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一粒の麥

破滅派25号「児童文学」応募作品

鷹枕可

戦争は知らない筈だったのに、誰も、彼も。<対象年齢:15歳以下>

タグ: #破滅派25号「児童文学」

詩

1,425文字

 

そんな處で呆けてゐたつて
何も始まりやしないやう、

 

之は俺の夢ぢやあなくつて
お前の往く夢なんだから、

六畳一間のアパートの、
流しに向ひ嘔吐した、銀河さらさら、星の砂、
誰彼も殴り附けたい氣分だ、

 

一番星の天文館、
暗闇の鐵骨の籠、
きりきり痛む冠の、鐡輪箍ぬる有刺鐡線、
今數限りなき洗面器の洗禮に
うやうやしく頭を垂れる一億のキリスト!

 

あなたは誰を信じましたか、
あなたは誰を裏切りましたか、

知らないよ、
俺が聞きたいのは
あの壁ヶ丘新興住宅地の
天辺に吊られている白熱電球が、
如何やら切れかかっているから、
朝から昼まで
日照時間がでたらめに爲って
直に
日食観測隊の望遠鏡が
俺の目玉に取って換わるんじゃあないかって、
おちおち眠れやしないんだよう、
もう四十日も寝てはいないんだから、

 

ロプヒノールにカロナール、ソルビデムやコカコーラ、
大家の薬箱にはヒロポンなんて、なつかしい包み箱もあったっけ、

 

天に坐しますわれらが主よ、
此の一錠に天國を見せて賜り給え、

 

アーメン。

 

暫しの艱難
地の災禍、
地獄の釜を忘却させ給え。

 

近頃じゃあ、東京人の溶解したアパートを、
東京の名水として一瓶500ml定価80円の透明な無添加清涼水として
セブン・イレブン
ローソン
ファミリー・マート
その他各コンビニエンスストアの自動販売機にて
格納販売しているらしいじゃあないか

 

その名「あなたに愛と眞實を届けます」

 

ばーかばかしい、
愛や眞實が
血みどろの事件にならなかったことなんて
たった一件でもあって?

 

此の社會の問題といったら
後から先まで
際限がないものだから
直視しない爲には

 

天國行の煙草か
地獄行の痴情のほかに
忘れ呆ける此の世の憂さが
見当らないんだから、

 

アーメン。

 

NHKアーカイブス
2026年日曜の更新録画の中、
退屈な聖歌隊の少年の胸に、ベツレヘムの鉤十字が掛っている、

 

此の世の天國、
戦争に、刈り取られゆく一本の麦、

 

お願いだよ、一デナリ分の小麦粉を分けてくれよ
明日どころか、
今日の糧にも困ってるんだ、
だからさ、此の見事な錦繍の袷の水の上の鶴を買ってお呉れよ
おふくろの形見なんだ、
それを替えて呉れっていってんだ、

 

畜生、吝嗇!

 

誰も俺なんて見えちゃいない
そう、俺は透明に蒸発した東京のアパートの一室なんだ、
そう、
アパートの壁が天國への近道だって、
アナウンサーさんも言ってたっけ、

 

思うんだ、
此の壁の向こうが一面の小麦畑で、
ひょっとしたら
其処に逃れる術はないかしらって、
俺にも赤紙が來たよ、
丸坊主の馬鈴薯の
軍事豫科練の
前哨兵!

 

畜生
畜生、
お國の爲に死んだって、
天國なんか往けるものかよ、
死んでたまるか
大本営のばかやろう、
天皇陛下のばかやろう、
ばかやろう、

 

黙ってないで、何か言っておくれよ、

 

此れは俺の夢じゃあなくって
お前の往く夢なんだから、

 

ああ、
怠い、
もう
何日兵糧にあり付いてないだろう、
皆黙りこくって
軍服と兵帽の下で
馬鈴薯の骨みたいになっちまって、
こうやって
足許を
ずらりと蟻が這っているのを、
ぼんやりと眺めている裡に
もう十年か
百年でも経っちまった様な氣がするよ、

 

ああ、
もう
暑くも、
寒くもないや

 

せめて
死ぬ前に
天國の煙草、喫いたいなあ、

© 2026 鷹枕可 ( 2026年9月27日公開 )

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