天使の夢

合評会2017年04月応募作品

Juan.B

小説

4,358文字

※合評会参加作品。

“友人”が見えていた少女サクラも成長するに連れ友人が見えなくなった。だが結婚し、不穏になる情勢の中で、ある日……。

~1~

 

小さい子供が“目に見えない友達”を作るのは良くあることだ。ただ、サクラは度が過ぎたようだ。9歳ごろまではサクラの両親は夢を大切にしようと言う心持でサクラの見えない友達の話に付き合ってやる事があった。だがそれに終わりが見えない。11歳になったばかりのある日、午後6時まで一人で“誰か”といる気分で公園で遊んでいたことがあった。帰りが遅いのを心配した母親が迎えに行きその異様な光景を見てから、それまでサクラの“妄想癖”をどうにか些細な事と見なそうとしていた両親はサクラの精神を具体的に心配するようになった。

 

「サクラ、もうね、あなたも小五なんだし、そろそろ……ねえ」

「……」

 

母のマサコは、夕食を終えた薄暗い食卓でサクラと向き合いながら、しかしどうもそれ以上掛けるべき言葉が思い浮かばない。昔の家庭観なら「いい加減にしな」と怒鳴って終えたかも知れないが、マサコは「近年の青少年は精神が危うい」と言う曖昧な知識をワイドショーか女性週刊誌か井戸端会議か何かで得ていた為、言葉を濁さざるを得なかった。そんな母をよそに、サクラは静かにアイスを食べる。

 

「ねえ、毎朝一緒のケイちゃんとかマイちゃんとか、ね、もうちゃんとしたお友達が学校でもいるんだし」

「うん、でも……」

「でも?何?」

 

その時、父のヨシキが帰ってきた。ヨシキは前以て電話で娘の様子を聞いており、暗い面持ちで横を通り抜けた。そしてリビングの中央でネクタイを外しながら、顔を合わせずに娘に話しかけた。

 

「サクラ、今日は早く寝なさい」

 

サクラが寝た後、マサコはソファに横たわり、ヨシキはパソコン前の椅子に座り缶ビールを飲みながら、困惑の言葉を交わした。先進性を働かせたつもりの両親により、数日後にサクラは児童心療内科に連れて行かれた。サンリオ製キャラクターシールがペタペタ貼られたパステルカラーの清潔な診察室で、医者は薄ら笑みを浮かべながらサクラに日常のどうでも良い様な質問をした。両親は医者から干渉しないように言われていたため、診察室の片隅で静かにしていたが、不思議にも時間が早く流れる気がする。

 

「じゃあサクラさん、お友達の絵を描いてくれるかな」

「うん」

 

差し出された紙と36色鉛筆を駆使し、サクラは天使の絵を描いた。医者はそれを見て依然笑みを浮かべながら、手元では凄い勢いでメモを取っていた。

 

「男の子?女の子?」

「さあ……」

「へえ、名前は?」

 

恥かしがるサクラは耳打ちで医者に伝えた。その後、サクラを外した席で、医者は両親と対面した。マサコは内心はっきりとした病名を求めていたが、医者は依然変わらない笑みを浮かべつつ答えた。

 

「感受性の強いお子さんですね、実生活に支障もないようですし、ご家族が広い心で受け止めてあげる事が大事だと思います」

「はあ」

「大丈夫、どんな子も自分の世界があり、いつかは忘れるものです」

 

~2~

 

中学に上がったサクラは、いつのまにか自分の世界を外的に晒す事が無くなり、両親を安心させた。だがサクラの世界は、近所の公園ではなくガラケーの彼方のインターネットに広がっている。サクラはIモード向けサイトにのめり込み、そこで自分の世界を綴り続けた。夜中、サクラは布団の中でサイトの日記に“光景”を書く。

 

【今日は窓の外にミカエルが来て嬉しかった】

 

その後、ランキングサイトを巡る。

 

【★★ココハ堕チタ天使ノ集ウトコロ……★★】

 

サクラは自分と似た人が大勢いる事を知り、不思議な気分も抱きつつ安心した。地域、中学、一日本人に囚われない世界があるのだ。夜な夜な小さな画面の中で巡る不思議な世界でサクラは名を上げ、“前世を共有する”とか言うネット上のささやかな友人も出来た。しかし高校受験が迫ると、もはや自分のサイトについての関心が絶えてしまった。後にはスマートフォンの普及によりサクラが利用していたサイトもガラケー向けサービスを終了し今は“廃墟”すら無い。医者が両親に予言したとおり、サクラは自分の世界から遅めに巣立った、はずだった。

 

~3~

 

「トモ、次はいつ帰れるの?」

『サクラ、ごめん……事情が事情なんだ、明日も……その後ちゃんと有給取るから待っててよ、な』

「そう……ねえ、そんなに酷いの?まさか戦争でも始まるんじゃないの?」

『ハハハ、確かに大変だが戦争なんか起きないさ……おっと時間だ、じゃあね』

 

夫のトモに電話しながら、サクラの目は液晶テレビに向いていた。

 

『嘉手納基地所属の米軍偵察機が中国領海付近で撃墜、北朝鮮主席を暗殺しようとした韓国軍特殊部隊員が拘束、さらに台湾と韓国に最新鋭イージス艦の貸与……台湾海峡の封鎖ももう12日目です』

 

通話を切りテレビを見つつ、サクラは溜息をついた。総合商社の東アジア向け部門に勤めている夫のトモはこの情勢により対応を迫られ、もう三日も帰っていない。

 

「ああ……すれ違いってこう言う事?」

 

ソファに横たわり、まだ手入れしていないロングヘアを流し、インスタントパスタを食べながら、サクラは中空を見つめた。この前もトモは家を長く空けたことがあった。それでも毎日電話をかけ、更に高級菓子や酒類セットなどを置いていくが、サクラはどうしてもそれに心の隙間埋めなど感じられなかった。まずサクラは酒をあまり飲まない。

 

『明日昼にはアメリカのスチムソン国防長官が来日し、3日間に渡り日米韓防衛閣僚会議が行われる模様です……さてCMです』

 

CMが始まった。エプロン姿の女優が画面のこちら側に向け叫んだ後、美味しそうにビールを示している。

 

『一人で飲むお酒より、あなたと飲むお酒が一番!』

 

サクラは視線を部屋の隅に移した。丁寧に包装されたワインが置かれている。

 

「私は逆な状況だけどね……」

 

酒に興味の無いサクラだが、何か急に引き付けられるものを感じた。人付き合いで酒を嗜む事は会ったが、一人で飲むことはない。しかし寂しさを紛らわせられるならと、サクラは一線越える気分になった。ホコリを被ったワイングラスを取り出し、つまみも何も無いままワインを注ぐ。ブドウ色のグラスに自分の顔がうつる。そして一口飲んだ。

 

「美味しい」

 

サクラは更に口を付け、気付くと飲み干していた。さらに注いでは飲む、注いでは飲む。ぎこちない飲み方のまま、一本飲んでしまった。サクラは内心高ぶる物を感じたがしかしそれは酔っ払いとは別の感覚に思えた。ソファに再び横になり、サクラは目を閉じた。

 

「……ミカエル!」

 

何故だろうか。天使のような存在がいる。ギリシャ彫刻の様な美貌の、金髪かつ白い肌をした男だ。ただ天使は両性具有らしいが、やはり男か?

 

「久しぶりだね」

「ミカエル、どうして!」

「サクラ、今君が私に会うのも大きな意味があるんだよ」

「ああ、ああ……!?」

「君が小さいときも、大きくなったときも……離れていた事にすら意味がある」

 

サクラは、自分が目を開けているのか閉じているのか分らなくなった。ただ、彼の声が聞こえる。

 

「なんで、今……」

「聞いてくれ、地球は危険な状況にあるんだ」

「……違う、違う、私のミカエルはそんな変な事……」

「サクラ、私のメッセージを聞いてくれ」

「や、や、私にはトモが……」

 

サクラは自分でも何を言っているのか分らなくなった。だが、目の前の天使に心が動転しそうで、つまり自分が霊的な不倫関係にある事をイメージした。ミカエルはサクラに迫った。

 

「私と君の出会い、あの公園、君の家、世界、全て守りたい、だが……」

「何を言ってるの……ミカエル」

「この世に義人が多いかどうかを示せなければ……君だけが世界の鍵だ」

「私だけが……」

 

“君だけが”と言う言葉が突き刺さった。

 

「それで、どうすれば良いの」

 

~4~

 

『厳重警備のスチムソン長官の車列に、監視カメラ等にも記録の無い謎の一般人女性が乱入する騒ぎもありましたが、会談自体は平穏に終わり……しかし長官は強硬な態度を崩さないまま、帰国の途に着きました』

『それでもやはり大方はパフォーマンスであり実力行使など起きないと言う見方ですが』

 

措置入院させられたサクラは病床でテレビを見ていた。先ほど両親が現れ、一通り非難したり心配したり良く分らない事を喚いていたがすぐに帰ってしまった。そして夫も駆け込んで来た。

 

「ハアッハアッ……サクラお前、なんて事をしたんだ、大変だぞ、もう」

「トモ……戦争……」

「戦争だなんてお前何言ってるんだ、起きる訳無いだろ……何であんな幼稚でバカな事をしたんだ」

「あなたには関係ない」

「え?……ん」

 

トモの裾を、看護師が首を振りつつ引っ張った。

 

「こちらでお話がありますので」

 

病室にはサクラだけが残った。サクラはそのまま入り口を見ると、消毒用アルコールが置かれていた。ヨロヨロと動き、消毒用アルコールのポンプを何度も押す。手がびしょびしょになる位に。そして手の平からミカエルが現れた。エアコンの室温管理センサーがやや上を向いた。

 

「アハハ、酒であなたが呼べるね……大人の夢は大体酒だから?」

 

だがミカエルは悲しそうな顔をしている。

 

「……私、頑張ったんだけど、ダメだった」

「……良いんだ、サクラ、君に罪は無い……ベッドに戻ろう」

 

サクラはベッドに戻り、ミカエルは傍らに立った。

 

「サクラ……結果がどうあれ、もうずっと一緒だよ」

「嬉しい」

 

その時、テレビの画面が急に切り替わった。

 

『速報です!アメリカ合衆国が中国に対し宣戦布告を……すでに……アメリカ西海岸、グアム……ああ!?横田基地からも核ミサイルが発射されているとの情報が……』

「まあ……でもあまり怖くないね」

「私が一緒だからね」

 

『中国政府は米日韓に対し報復措置として……』

 

テレビからは何度も緊急チャイムが鳴り響いた。だがもう何の役にも立たない。窓の外でもサイレンが響いているが、それより青空が綺麗だ。次の瞬間、遠くから閃光と轟音が迫った。

 

「暖かく、熱く、幸せ」

「さあ、手を握って……」

 

(終 3999字)

2017年3月28日公開

© 2017 Juan.B

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"天使の夢"へのコメント 4

  • ゲスト | 2017-04-23 15:14

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  • ゲスト | 2017-04-23 16:30

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  • 投稿者 | 2017-04-25 07:09

    読者に投げかけた疑問の数々が一切解決されることのないまま、あれよあれよと話が進んでいき、定番の結末に至る。スピード感があってよいと思う。描写が少なくて文章が無味乾燥と感じたが、ハードボイルドな文体を意識しているのだろう。

    ただ、テーマ「酒と不倫」のうち、不倫の扱いがきわめて弱い気がする。サクラは自分がミカエルと「霊的な不倫関係」にあることをイメージするが、あまりにも抽象的でそのイメージを読者が共有できない。例えば、体が疼くなど、サクラの身体的反応に関する描写がほしい。また、なぜミカエルと再会することで彼女が「私にはトモが……」と不在の夫に対して後ろめたさを感じるのか、もっと分かるように書いてほしい。

  • 編集長 | 2017-04-27 18:19

    ファンタジーという新境地に至った著者の冒険に拍手を送りたい。ただ、サクラの家庭生活の描写にやや硬さが残る。

    ミカエルを召喚するための酒が消毒用アルコールで代用可能だったというトリックも掌編としてはなかなかのものだ。

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