その少女が浜に現れたのは三月のある夜ふけである。満月に照らされた砂浜を見渡し、誰もいないことを確かめる。ずっと昔、父に連れられて潮干狩りに来たことはあるものの、夜中に一人で来るのはこれがはじめてである。
少女は乾いた一角を見つけ、園芸用のショベルで砂を掘りはじめる。腕がひじまで入る穴ができあがると、リュックサックからビニール袋にくるんだ包みを両手で抱き寄せるように取り出して穴の底にそっと横たえる。
穴に再び砂を丁寧にかぶせ、冷たい海水で手を洗う。浜をあとにしたときになってはじめて、少女は顔じゅうが涙で濡れていることに気づく。穴を掘っているあいだずっと泣いていたらしい。体の内側では身を裂く痛みの残響がいつまでも尾を引いている。
そういえば前日の朝から何も食べていない。少女は袖で顔を拭い、道の先のコンビニに吸い寄せられるように入る。真っ先に目に入った五個入りのクリームパンを買い、店の前で空っぽの腹に詰め込む。柔らかいパン生地を噛みしめると、再び涙が目からあふれてくる。
「隣、いい?」
突然聞こえた声に少女はびくっとする。声の主は返事を待つことなく、少女の座る車止めに腰を下ろす。白い長袖のTシャツを着た見慣れない顔の少年である。手足は長いが、声変わりはしていない。同じ中学校の生徒ではないようである。
「何してるの?」弾むようなリズムのある声で彼が訊く。
「別に」
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