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Theピーズ

犬江目彦

Theピーズを貪るように聞いていた時期があり、しばらく聞かなくなり、この間久々にライブを見た。懐かしいなんて思わなかった。

小説

6,821文字

三十数年ぶりにTheピーズのライブに行った。

渋谷のクラブ・クアトロには若い客が多かった。客が年寄りばかりの他の古いミュージシャンとは違うと考えて、Theピーズは古いバンドなのかと思う。ずっと若いバンドの印象だったが、三十九周年だという。昔は十年もやっていればベテランだった。もう十分過ぎるくらいに古いバンドだ。

どの場所で見るか迷う。人が密集するステージ近くはきっと若者ばかりだ。しかし遠目から傍観者のように眺めるのも物足りない。人の隙間を無理なく通り抜けていけるだけ前に出て、フロアの中央辺りに位置取った。周囲には若くない人も少しはいてちょっと落ち着く。

最後に見たライブを思い出す。二人だけで登場してハルが「デブがやめちまった!」と叫んだ。ドラムのウガンダの姿はなかった。二人だけの演奏は、もたつき気味のドラムが無い分ベースのドライブ感とギターのシャープさが際立っていた。会場の最後方に移動し壁に寄りかかって見ながら寂しい演奏だと思った。数年後にアビさんも辞めてハル一人になり別の二人を加えて素晴らしいアルバムを出した。生活の一部のように聞いたのはそこまでだった。その頃は何を聞いていたのだろう。暴力温泉芸者か、割礼か。

人が増えてきて少し前に押される。後方が詰まってきたので一歩前に移動をとアナウンスが流れて一歩前に動く。あと一歩とアナウンスが続き、もう一歩、もう少しと言われて気付いたらステージ前の密集地帯にいた。周りは若者ばかりで年配者は見当たらない。移動しようと後ろを振り返ると、後ろの若者たちが変なものを見るような目で俺を見た。この連中を突破して後ろに行くべきか。迷っているとメンバーが出てきて歓声が上がり、一旦は諦めることにする。

ステージのハルもアビさんも驚くほど変わっていない。しかしハルはベースではなくギターを持っていた。ウガンダっぽい見た目のベースがいて四人組になっている。

「手おくれか」

懐かしいイントロに気分が上がる。若い客たちは飛び跳ねる。押されてふらつきながら一緒に口ずさもうとしたが。何か違うと思って動きを止めた。音が小さい。テンポが速い。ドラムの切れが良過ぎる。

 

カン違いのクソ夜を/わざわざくりかえし/とりのこされたカスだ/もういーやこんままだずっと

きれいな目をしてた/びびってオラ逃げたのさ/ひとりぼっちかもう戻らないか

 

手おくれになって逃げてどうしようもなくなるという悲しい歌なのに若い連中は乗り乗りだ。サビで多くの客がピストルみたいに指を立てて手を上げる。昔はこんなのなかった。かも。よく覚えていないがあったとしてもやってない。

知ってる曲、知らない曲、聞いたかもしれないがよく知らない曲が続く。アビさんのギターは相変わらずの名人芸だが圧倒的に音が小さい。エレキギターってのは歌が聞こえないくらいに音を上げるもんだろ。ハルのギターはしゃびしゃびして安っぽい音で、こっちばかりが耳に残る。ギターは一本でいいのに。

タテ乗りの激しい曲になる。知らない曲だ。なのに客どもはピョンピョンと跳ね出す。じっとしていると押し潰されそうで跳ね返すために仕方なく俺も跳ねた。しかし気持ちが入っていないから体は浮かず軽いスクワットみたいになる。左から誰かに小突くように押された。見ると三十代くらいのメガネをして地味な女が俺を見ている。俺の体が触れたというのか。しかしお前には触れてはない。周囲が跳ねる中、女と俺は動かずに睨み合う。

電車のドア付近で降りる客を避けて端に立っている時にあからさまにぶつかっていく奴がいる。空間的には邪魔ではない筈なのに心情的に邪魔ということか。この地味メガネ女にとって俺は心情的に邪魔なのか。人の動きに押されてよろめくが、左の女にだけはぶつからないように足を踏ん張る。何人かがごつごつと当たっていき、俺は意地になってもっと踏ん張る。この場所で一人だけ不要な存在になった気になる。

小学生の時、学校帰りに転校生をからかって肥溜めの糞を棒につけて追い回した。そこまでやる気はなかったが皆が囃し立て流れでそうなった。棒を近づけると転校生が必死に逃げ、皆が笑ってもっとやれと煽った。盛り上げようと棒を転校生に近づけたらランドセルに触れた。転校生が大声で泣き出した。皆の笑顔が固まり一斉に俺を見た。俺のせいだというのだろう。そうだよ。だけどお前たちも喜んで囃し立てたじゃないか。しかし余計惨めになるだけから何も言わなかった。こうやって俺だけが悪いことになる。あの時もあの時もそうだった。今もそうか。ちょっと違うか。わからない、ゴメン。

 

「脳みそ」

脳みそがジャマだ/取っちまいたい

見える物だけが全てでいんだ/見えねえ物まで考えるもんか

 

こういう曲でやけ気味に乗るのはいい。俺もちょっと体を動かす。

貪るようにTheピーズを聞いた時期があった。ふらふらする心を固定させたら終わる気がして、ふらふらしているために聞いた。これから先のことや年を重ねていくことや、何も考えたくなかった。何を前にしてもへらへらと笑って先送りにした。隙を見つけて逃げ出した。誰も追ってこなかった。俺がどうなろうと誰も気にしない。しかし逃げることは疚しくて、それでもいいだろと思うためにTheピーズを聞いた。

 

「いいコになんかなるなよ」

いいコになんかなるなよ/頑張ったって無理だよ/変わろうったって無理だ

 

「実験4号」

飲んでりゃ昨日も見えるだろう/明日が行き止まり

 

知った曲が続く。ハルはもう六十だ。明日が見えないけどでもまあいいかという歌を今歌うのはどんな気分だろう。今歯見えなかった明日で何だかんだで生き残ってしまっている。本当は分かっていた。六十になったら禿げてすぐに体を痛めて思慮深くなってアホな若者をたしなめたりしておっさんというより爺さんで、だから考えたくなかった。でも実際はそうはなってなくてよかったとほっとしている。だからTheピーズをまた見る気になったのか。十代の頃に聞いた音楽は今も好きで考えることは当時とあまり変わらず、それでよかったと思ってないか。でも本当は年を取る覚悟が出来ず気持ちが追いついていないだけで、傍から見たら十分に爺さんになってるんじゃないのか。

 

「君は僕を好きかい」

友人に車とサーフボードを借りて、この曲を聞きながら海に行った。波に乗ろうとしては倒れ、疲れてボードにうつ伏せで海を漂った。明日は見えないのに太陽はぎらぎらして背中が焼けるようで、このままどこかに流されるのもいいと思った。気付いたら太陽は雲に隠れ波が高くなり沖に流されていた。浜辺に戻ろうと水を掻いた。しかし上下に揺れて思うように進まない。ひと際高い波が来てボードが引っ繰り返った。体が水中に沈んで何回転もして海水を飲んだ。死ぬかと思った。必死で手足を動かして何とか水面に顔が上がった。ボードはどこにも見えなかった。浜に向かって波にのまれながら泳いだ。水中にいくつもの白いものがあり人の手のように見えた。死者が人を掴んで海に引き摺りこむという怪談を思い出して必死に泳いだ。何回も駄目だと思いその度に更に必死になり、何とか浜に辿り付いた。歩くのもやっとで濡れたまま車に乗った。道はひどい渋滞だった。Theピーズの曲はしっくりこなくてラジオをつけた。暴力温泉芸者が流れていた。というのは嘘で町田町蔵だったかもしれない。どんな音楽だったか覚えていない。Theピーズでなければ何でもよかった。埃っぽく汚い国道は酷い渋滞だった。俺は死ぬかもしれなかったのに道路は当たり前のように渋滞し、どの車も従順にのろのろと走っている。銃を持っていたらこういう時に乱射するのかもしれないと思い、そんなことはしないとすぐに考え直した。

曲の合間にハルとアビさんがじゃれあうように会話して客が笑う。後を見ると誰も穏やかな顔だ。この隙に後ろに移動する。ステージ前より人の密度は低く年齢層は高くてドリンクを手にしている人が多い。ドリンクチケットを何に交換するか少し迷ってビールを頼む。ビールは久しく飲んでいない。三口飲んだらもう十分な気になって近くのテーブルに置く。

テーブルには二人の中年男がいる。ダメだという声が聞こえてびくっとする。聞くと俺のことではなかった。あの人は分かってない、そこは曲げてはいけない。でもコーアンが・・・。公安?原発、デモといった言葉も聞こえる中に、入院した時、エリック・ドルフィがなどとも話し、時折言葉を止めてステージに目をやる。

これがロックを能動的に聞いてきたおっさんの正しい年の取り方か。昔はロックを聞いていたおっさんは四十代までで、それ以上年取ったおっさんの楽しみと言えば、パチンコかストリップだと思っていた。

昔友人とストリップ劇場を見に行った。煙草臭くて湿っぽい中で裸の女が踊っていた。リングアナのようなアナウンスが流れて女がポーズを決め、客のおっさんたちが掛け声を上げる。撮影の時間とアナウンスが言い、おっさんがポラロイドで女の写真を撮る。女が場所を変え、アナウンス、ポーズ、掛け声、ポラロイド。期待していた秘密めいた艶めかしい雰囲気と全く違う。女が入れ替わりまた同じことが繰り返された後、サービスタイムと言って女たちがステージから降りてくる。女は客席を歩きおっさんの前で胸を突き出す。おっさんが嬉しそうに胸を触った。友人が前に行こうと一緒に言って前に移動した。少し年増の女が近付いてきて俺の前に立った。女が笑ったように見え、俺の手は自然に動いて胸に近付いていた。女が怒ったような顔になり俺を見た。俺は慌てて手を引っ込めた。

公安を気にするよりも、ストリッパーをポラロイドで取る方があり得た年の取り方だったか。しかしどちらにもなっていない。代わりにライブハウスで知らない地味なメガネ女に小突かれている。この方が想像できた将来かもしれない。

後半戦だぜと言ってハルとアビさんだけの演奏になった。二人だけになるとハルのギターのしゃびしゃびさが際立つ。エフェクターを踏んで少し音が歪むが変わらない。知らない曲が続く。本当は知っているのかもしれない。もうよくわからない。他の二人が戻り、ハルがしゃびしゃびの音のままはっきりしないイントロを弾き出し、三人がだらだらした感じでついていく。

 

「どっかにいこー」

君はなんだって/君はなんだって/あんな奴といるの/こっちにかえなよ

頭冷やして考えてみ/あいつはいい奴だ/君にはあわないよ

 

この感じだ。本当に貪るように聞いて、こんな風にダメな感じが気持ちいいと思っていた。

 

もうダメだって言えば/せーせーするよ

あーもう君としみじみする/奴なんか/どこにもいないのさ

 

しみじみしてくる。ここ数年で一番のしみじみ、いや三十年ぶりのしみじみだ。曲が終わって小さくイエーッと声を上げた。拍手は他の曲より小さかった。悲しい曲で飛び跳ねる奴らにはこの曲は必要ないのだろう。俺を小突いた女はどんな顔で聞いていたのかと思っていたら、その女が目の前を横切った。手にドリンクを持っている。女はすぐに人に隠れて見えなくなった。

ドリンクを買っていて聞いていなかったかもしれない。追いかけて小突いてやろうかと思ったがそんな大人気ないことはしない。テーブルに置いたビールのプラスチックのコップを手に取り、女が消えた辺りに上方に投げた。つめてえっと声が上がる。小学生の時に気に入らない上級生にバケツの水をかけたことを思い出した。びっくりする奴らを見て俺はけけっと笑い、走って逃げた。逃げるのは得意だった。公安の話をしていた中年二人が俺を見ている。その顔を見返す。一人が無言でビールを差し出しもう一人も続く。軽く礼をしてコップを二つ続けて前方に投げる。客席からわっと声が上がって少しざわめく。二人が俺に向かって微笑み、俺は周囲を気にしながら笑い返す。

 

「ドロ舟」

タフなドロ舟/答えは必要ねー/ドロ沼に沈む/ドロ舟で笑う

 

今の気分にぴったりな曲を聞きながら会場を出た。入り口の張り紙に「ピーズ」と書か

れていた。「The」が付いていない。チケットを見たらこちらも「ピーズ」となっている。

知らないうちにTheが取れてバンド名が変わっている。そういうことか。分かった気が

して、エレベーターを使わずに六階から階段で降りた。

同じでいられなくなったから名前を変えた。誠実なんだろう。多少の違和感があっても昔の歌をただ懐かしむだけじゃなく歌えて、その一部は昔のファンの心にも引っ掛かる。若い客も増え平日の夜に六百数十人が聞きに来る。十分じゃないか。階段を降りた一階は安い服を売る店だった。今も昔も俺は安い服を着ている。そのくらいは昔と同じであればいいか。

 

「クズんなってGO」

黄色っぽい映画を見て/なんだかとても酔っている

バカバカしい 涙も出ない/まってたけれど こなかったけど

それならそれでいい いい

朝んなってもう/どうでもよかった/朝んなってもう眠い

クズんなってGO/ヤケんなるチャンス/クズんなってGO いそげ

うすべったい じいさんが/さっきからずっと 酔っている

めんどくさくて 酔っている

 

口ずさみながら歩く。クズんなってGO。そんな気分だ。やっぱTheピーズはしみる。めんどくさくてしみる。またライブに行こうか。その時は新しいアルバムを聞いて曲を覚えておこう。でもめんどうくさい。まあ今度考えよう。

 

そうじゃないだろう。

電車の中で気付いたら小さな声でぶつぶつと呟いていた。分かった気になってんじゃねえ。ロックは年寄りの慰み物になっている。時代に抗い続けることが出来なくて、やろうとしても似合わなくて、かつて自分を支えたものを頼りにしているだけだ。もう気力も覚悟もない。降りていく客どもが俺にぶつかっていく。俺はここにはそぐわないし奴らにとって俺は邪魔な存在だ。

電車を降りて国道沿いを歩く。国道沿いはいつも薄汚く埃っぽい。道沿いの古い商店のシャッターは昼も夜もずっと閉まったままだ。不愉快だ。後方から来る車のライトが宙を舞う埃を照らし、威嚇するようにスピードを上げて通り過ぎた。俺の心は更にすさんでいった。

玩具店の錆びたシャッターの前に老いた犬が鎖に繋がれて伏せていた。ぐったりとして死んでいるように見える。犬が少し顔を動かして面倒臭そうに俺を見た。顔を戻しかけたが、何かに気付いたように突然体を起こして吠えた。思わず数歩後ろに下がり、横断歩道に足が出かけ、車のライトが俺を照らしクラクションが鳴った。犬は俺に向かって吠え続ける。皮膚が垂れ下がって足は震え、吠えると反動で体がよろめく。しかしやめない。俺は犬に近付いて足を上げた。犬は後ずさりながら吠え続けた。

甲高い犬の鳴き声がどこからか聞こえてきた。反対側の歩道に白い小型犬が見えた。飼い主がリードを引っ張っても動こうとせず、こちらに向かって吠えている。俺が見ているのに気付いて小型犬は吠えるのを止めた。老人も俺を見て、その隙に犬が走り出した。リードが老人の手を離れ犬は車道に飛び出した。犬は車の間を縫って走り、こちら側の車線に入った。強いライトが道路を照らした。大型トラックが轟音を響かせて走ってくる。犬が立ち止まってトラックに首を向けた。犬の姿が白い光の中に浮かび上がり、ライトが強く輝いて犬は光と一体化して見えなくなった。

轟音と共にトラックが通り過ぎた。道路に犬の姿はなかった。走り去るトラックの後部車輪に白い綿ゴミが絡みついていた。綿ゴミは車輪と一緒にくるくる回り、やがて見えなくなった。

老犬が後ろで吠えている。ひと声吠えてはよろめいて何かを飲み込むようにして体を引き攣らせる。どうやら犬どもは俺を嫌っているらしい。俺は犬にも邪魔に思われている。埃っぽい国道と無神経な車と無力で憐れな犬ども。俺はさっきより不愉快になる。そしてちょっと面白くなった。

道路に唾を吐いた。小さな染みが道路に出来て車の車輪がその上を通り過ぎていった。もう一度唾を吐こうと体を乗り出した俺を車のライトが照らした。クラクションが鳴り白いアウディが走って来る。アウディはスピードを上げて俺の横を通り過ぎようとし、そこに向けて唾を吐いた。運転手がこちらを見て唾がべっとりと窓に貼り付く。ブレーキが軋む音が響いてアウディが少し先で停止した。後ろの車もブレーキをかけてアウディに追突した。アウディのドアが開くのを見て俺は反対方向に走り出した。けけっ。思わず笑い声が漏れる。男の怒鳴り声がする。追いかけてくるだろうが細い路地に入り込んで撒いてやる。不愉快だ。楽しいくらい不愉快だ。

© 2026 犬江目彦 ( 2026年8月16日公開

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