絶滅者 16

hongoumasato

小説

2,472文字

父をリストラさせた実行部隊の一人、田端。
「ワタシ」は夜の路地裏で、そんな田端に日本刀を掲げる。
その刃は、青い電流を帯び、美しく怪しく光っていた。

母がなぜ一族にとって爆弾なのか。それはまだ知りたくなかった。

最後でいい。

それは藤堂一族抹殺の、起爆剤。

銀行の人事はマイナス査定。

ゆえに他人の粗探しを執拗に行え、冷酷に業務を遂行できる者が上にいく。

無論、学歴も問われる。低学歴なら、一生、兵隊としてこき使われる。

普段から他人の粗探しばかりしていた田端。

そんな彼に、リストラ作業はまさに天職だった。羽振りも良くなった。

その夜、田端は高給ソープランドで遊んだ。

商売女が、最後の晩餐。

楽しむがいい、最後の夜を。

店から出てくる田端。ワタシはステルスで、後を尾けた。

丁度いい路地を見つけた。ワタシは田端の襟首を掴み、路地の奥に放り投げた。

ドスンッ。

鈍い音を立てて、無様に転がる田端。

乱雑に捨てられた生ゴミ、酔っ払いの嘔吐物、すえた臭い。

田端がその生を終えるのに、最も相応しい場所。

状況が把握できず、ノソリと頭だけ起こして、目をキョロキョロさせる田端。

ワタシは姿を現した。

田端の視線がワタシを捉え、唖然となる。

「この小娘が俺を放り投げたのか? こんなガキが?」

ワタシを値踏みするように凝視する田端。

普段なら鳥肌が立つその卑しい視線にも、今は寛容になれる。

だって彼が最後に目にする生き物――それがワタシだから。

ワタシは静かに、田端に歩み寄った。

徐々に冷静さを取り戻した田端は、状況の把握に努めていた。

透視で、田端の心理を読み取る。

「(一昔前にあったオヤジ狩りかっ? ……よく見れば、華奢な小娘じゃねえか! 上等だ。大人の恐さを、たっぷり味合わせてやるよ)」

全く方向違いの認識。

どこまでも、愚かな男。

ワタシは日本刀だけステルスしている。

ワタシが武装していないと確信した田端は、大きな態度に出た。

「おい小娘! 小便臭いガキが何しやがる! 俺はお前みたいなクズとは違うんだ! 勉強を投げ出した根性無し如きが、最高学府を出た俺に暴力を振るう? 許されんぞ! いつかは国を背負って立つ、エリートなんだよ、俺は!」

本当は低学歴だろう――などと野暮な突っ込みは入れない。

喚きながら、田端の右手が鞄の中をまさぐる。

鞄の中で握っているのは――スタンガン。

田端はそれを常備している。用心深いからではない。

他人を信用できず、いつも他人を疑っているから。

田端は鞄の中で、スタンガンの電圧を「MAX」に設定した。

田端の顔が残忍さを帯びる。

涙ながらに命乞いする気は無いらしい。

されたところで、ワタシの気が変わることはないが。

田端が鞄に手を突っ込んだまま立ち上がる。

薄暗い路地裏で、狂った笑みを浮かべていた。

「(この小娘、ガキのくせにいい体してやがる。商売女の口直しにしてやるか)」

田端は棒立ちのまま、ワタシを待ち受けている。

無抵抗のフリをして、奇襲に出るつもりらしい。

手を伸ばせば届く距離になった。

田端が笑った。口が耳まで裂けそうだ。醜く卑しい笑み。

ワタシに見せつけるように、鞄からスタンガンを取り出す。

バチチチチッ!

強烈な青い稲妻が、端子間を走り抜ける。

それを見ても、表情一つ変えないワタシ。

「(ヤクでラリってて、恐怖も感じねえのか?)」

と呆れながら、不意にワタシの胸に、電圧MAXのスタンガンを押し付けた。

凄まじい電流が強烈な勢いで心臓を直撃し、体中を高圧の電流が大津波の如き勢いで駆け巡る。

なるほど。

これを食らえば、人間なら気絶どころか死亡すら有り得る。

こんな物騒なものが容易に手に入る社会。

スタンガンを長時間押し付けられた。

だが微動だにせず、田端の目を覗き込むワタシ。

田端は混乱していた。

慌ててスタンガンを離し、電圧を確認する。

さらにワタシにスタンガンを押し付ける。今度は下腹部。

それでも、微動だにしないワタシ。

ようやく、田端は異変を感じたようだ。

田端の足元から、ゆっくりと恐怖が這い上がっていく。

目を激しく泳がせ、頬をひきつらせ、遂には体中が震え出した。

彼はワタシを正視できず、スタンガンを必死で調整している。

それが唯一の命綱のように。

「(落ち着け、落ち着け! このスタンガンは裏サイトで購入した高給品なんだ。違法スレスレの電流を相手にお見舞いできるんだ! こんな小娘に効かないわけがない……ヤクで麻痺してるのか? いや、それでも心臓は正直だ。ぶっ倒れるはずだ……待てよ。防弾チョッキや防刃チョッキがあるなら、防電チョッキがあっても不思議じゃない! なら狙うは!)」

的外れで陳腐な発想。

田端が、ワタシの顔めがけてスタンガンを突き出す。

ー――お遊びはここまで。

スタンガンがワタシの顔に届く前に、田端の右手首を掴んだ。

田端の手からスタンガンが落ちる。

ワタシが田端の手首を、強烈に握り締めたから。

田端が悲鳴をあげる。

彼の手首の骨が、ミシミシと嫌な音を立て始める。

ワタシは徐々に、田端の手首を強く握っていった。

田端が必死で、空いている左手を振り回す。

ワタシはその手の平を掴み、一気に握りつぶした。

「グギャァーッ!」

田端の体が後ろにのけぞる。

激痛で気絶させてしまった。

田端を目覚めさせようと、スタンガンを拾った。

そして電圧を下げ、田端の胸に当てる。

ガクン! とブレる田端の体。

効果適面。

すぐに目覚める田端。

さすがは高級品。

全身を冷たい汗で濡らしながら、田端はまだ地獄が続いていることを知った。

これから、本当の地獄に行くのだが。

バキッ!

乾いた音。

田端の右手首内の、骨が死んだ音。

「ギャーッ!」

田端がまた体をのけぞらせる。

今度は気絶しなかったが。

田端が尻餅をついた。

目を剥き出し、呼吸は乱れ、バンカーらしからぬ頭髪と衣服の乱れ具合。

ワタシは、右手を背中に回した。日本刀のステルスを解く。

柄を掴み、ゆっくりと抜刀。

先程電流を流されたせいで、刃に青い稲妻が走っている。美しい。

その光に気付いた田端が、ゆっくりと頭上を見上げる。

自分を見下ろす少女。

その少女が、右手を横に真っ直ぐ伸ばしている。

その手に握られている、青い稲妻を放つ日本刀。

薄暗い闇の中、その青光りが田端の顔を鮮やかに照らす。

呆けたような顔をしている田端。

彼の死に顔に相応しい表情。

その首を、青い稲妻が一閃した。

2019年2月17日公開

© 2019 hongoumasato

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