老獣

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小説

4,554文字

老元傭兵と現役がたまたま平時に接点を保つ。
最後を看取り、弔い、現役はまた仕事に向かう。

 

若い時は気合と体力で治したもんだった。

が、老いるとな、その両方が無いんだよ。だから、寝て、病が治ってくれるのを待つしか無ぇ

何するんにも、時間がかかるんだ、老いてる者ってのは

 

その老人は、誰ともなく言うようにそう語った。

俺は彼のコップに茶を注ぐ。

老人は小さくうなずくと、茶をすすった

彼によると、温かい飲み物、特に茶は助けになるという。

 

奇しくも、その老人は、業種的には俺の大先輩にあたる。

蛇の道は蛇といったところか、やはりやさは似たような所になっていたわけだ。

弱っているのが気になった。そして、同じ匂いを発しているのも。敵意など最小限の警戒心しか見えなかった。

倒れそうなのを助けたのがきっかけだ。それだけみればどこにでも居るような、お迎えの近そうな老人なだけだった。最初は日本人かどうかも怪しく見えた。日本人の獣はそれこそ珍しい。

が、それでも、元猛獣の気配。

 

それから興味のみから、老人に差し入れを持っていきながら話を聞く。果物が多い。現地のチキンカレーなど肉が柔らかくなったものも。

僅かにでも再生のちからになるものが有り難てぇ、、と、老人。

はるか、俺が生まれる前の時代には、この老人はもうこの世界に入っていた。

気づいたら入っていたよ、と笑う。

 

これといった秀でた特技が無い「何でも屋」だ。一目置かれないが、使えるんで付き合いは広くなった。

長距離では俺も好きな30-06で、1000m以下のみ。スコープ使わないのほうが具合いいので、できれば300m程度の近距離が良いという。近距離はそれはそれで応用が利く、特殊弾頭も使ったことあると。

 

「岩塩の弾頭だ。よく聞くだろ?アレに薬塗ってな。流石に長距離はむりだろ?俺らの仕事だ、ああいうのは。200mだった」

そして、よほどの悪条件じゃなければ、逃げられる、と笑った。

俺は、いやだな。安全を取って1マイルは欲しい。ましてや200m?,場合によっちゃ自殺並だ。

それはおめぇさんが1マイルでも確実に当てられるからだ。俺にゃムリなんだ。だから逃げるのがうまくなっただけだ。

 

でもな、それは何にも応用利くからな、助かる特技ってわけさ。

いろんな場所を覚えた。地下道みたいな相手も知ってることなんざ知らなくってもいい。相手が知らないようなことを知り、使えば、そう難しい事じゃない。

わかるだろう?そう、その顔、わかってるじゃねーか。

そう言ってにたりとする。

 

「俺はガンマンでも無かった。左手はオマケくらいにしか使えねぇ、せいぜい10m先のどてっ腹のみだ。9mmってのも老人には重いわな、32ACPがいいところだ。ホントは22くらい軽いほうがいんだが、はらぁ当たっても動くからな意味がさほど無い。今時32専用は少ないしな。もういらねーだろーが。」

そして老人は、ははは、と小さく笑う。

 

「ただな、歳とるといいことがある、老人はみな同じように見えるんだよ。これは助かる。今みたいに死にそうならば、特にもう違いなんざないねぇ。髪色さえ皆同じ白だ。ハンチングでもかぶってりゃ、目の色も見えにくい。

肌も、俺ら日本人は結構白くなりがちだ。家に篭ってりゃな。」

それから老人は、こんな西アジアでもこれだ、アフリカなんぞに帰ったら3日で死ねるね、病気で、と笑った。

 

アフリカに帰る、と言った。

少なくともひと現場は持ったことあるのだろう。少しでもあそこに慣れると、一つの故郷に思えるのだ。酷い環境の場所が多いが、なぜか、そう感じるようになる。

この老人も、最後にはあそこに帰りたいのだろうか。

当然だが、具体的な仕事の話はでなかった。

忘れた、老人なんでな。と言っていたが、俺も最初から訊くことはしていない。

また、仕事を自慢するとか誇るということも、今時点では一切していない。機械工が部品を削り出す仕事をし、一つ一つ自分が容認するモノを作り出していった、というような感じしか与えてこない。

今時、珍しい。本物だったのだろう。

 

「仕事を終えた後さっさと逃げ出せば、もうその土地は使えん。仕事を終えても一月くらいはのんびり過ごせばいいんだ。地元の連中と仲良くやってりゃ、あっという間だ。逆に去りにくくなるってもんさ。そうなったら去り時だ。

俺はどこでも地元民に混じらせてもらってやってきた。

ああ、でも、もう皆、先に逝っちまってるだろうなぁ、、、

やつらの子や孫が、いるんだろうな、、見てぇなぁ、、」

 

ああ、この人、、ここで終わるな、と俺は知った。

 

翌日は人と約束があったので遅くまで出ていた。帰ってきたのは深夜になったので、明日にしょうとその日は寝た。宿は夜は閉まる。夜警が扉の内側で寝ているので、外からノックして起こして開けてもらうのだ。

 

翌朝、下で朝食を取っているときに支配人が来た。

彼と一緒に老人の部屋に入った。

そこそこ長く滞在したようだ。つまり、病に勝てなかった。

そこで荼毘にできるというのでしてもらい、遺灰をひとつかみだけ残し、それ以外はそこでそこのやり方でやってもらった。

ひとつかみは袋に入れて貰った。

俺は昨日会った者に、少し遠回りして行くとことづけ、ナイロビまでの便を取る。直行便は無い。長距離バスのごとく数カ所に寄って最後にナイロビ。

 

まる一日以上かけ、懐かしいぼろい空港。

やはり、帰ってきた、との感じが強い。

ただ、無意識に窃盗にたいする警戒感が最大になる。

信じられないほど、いつの間に?!!と思うくらいなことをされるのだ。マジック級だ。

南米の様に強奪やホールドアップのような力のみではない。技?の併用で盗むのが多い。

 

中級ホテル以上に予約しておけばリムジンバスがあるが、まだまだボロいタクシーが多く待つ待合所に行き、ラテマロードまで行かせる。1500シルだと言う。酷いボッタクリではない。今回はタンブン(ある種のバクシーシ、お恵み)だと、容認した。

 

懐かしい安宿の受付に行くと、息子が居た。おっさんは?と聞くと、5年ほどまえに逝ったと。少しおっさんの話をしてから部屋を一つ取る。ドミでもよかった。他に日本人が幾人かいるというので、日本人のいるドミなら安全な可能性も幾分ある。ただ、見てみぬふりする日本人も多い昨今、昔ほど頼りがいは無いだろう。今日は遺灰もあるし、あの老人が最後に飲めなかった分、今晩は一緒に飲んでやろうと思った。

 

宿の並びのちっさな旅行エージェント。表のインバウンドツアーなどの張り紙がなければわからない。

サファリのツアーを頼む。単独の場合は、チャーターより多人数のツアーが安全だ。仕事でない時は、より安全を選ぶ。

帰りに通りの向かいの雑貨屋で小瓶の酒を2本買う。この街は酒を売る店は少ない。

 

翌朝早くにエージェント前で待つと、ワゴンが来る。安いツアーなのでトヨタだ。かなりよくなるとランドローバーの新しいのになったりする。

乗り込むと、ほどなく国道に出て爆走する。

 

ウトウトしている間に外には草原が広がっていた。丘陵なので地平線っぽいけど、どうなのだろう?

ケニヤ、ナイロビは1500mの高地にあると言う話だ。赤道近いのにそれほど暑くない。海べりの街に行くと熱いしマラリヤに罹りやすく、アフリカなんだなと感じるようになる。ケニヤ全体水不足だが、ナイロビなら体を拭くだけでどうにか済むので楽だ。水が欲しけりゃそれなりのホテルに泊まればいいだけ。

 

「二ツイガ!パレ!」「It’s a giraffe! over there!」思わずスワヒリで言い、英語で言い直すドライバー。

だが、視力がどれだけあるのか知らんケニア人の見えるモノを、ウエスタンの者達には大概肉眼では見えない。

わかっている白人は双眼鏡を出して探す。

ゲッツィット!、見つけたらしい。俺には見えない。

見える距離にはあまりいないのだ。

バブーン(大型猿)たちなら、朝キャンプ場に襲撃に来るが。テントだと完全に荒らされる。

 

カバのいる池の近くで、ドライバーが周囲の安全確認後、俺達を降ろした。

勝手に写真でも撮れ、というのだ。

俺はドライバーの許容範囲ギリギリの距離で、懐から袋を取り出し、灰を撒いた。そして酒の小瓶を出し、半分撒き、一口飲んでから、残りを撒いた。

帰ってきたんだ、成仏してくれな。

 

ドライバーは、そういうのを見たことがあるのか、、、

「じぇ、えうぇうぇにラフィーキ?」友人か?

「んでぃお」そうだ

掌で俺の背をぽんぽん、と叩いた。

 

その後、場所を移動し、見晴らしのいい所で火を熾し茶を沸かして昼。サンドイッチが配られた。それと沸かした紅茶。

それから数カ所見てからナイロビに戻った。

ドライバーにはチップを弾んだ。弔いとわかってるドライバーにケチケチ出来ない。貰ったドライバーも、今晩だけは少しはあの灰の者を弔う気持ちを持ってくれるのだ。

 

翌々日の便を予約し、翌日はドミトリーの日本人若者たちを連れて小さなカジノに行く。ホテルにある合法のだ。

そこで飲み食いし、子どもたちに少しばかりの小遣いをやり、遊ばせた。

これも、俺達式の弔いの一環。仲間がいないから、せめて同朋で。

若者たちはなぜそうしてくれるのか?と訝った。

「仲間の弔いだ」

と言うと、一部青年が少しわかったようだった。そういうのがあるのだろう、程度には。

遅くなっても男の集団を襲う者達はここにはめったにいない。なので宿へも20分程度の歩きでも問題なく帰れた。

 

翌日、昼には空港に入り、夕方の便に搭乗。

翌朝には元東欧の首都に着いた。

タクシーで、西アジアで会った者のやさに行く。やさを知るほどの仲。酷い仕事は回してこないはず。

今回は少し荒れている南の方の元東欧でチームの仕事。奴が自らリーダーを採る。だから俺が呼ばれた。

信頼できる者がNo2をしているかどうかで、自分が生き残る確率がぐんと上がる。俺にしても同様。

 

ーー

 

硝煙の匂いと砲と銃撃の音。

不思議にも、俺らは、将来のこと、老人になってからの事を考えない。そこまで生きたらラッキーだ、とでも根っこで思ってるのだろうか。

だから、俺はあの老人のようになるのか、ここで逝っちまうのか、どこかで逝っちまうのか、など考えない。

ましてや幸せな結婚?想像すら出来ない。

 

スコープを覗き、捉え、引き金を引く。

何度か行い、場所がバレたと思うちょい前に移動する。その勘が俺を生かす。

相棒も、他のメンバーも、まだ捉えられていない。優秀なのを集めたんだな。

一人でも見つかるような者がいれば、チームのレベルは一挙に下がる。

今回はマシだ。

 

普通の兵は普通に集まる。が、狙撃など特殊な者達は専用に雇われる場合が多い。単独だとそのまま居なくなってしまう(処分される)事もないこともないので、信用できる紹介でないと受けない。

だがチームだとそこら辺はかなり安全だ。

やつは相変わらず良い仕事を引っ張ってくる。

さて、これも弔いだ。せいぜい大きな戦果を手向けてやろう。

 

2021年5月24日公開

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