長い長いリハビリが始まる。
医療の発展と里崎研究所による援助のおかげで、ぼろぼろになった身体のリハビリはとても順調だ。損傷部位の復元にはぼくの体細胞から培養したコラーゲンがふんだんに使われ、動かさないために固まった組織は、伸展度を管理しながら動かす装置によって、すぐに可動域が広がっていく。変な風に癒着してしまった部位も、無血手術で丁寧に剥がされていく。こうしたリハビリはすべて麻酔なしだけれど、それもこれも、八年間眠りっぱなしだった神経の伝達ネットワークを刺激する必要かららしい。とはいえ、ぼくは痛みに耐え切れず、ピーピー泣いてしまう。
「がんばって、探索者!」
アロロロ! いったい、これまで誰かがぼくを励ましてくれたことなんて、あっただろうか? ぼくはとてつもない痛みに耐えながら、少しずつ回復していく。一ヶ月もする頃、ぼくはすでに小走りができるまでになる。
「らいぶよくなったよ」と、ぼくは《なんでも知っている友人》に電話をかける。「これなら出かけても大丈夫そうら。いいかな?」
「まだ少し早いが……行ってみるのは悪くないな。それもリハビリの一貫だ」
「うん、頑張るよ!」
電話を切ったぼくを喪々々が嬉しそうに見つめている。ぼくは声高に宣言する。
「よおし、シャイ谷を探しに行くぞ」
「がんばって、探索者!」
アイゴを抱えた喪々々に見送られながら、ぼくは最寄り駅の麻布十番まで駆けていく。とりあえず、電車に乗ってどこかへ行ってみるんだ!
外の世界はBS年間とそんなに変わっていない。ところが、ぼくはまず改札に辿り着けない。地下鉄の入り口らしいところはあるんだけど、思い思いの格好をした人たちが気持ち悪いぐらいたくさん出てくる! とてもじゃないけど、逆に入っていくのは無理だろう! ぼくは通行人の一人に尋ねてみる。
「すみません、地下鉄の入り口はろこれすか?」
耳にヘッドホンをつけ、ホストみたいなスーツを身にまとった中年リーマンは、ぼくをちらりと見ただけで通り過ぎる。無視だ! ぼくはすごくナチュラルに無視される。他の何人かに尋ねてみても同じだ。どうやら、通勤客はもう通勤以外のことに耐えられないらしい。みんな働きすぎだ。
「みんな働きすぎら」
と、ぼくは思ったことをそのまま口に出す。でも、だからといって通行人たちが考えを変えるということはない。ただ、ぼくに向けて憐れみとも非難ともつかない視線を向けるだけだ。
誰も教えてくれないんなら仕方がない。ぼくは交番を探してヘンプ十番の町を歩き回る。ところが、昔はそこにあったはずの交番がなくなっていて、コンビニしかない。どういうことだ? 警察庁はもう予算がないのか? 夜の街は弱肉強食と聞いたけれど、どうしているんだろう……と、ぼくはコンビニの前の看板に敬礼するおまわりさんのマークを見つける! コンビニはこんなになんでもやるようになったのか!
「すいません、電車の乗り方を教えてほしいんれすけろ!」
コンビニに駆け入って、レジのオネーチャンに尋ねる。「あ?」と答えたオネーチャンは……ビキニだ! なんでコンビニの店員がビキニを着ているんだ!
「なんれコンビニの店員がビキニを着ているんら!」
と、ぼくは思ったことをそのまま口に出す。でも、それは例によってオネーチャンを怒らせたらしい。「普通に制服だからなんですけど」と答える。
「れも、コンビニなんらから、水着を着てちゃラメじゃないか……」
「あ? そんなのしょうがなくね? 私が決めるんじゃないし。それに、私いい身体してるし」
「自分れ言うな!」
「うるさいな、あんた。なんなの? お客さんじゃないなら、警察呼ぶよ」
「あ、そうら、警察ら」と、ぼくは本来の目的を思い出す。「おまわりさんに聞きたいことあるんれすけろ、ろうしたらいいれすか?」
「そんなことも知らないの? あそこにある《いりぐち》でアクセスしたらいいじゃない」
「入り口って……普通の自動ドアれすけろ?」
「あ? あんたバカ? 本のラックにあんでしょ。ATMの隣よ。あれが《いりぐち》じゃないの」
ぼくはアバズレ店員の指した方向を見る。そこにはタッチパネル式の機械が二台並んでいる。
「あれが《いりぐち》れすか?」
「そうよ。あんたなんにも知らないのね。逆に賢いわ。あれ使って、ポリスに連絡取りなさいよ」
「はい。ありがろうございます!」
ぼくは礼を言って、とりあえず《いりぐち》の前に立ってみる。透明効果を多用した、スゴイ3D画像だ。しかし……使い方がまったくわからない! 画面に指を触れるといろんなアイコンが指に吸い付いてくるけれど、すべて「認証失敗」という文字を残して離れていく。使い慣れている人には便利なんだろうけど、ぼくにはさっぱりわからない。
「あの、すいません、使い方教えてほしいんれすけろ……」
と、ぼくはレジに戻って尋ねる。ついさっきまでは売女みたいに媚を振りまいて接客していたオネーチャンは急に強面になって「あ?」と応える。
「あの、ぼく、ずっと植物人間で、なんか色んなものに取り残されて……」
「まったく、逆に頼もしいね。わかったよ、ちょっと待ってて」
オネーチャンは急に優しくなって、レジから出てくる。
「あんね、携帯出して」
「持ってないんれす。つい最近まで患者らったんれ」
「嘘! じゃあ、どうやって生きてんの? IDカードかなんか?」
「それもないれす……」
「困ったな。んじゃあさ、現金は? しょうがないから、現金会計してあげるよ。《いりぐち》端末の使用コードが、すごい古いのだけど、まだ一枚残ってたから」
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