理解しているからこそ、大衆は深夜にカップラーメンを食べるんだから。夜ってのは、そういう激しい味覚が冴えわたって、少しぐらいの無茶や苦痛が、むしろ望ましいっていう時間なんだと思う」
「でも深夜なら焼き肉屋が開いてるぜ?」
「なら今夜はそこにしよう」

おれは完成しているレジ袋を片手でぶら下げると、彼のうさぎちゃん人形の飴色に輝く鼻にキスをしてから、コンビニエンスストアの白い門をくぐった。後ろから聞こえる死にかけカワウソの鳴き声からは、すでに彼が高校受験を終え、さらに真っ黒な前歯が全て引き抜かれた後だということが理解できて、もう助からないだろうとおれは思った。すれ違いざまの中学生は、まだ腕の中にある入れ墨に満足をしていないような顔で、尻に残る瘡蓋に似合う新作のスナック菓子を求めていたけれど、おれがどうにかできる案件でもなければ、ここの全ての店員がなだめることができる感情でもなかったはずだ。おれは過去にピンチヒッターで飯を食っていた時期があるから、素人が残していった炭酸飲料の食べカスと、学生が落とすアルコールの空箱がどれほど匂うのかを知っている。陳列されている赤いアルコールは、実際のところ炭酸ではない。幸福ですらない。過去の、まだ浮いていた架空のカナリア諸島に本当の青いアルコールが置いてあることを知っているのは、同じくまだ浮いていた大統領と、当時の学年主任どもだけだったが、三日に一度の頻度で現れる教育実習生だけは、例外としてその事実に口づけを行える。
「うちは優秀な者が多いから、チュートリアルには最適なのです」全校集会での校長は、いつもの倍の量の唾をおれたちの制服に飛ばす……。

おれは同性愛者だからわからないが、焼肉というものは、コンドームではないかもしれない。そもそも街中で見かける黄色いキュウリたちは、彼のようにシルクハットを被っていない。ピクルスを信仰しているつもりの彼らは、例のストロベリー・クッキーで作られたコルクの、吐瀉のひどい臭いに耐えながら、その臭いに対して、幼少期に見かけた濡れた昆虫を想う。店長の限りなく適当な食料調達日記が閉じられると、そこでようやくコルセットの試作品が届く。しかし驚くべきことに、それが届くのは自宅ではなくて職場だった。おれは会食のタイミングを見つけると、いつでも猪のように鼻を伸ばす。そして地面に埋まった女の腕の臭いを探し、今晩の鍋の風景を頭に描く。右の町に停留しているアルコールに浸された全人類なら、大きくなった脳の中心部で食物連鎖と日陰者を理解をしているとは思うが、ストロベリー・クッキーの創作過程とはまさにその通りで、おれの暴れる血管と肉どもは、一昨日の四時を以て、限りなくゴムに近い、それでいてカレンダーのような伸縮性を持った、人間の腕の臭いが取れない物質へと変化を遂げていた。
「病院に行って見せたら、なんて言われたと思う? 『はは、ハロウィーンは当分来ませんよ』だぜ? まったく最低な医者どもだ」

おれはマットの上で伸びている男のデリヘルに吸いかけの煙草を刺してやると、すぐにこの三千五百二十八室を出る……。無類の使命感に脅かされてしまった白濁の身体に帰巣本能をあてがうと、颯爽と現れる階段に縋る……。
「やや、やあ兄弟。お前はどうしてそんなに、クッキーを焼くことに力を入れてるんだ?」
「……わからないな。人間は息を吸うことに注力するのか?」
「おれの呼吸はセックスだ」

おれはそいつにクッキーを吐き出してから、見えもしない階段で、見えもしない先を急ぐ……。

ホテル職員は、精液が染みついた白バスタオルを両脇に、いつでもへの字顔で肩をすくめる。おれが黒コートのポケットに入れたままにしていたコーヒーを渡してやると、地下牢獄に居る死刑囚のように、慌ただしく吸いつくす。
「僕はシャブもコカインもやらない!」

おれは、彼が生粋のカフェイン星人であることを失念していた……。すでに紙屑へと成り下がった紙コップのまだ茶色い部分を狙って舐めている彼を無視し、次週に迫った刺身協会の定期オリエンテーションのことを想う……。ホテルのアルコールのように赤い千階フロアまで足を進めたところで、自分のことを清潔感のある牧師のようだと感じながら、あの協会の中に佇んでいる、なぜか無言の白い十字架を舐めている自分を考える。かの銀河系にこびりついた、中毒者の脳にある中毒性信仰対象に、国産ラムレーズンのような嫌悪を感じる。個室の中に鎮座した、一度は壊れた正方形テレビにエクスクラメーション・マークが浮かび上がる。
「結局人類では天気を操れない。なあそうだろ?」

おれは突風を片手で拭いながら、嫌悪の刺青協会、その本部の出入り口に手をかけた。

2021年12月30日公開

© 2021 巣居けけ

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