車から降りて、手荷物を取る。今日は白ワインを買ってみたので、これから一人ちびちび飲むのだ。車の鍵を閉めてキーを上着に突っ込んだ。空は夜の訪れを知らせるように東に星をチラつかせていた。
ふと車の鍵を閉めただろうかと、もう一度キーのボタンを押す。開いた音がした。再度閉めてからアパートの階段に向かった。金属製の階段は10段ほど上ればすぐ部屋に着くことができる。上りきって3部屋向こうがぼくの部屋だ。
そして一段目に足をかけたときに、ふと段差の隙間から一匹の猫の姿が目に付いた。階段下には子ども用の自転車が1台、大人用のものが2台停められており、 その隙間からこちらをじっと見ていたのだ。外灯の光でそれが黒猫だとわかる。赤い首輪をつけたそれは飼い主が着けてくれたのであろう。かつての鮮明な色は すっかり汚れて失っている。
すると、猫は自転車の前を通り、アパートの下へと続く通気口へと入っていった。普段は見ない猫なので、どこから来た のだろうと通気口を覗いてみる。そこには、女性がいた。正確にはかつて女性であったろうものがこちらを空虚の目で見ていた。髪は乱れ落ち、ああ、表現する のもおぞましい。その傍らに先ほどの猫の目だけがこちらを見ているのであった。
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