五月のある晴れた午後、近所の公園のため池でスケッチをしていたらラップ男に出会った。ラップ男は常にラップを口ずさんでいるので一目ですぐに分かる。私は鉛筆を持った手を休め、通りすがりの人々に歌いかけるラップ男を観察した。色あせた虹色のTシャツを着た彼は、ひょろ長い体格をしていて周りより頭一つぬきんでて見える。日に焼けた顔は年齢が分かりにくいが、少なくとも三十は越えているだろう。
「……惰性で生きてくなんてだせぇ。弾けて自分のカラーを出せ。殻を破って一気呵成。勢い余って旭化成。ヘイヨー!」
「ママ、あの人なーに?」と、ラップ男を指さして幼児が母親に訊いた。
「見ちゃダメ! 知らんぷりしてなさい」
「うわっ、いい歳して中二病かよ。ヘイヨーとか、めっちゃださいんですけど」と、市内の中学校のジャージを着た少女が連れの女子生徒に言い、ゲラゲラと笑いながら歩き去った。
ラップ男は周囲から注がれる冷たい視線などいっこうに気にしていない様子である。満面の笑みを浮かべながら、まるでファンサービスに心を砕くスターのように一人一人に対して愛想よく振舞っている。彼がため池に近づいてきたのを見て、次は私の番かと息をのんだ。
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