浅草橋銀杏岡八幡神社の奇跡

応募作品

大猫

小説

4,215文字

浅草橋の神社のぐうたらな神様と可愛いお稲荷さんの物語です。落語仕立で参ります。2021年1月合評会参加作品。

東京・浅草橋に銀杏岡八幡いちょうがおかはちまんという小さな神社がございます。かの八幡太郎源義家公の発願により勧請されたなかなか歴史あるお社でして、境内に植えられた立派な大銀杏が名前の由来です。祭神はもちろん八幡様で、銀杏八幡いちょうはちまん様と親しまれ別名を誉田別ほんだわけのみこと命と申し上げます。境内には此葉稲荷このはいなり神社もございまして、どちらもご霊験あらたかな有難い神様でございます。さて下世話ではございますが、二〇二一年の元旦、神様たちはどのようにお過ごしか本殿の奥をちょっと覗いてみましょう。

 

銀杏八幡様は鏡の下でぐうぐう寝ております。そこへ稲荷神社のお稲荷さんがやって来ました。三柱みはしらのご兄弟でして、上の兄さんはカンちゃん、妹のキンちゃん、そして一番下の弟はコンちゃんと申します。上の二柱ふたはしらはこんがりきつね色の立派なお稲荷さんですが、コンちゃんだけはまだ修行中のふわふわした子狐です。

 

カン「あーあ、八幡様ったらまだ寝てやがら。ゆうべ、除夜の鐘聞きながら鐘の分だけ飲むんだって、本当に百八杯開けちゃったもんね。神様が正月に仕事しないでいつ仕事すんだ」

キン「表で鈴の音がするよ。参拝客が来たんじゃない」

カン「八幡様、起きて下さいよ。今年の正月は頑張るんでしょ? 去年はコロナ禍とやらでひどいシケた年で、境内のラジオ体操も中止だし秋のお祭りも中止だし、賽銭やおみくじの入りも悪くってうちみたいな零細神社は火の車だから、ここは一つ、初詣にやってくる善男善女に霊験を顕しご利益を与え、八幡様の有難さを世に知らしめるんだって、気勢を上げてたじゃないですか」

八幡「ぐー、ぐー、すぴー、ふがっ! ぐぉー、ぐぉー」

キン「起きて、八幡様ったら。銀杏八幡様、誉田別命ったら、ホンダワケノミコト、おい、ホンダワケ、タワケ!」

八幡「こらっ、たわけとは何だ。ひとが寝てると思って好き放題言いやがって。ああ、ひでえ二日酔いだ。水くれ、水……ぐびっ、ぐびっ、ぐびっ」

カン「やっと起きましたね。ほら、参拝客が来ましたよ。名前は森下妙子、年は四十八歳。住所は東京都千代田区神田和泉町。お賽銭は五千円です」

八幡「ほう、豪気じゃねえか。で、願い事はなんだ?」

カン「一日も早い新型コロナウィルスの終息と争いのない平和な世界が訪れますように」

キン「えらく意識の高い人間だねえ。世界平和を祈られても、銀杏八幡うちの管轄はせいぜい三町四方だし。これでも他の寺社とバッティングしてんだから。疫病退散も専門外だよ。柳橋の石塚稲荷にでも行けばいいのに」

八幡「ま、金だけもらっておけ。ん? あの女、どっか患ってるようだぜ」

キン「そういえばなんだか顔色が悪いですね。お兄ちゃん、心眼でちょっと覗いてごらんなさい」

カン「はいはい、……うーん? 腹の中がなんだかボコボコしてるなあ。癌じゃないかな」

八幡「呑気に世界平和なんて祈ってるところ見ると、てめえの病気のことは知らねえんだろうぜ。カンよ、おみくじで知らせてやんな」

カン「はーいっ」

キン「おみくじでわざと凶を出して知らせてやるんですね。『大病あり。すぐ医者へ』、おやおや、青くなって出て行きましたよ。普段はぼんやりしてるけどこういう時はさすが八幡様ね」

八幡「おめえは一言多いんだよ」

カン「次のが来ました。男女の二人連れです」

キン「スーツと振袖のカップルね。美男美女でなかなかお似合いじゃないの。ま、振袖は友禅よ! 黒の生地に御所車と檜扇、帯は金襴の七宝紋。気合が入ってるわねえ」

カン「男は大島俊太郎三十四歳。住所は埼玉県川口市並木。お賽銭は十円。女は菊川美咲二十七歳。横浜市緑区。お賽銭は百円です」

八幡「ちっ、シケた連中だなあ」

キン「不倫カップルのようですね」

八幡「放っとけ」

キン「そりゃ二人が納得ずくなら放っときますが、女は知らないようです。男には女房と小さい子供が二人いますね。女と初詣に行ってるとも知らず健気に家で留守番してるじゃないの……野郎のニヤけ顔をごらんなさい。この後、連れ込み宿にしけこもうって料簡だよ」

八幡「けっ、神仏の前でふてえ野郎だ。おい、キン、何とかして来い」

キン「はーいっ」

そこでキンちゃん、体を一揺すりして小雀に化けると、飛んで行ってそっと男の肩に止まります。

 

大島俊太郎「何をお願いしたの?」

菊川美咲「うふふ、早く一緒に暮らせますようにって。俊ちゃんは?」

俊太郎「僕もだよ……今日は本当に綺麗だ。俺、もう我慢できない。ホテル行こ、ハアハア」

美咲 「今日はダメ。脱いだら着付けできないもの」

俊太郎「いいよ、着物は風呂敷に包んでさ、タクシーで帰ればいいじゃないか。送っていくからさ……ハアハア」

美咲 「えー、そんなあ」

 

そこへ胸ポケットのスマホがブーンと振動します。この男、着信相手によりバイブパターンを変えておりますから、身内からの電話だとすぐ分かります。もちろん無視を決め込みますが、親切なキンちゃんがそっと画面を一撫でしてあげました。キンちゃんはIT時代のお稲荷さんですから、スマホくらいは朝飯前です。ついでにスピーカーモードにして音量も全開にしてあげました。

 

スマホ「もしもし? 俊太郎? お母さんだよ。明けましておめでとう」

俊太郎「なんだ、おふくろ? 後でかけなおすから」

女房じゃなくてよかったとホッとしながら、スマホを手で覆いスピーカーを解除しようとするのですが、慌てているせいかうまく操作できません。おふくろさんは構わず喋り続けます。

スマホ「今、あんたんちに来てんのよ。正月から会社に行ったって言うじゃない。仕事熱心もいいけど正月くらいは女房に骨休めさせないとダメよ。子供たちも小さいんだから」

俊太郎、泡を食ってスマホの電源を切ろうとしますが、どうしたわけかスィッチが反応しません。

スマホ「え? るなちゃん、電話代わりたい? はいはい、どうぞ……(子供の声)パパ、お正月なのにお仕事お疲れ様。早く帰ってお雑煮食べようね」

さあ俊太郎、スマホを持った両手はブルブル、冷や汗ダラダラ、足はガクガクで頭はクラクラ。なんとか言い逃れしようと口を開いたところへ、振袖がひらりと宙を舞い、バッコーン! と、見事顔面にバッグが命中しました。

美咲「ばかやろうっ!」

尻もちをついた男に背を向けて女は駆け去りました。男は顔面血まみれで起き上がる気力もなく。キンちゃんはお社に戻ります。

 

カン「キンちゃんご苦労様」

キン「野郎の傷口に塩塗っときました」

八幡「ま、このくらいで勘弁してやるか。これしきの罪は屁でもねえ世の中になっちまったなあ。神の出番も少なくなるわけだ」

キン「ほらほら、神に愚痴は似合いませんよ。あ、また来た。住吉正一。六十三歳。住所不定。賽銭無し」

八幡「何だとお?」

カン「願い事は『ああ酒飲みてえ』……八幡様とおんなじだね」

八幡「うるせえ。こんな図々しい野郎には神罰下してやる!」

カン「でも、全財産百五十円、仕事無し、家無し。女房とは三十年前から音信不通。昨年は日雇い仕事もほとんどなくって、教会とか慈善団体の炊き出しで食い繋いでます。哀れじゃありませんか」

八幡「人間の業にまで手は出せねえよ。ま、酒でもふるまってやれ」

カン「はーいっ」

そこでカンちゃん、体を揺すって巫女さんに化けると男に近づきます。

カン「お参りご苦労様です。これはお正月の振舞物ですのでお持ちください」

言いながらお供えの一升瓶を男のリュックに無理やり突っ込みました。それからこれも振舞物ですと言って熱燗のワンカップを手渡します。ごましお頭の男はびっくりしつつもカップ酒を飲みました。

住吉「ああ、旨い。生き返ったようだよ。ありがとう、ありがとう」

いい気分になって立ち去る男の後姿を見送って、カンちゃんは戻ってきました。

 

そこへ新しい参拝客が訪れます。深川春奈。三十歳。お賽銭は五百円。台東区浅草橋。

キン「この人、ずいぶん長くお参りしてるわね」

八幡「マツジュンに会いたい、どうか会わしてくれってそればっかり祈ってるが、マツジュンて誰だ?」

コン「八幡様、知らないの? 嵐の松本潤だよ」

八幡「マツキヨなら知ってるがマツジュンなんて知らねえ。昔、松本良順て蘭方医がいたがそいつのことか?」

コン「それは幕末の医者だよ。八幡様ったら百五十年遅れてる、きゃははは!」

八幡「こらっ、コン、お前さっきから黙って見てるばっかりで、兄ちゃんや姉ちゃんにばかり働かして恥ずかしくねえのか?」

コン「だって、あたいはまだ修行中で……」

八幡「なら修行の成果を見してみろ。こいつの願い事を何とかしろ。賽銭五百円くれたんだからな。役立たずだったら叩き出してやるからそう思え」

カンとキン「コンちゃん、頑張って」

コン「ひー」

仕方がないのでコンちゃん、銀杏の枯葉を頭に乗せてぶるっと体を一揺すり。たちまち美男子に化けました。

八幡「おい尻尾が出てるぞ。口の周りのヒゲも」

コン「ヒゲは引っ込めたけど、まだ尻尾は隠せないよう」

そこでカンちゃんとキンちゃんが袴を履かせて尻尾を隠してやりました。黒い羽織を着るとどこからどう見ても紋付姿の松本潤です。そこでコンちゃん、得意げにそろりそろりと近づいて、春奈ちゃんと声を掛けます。

春奈「ひぇっ! ……え? え? 松潤? 夢?」

コン「松本潤です。八幡様のお導きで会いに来ました」

春奈ちゃん、驚くわ感激するわで涙ぽろぽろ鼻水ぐじゅぐじゅ。コンちゃんの松潤は参道脇のベンチへ連れて行って腰掛け、羽織の袖で涙を拭いてあげました。それから社務所から熱燗のカップ酒を持って来て、

コン「お正月だから乾杯しましょう」

びっくりしていた春奈ちゃんも、カップ酒を飲むうちに気持ちがほぐれたようで、バッグから紙包みを取り出しました。

春奈「あの、これ、人形町で買ってきた稲荷寿司です、よかったら食べて」

なんと稲荷寿司はコンちゃんの大好物です。あんまり大喜びしたものだから、さっき引っ込めた白いヒゲがにゅっと伸びてきます。

春奈「あら、おヒゲが」

コン「あわわっ、しまった」

慌ててヒゲを引っ込めると、代わりに頭から三角の耳が飛び出します。

春奈「あら、お耳が」

コン「あわわ、あわわ」

コンちゃん、慌てふためいて、羽織の裾から白い尻尾がぴょこん。

春奈「あら、尻尾が」

言うなり春奈は目を回して倒れてしまいました。

ここでコンちゃん一言、

コン「あら、尻尾! あら、しっぽ。嵐だけに、あらしっぽ」

お後がよろしいようで。

2021年1月15日公開

© 2021 大猫

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"浅草橋銀杏岡八幡神社の奇跡"へのコメント 13

  • ゲスト | 2021-01-20 19:27

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  • 投稿者 | 2021-01-21 06:51

    いいですねえ。こういうの。お正月というか、年始からこういうのいいですねえ。素敵ですねえ。滑らかで口当たりがいい感じ。

  • 投稿者 | 2021-01-21 21:51

    声に出して読みたくなりますね。リズミカルなライミングで。
    ストーリーも良くできてて面白い。

  • 投稿者 | 2021-01-23 21:02

    参拝客の具体的描写が今を映していて、神社と稲荷はそれらの現実を包摂する機能を有している気がします。という感想はどうでもよくて、もう一席促したくなる作品です。

  • 投稿者 | 2021-01-24 12:52

    平常運転でうまく書けているし、ほのぼの読める。松本潤に会いたがる女は、市川雷蔵に憧れて願掛けをする女が出てくる三島由紀夫の短編に重なった。

  • 投稿者 | 2021-01-24 14:13

    キン、コン、カンとキャラ分けが相変わらず上手くて読ませられます。不倫から松潤まで世相も網羅していて良いです。

  • 投稿者 | 2021-01-24 15:40

    子どもの頃、NHKの教育テレビでやっていた人形劇を観ているようでとても楽しい気持ちになりました。

  • 投稿者 | 2021-01-24 17:47

    ほのぼのキャラ文芸で良い感じでした。
    神社仏閣はこうでなくっちゃね(^^)

  • 投稿者 | 2021-01-24 23:59

    大猫さんはこういうの珍しいのでは。芸風にさらに幅が出ましたね。

  • 投稿者 | 2021-01-25 13:48

    上手いですねー。裏付けとなる知識も、文体もリズムもキャラ立ちも、ほぼパーフェクトだと思います。惜しむらくはオチにもう一捻りあったらなあと。

  • 編集者 | 2021-01-25 14:54

    俺がお参りしても俺の願いは叶いそうにないのであまりお参りと言うことをしない(今年の初詣は越谷レイクタウンに行った)のだが、読んでたら何だかお参りしても良いかなみたいな気分になってきた。ヨシ、俺も久しぶりに浅草橋に行って願掛けしよう。
    七生滅国!
    尽忠報賤!

  • 投稿者 | 2021-01-25 15:00

    ほのぼの新作落語ですね。八幡さんは人間味があって稲荷三兄弟もかわいくてキャラが立ってます。しかし川口市並木町に住んでいる男はふてぇ野郎だなあ、見つけたらとっちめておきます。

  • 投稿者 | 2021-01-25 18:05

    カンちゃんはしっかりものさんで偉いですねえ。キンちゃんは不埒者の狼藉は見逃しませんね。千葉の球団の行儀のいい若者たちのまったく手本にならないだらしない某ベテラン選手にも一発懲らしめてあげてください。コンちゃんはこれからきっと立派になるんですよ。今は咲くやこの花冬ごもりって感じで。春奈さんにはこの後、なんて言い訳するんでしょう。「モニタリングです」とか言って、うまいことお茶を濁すのか。八幡様は長いこと浅草橋に居ついて、すっかり江戸っ子気質になったようで。たいへん、面白く拝読いたしました。

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