苦しみの無い川にさようなら

掌編競作「実際にかかったことのある病気」応募作品

ハギワラシンジ

小説

963文字

骨が軋み尿意を催す。僕とあなたの間にずっと流れ続ける。冷蔵庫のハイネケンは冷えてる。誰のものかは忘れた。今僕しかそれを飲む人はいない。

パス、スルー、タッチ。  クリア。  電車の改札をくぐるところから、僕のSanityは低下していく。正気を失っていく。この自動改札機は地獄の門のように僕を吸い込んで行く。

昨夜飲んだハイネケンと毎日食べてるラーメンとが、僕の骨たちを軋ませる。左のくるぶし、左手首、右人差し指の第二間接、果ては僕のミニマルな生活まで。この自動改札機は僕のスイカから幾ばくかの金を抜き取るだけでなく、僕の不摂生を余さずチェックする。

「ともだちできたの?」

と自動改札機は言うんだ。僕はそれに答える。

「なかよしこよし、って訳にはいかないんどけどね」

改札機は笑った。僕も笑った。

トイレにいって尿を出す。命を削りとるような石が出た。琥珀色のギターピックの形をしていた。僕はそれを口に含みサティスファクションを口ずさむ。売れ残ったミルフィーユの味がした。

僕の斜め後方から痛みがやってくる。背部であり、それは僕の穢れを濾過するところだ。でもそれは痛みというより、違和感。露骨な違和感が僕の大事なところで大きくなっていく。それは僕に正気を失わせる。露骨な違和感はとどまることを知らずに大きくなっていく。爆発かな。宇宙が人知れずに膨らんでいることに近い。ゆっくりと、その違和感を引き伸ばしていき、やがて空間は正気を失う。

僕は電車に乗る。尿意だ。すぐに催してくる。すぐに不安は沸いてくる。母は今どこにいるんだろう。

昨日飲んだハイネケンは誰のだったか。僕はがたごと揺られながら、ただ目を閉じる。あのハイネケンは…。安っぽい尿のような見た目をしている。それを口に含むと苦い安心感が僕を満たしてくれる。でもそれはわかっている。本当のことじゃない。

母さんは流れていった。僕の生活からいなくなった。今どこを漂っているのか、わからない。冷蔵庫には母に似た誰かが買ったハイネケンがある。それを僕はただ飲むしかない。骨が軋み、穢れを濾過できなくなっても。ハイネケンは無くならない。僕のなかに溜まっていく。そして濾過されずに尿となって僕と母さんの間に流れ続ける。 「食べ過ぎたらだめだよ」

電車から降りる。自動改札機が口を尖らせる。

「尖ったものをあまり摂りすぎないように」

「わかってるよ」

わかってるよ。大丈夫。心配ないよ。あなたこそ、もうぼろぼろにならないように。内側に、神を置いて、気を付けて。

2017年8月8日公開

© 2017 ハギワラシンジ

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