ジャングルジムの公園のうらの森を1人でたんけんしたのが良くなかった。道にまよってしまったらしい。
夕方になって、あたりはだんだん暗くなってくる。
森の中を歩いていると、同じところを何度もぐるぐる回っていることに気がついた。
こういうときは、むやみに歩き回らない方がいいんだって、何かの本で読んだ気がする。足もだいぶつかれてる。だからそばにあった大きな木の根元に、ぼくはこしをおろす。
少しうとうとして、気がつくと茶色いサルがぼくの前に立っている。すわっているぼくと、背の高さがほとんど変わらない。目がまん丸だ。
いきなりサルが言う。
「おいらさるきちだよ。ねえ、おいらと体を取り替えてみないかい?」
「いやだ」とぼくは答える。
「さるきちの体は、すごく動きやすいんだよ」
「ふうん」
「どんな高い木にだって、すいすい登れるんだよ」
ぼくは考える。ぼくは夢を見ているんじゃないだろうか。だってサルに話しかけられているんだし。そんならOKもありかな。
「いいよ」とぼくは答える。
「じゃ、口を大きく開けて」とさるきちが言う。
ぼくはそうする。
するとさるきちもぼくに向かって口を大きくあける。丸い目が見開かれる。2本のきばが見える。
さるきちの口から白くてふわふわしたものが出てきて、ぼくの口の中に入る。代わりに、ぼくの口から白くてふわふわしたものが出て行って、さるきちの口の中へと入っていく。
少しあたまがくらくらする。
気がつくと、立っているぼくの目の前、木の根元にこしを下ろしているぼくがいる。ぼくとさるきちの中身は入れかわったようだ。ぼくの体になったさるきちは木の根元から立ち上がって、ぼくに手をふって、そのまますたすた歩いてどこかに行ってしまう。
さるきちの体はとてもかるくて動きやすい。ぼくは木に登って、枝から枝へとジャンプする。ちょっと体がかゆいのは、のみがついているせいだろう。でもそんなことも気にならないくらい、さるきちの体はとにかく森の中での遊びにぴったりで、むちゃくちゃ楽しい。
しばらく時間を忘れて遊んでいるうちに、ふと心配になる。さるきちの体のままでは家に帰れない。パパとママはおどろいて、家に入れてくれないかもしれない。
「おーい、さるきち」ぼくは大きな声で呼ぶ。
返事はない。どうしよう。しかたなくぼくは森の中をうろうろする。
やがてすっかり夜になる。ねむくなったぼくは木に登って、そこでねむる。
「おーい」と呼ぶ声がする。
気がついたら朝になっている。木の上から見おろすと、下にぼくが、いや、そうじゃなくて、ぼくの体になったさるきちがいる。
「おはよう」とさるきちが言う。ぼくは心の底からほっとする。
「おはようさるきち。体を元にもどしてよ」
「いいよ。じゃんけんしよう」
「じゃんけん? 勝ったら元にもどしてくれるの?」
「うん。1回勝負だよ」
「わかった」
「さいしょはグー、じゃんけんぽん」
ぼくはチョキ。さるきちはパー。あっさりとぼくの勝ち。
きのうと同じように、向かい合って口をあける。
おたがいの口から出てきた白いふわふわが、おたがいの体にもどっていく。
そうやって、ぼくらは元どおりの体になる。
さるきちはぼくに正しい帰り道を教えてくれる。おかげでぼくは森を出て、ぶじ家に帰ることができる。
パパとママは目をまるくしておどろく。
「さっくん、今までどこ行ってたの?」
ママはそう言って、ぼくをだきしめて、鼻をすする。
「公園の後ろの森」ぼくは答える。
「きのう帰って来なかったから、けいさつにさがしてもらってたんだよ」とパパが言う。
「さるきちと体を取りかえてたから、帰れなかったんだ」
「さるきち?」
「サルだよ」
「そうだったの」ママはそう言ってまた泣きながら、ちょっと笑う。
「すっごく木登りしやすくて、めっちゃ楽しかったんだよ」
「そう。よかったね」
「じゃんけんでさるきちに勝って、体を元にもどしたんだよ」
ぼくがそう言うと、パパとママはうんうんとうなずいて、それから顔を見合わせる。
「さとしを病院に連れて行かないと」とパパが言う。
「そうね」とママもうなずく。
「何かショックをうけて、こんらんしてるのかも」とパパが言う。
ふと思う。あの時、さるきちとのじゃんけんで、ぼくがグーを出していたらどうなったんだろう。さるきちの体のままでは家に帰れない。学校にも行けない。そしたら、ぼくは森にくらすことになる。じゃ、ぼくの体になったさるきちは? そのまま森でくらせるのかな。いや、ぼくと入れかわりに森を出ていくことになるんじゃないかな。森を出たさるきちは? それはぼくの家に帰ってくらすしかないだろう。だって見た目がぼくなんだから。
だいたい、体を取りかえようってさるきちに言われたときに、どうしてあんなにかんたんにOKしちゃったんだろう。
いや、そもそもさるきちって何で人間のことばをしゃべれるんだろう。
何もかもへんだ。今までへんだと思っていなかったぼくが、いちばんへんだ。
ぶるぶると体がふるえてくる。あれ、そういえばぼくは本当はグーを出したんじゃなかったっけ?
ぼくは本当に元にもどったんだろうか?
ぼくは本当にぼくなんだろうか?
ひょっとしたら、今ここにいるこのぼくはさるきちで、本当のぼくは、まださるきちの体のまま、森で遊んでいるんじゃないだろうか。
パパとママに病院につれていかれて、さるきちだってばれたら、家を出ていかなきゃならなくなるかもしれない。
「病院には行かないよ。ぜったい」とぼくは言う。
「大丈夫。ちょっとけんさするだけだから」とパパとママがにっこりしながら声をそろえて言う。
「病院なんて大きらいだよ」と、さるきちのぼくは目を見開いて言う。
パパとママがしんぱいそうに、また顔を見合わせる。
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