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びちょびちょトラベル

破滅派25号「児童文学」応募作品

眞山大知

10歳のころ、コロコロコミックの発売日になると近所のスーパーに開店凸して買っていました。当時読んでいたコロコロの作品を思い出し、児童文学としてふさわしい不条理文学を書こうと試みました。対象年齢:10歳以下

タグ: #破滅派25号「児童文学」

小説

11,422文字

「こちらが海外の旅行。こちらは家族でのんびり温泉おんせん旅行。そして、こちらがびちょびちょトラベルです」

駅前の旅行のお店で受付のお姉さんが、にっこり笑って言った。

お父さんはカウンターに置かれた青いパンフレットを手に取った。

その横では、小学一年生の妹の穂乃花ほのかが、お母さんのうでにくっついている。

びちょびちょトラベル。

小学四年生の僕ぼくにもわかる。旅行のお店で、大人がふつうの顔をして言っていい言葉ではない。

「ちょっと待ってください」

僕ぼくは、給食でいちごが一個いっこあまったときより手を速く上げた。

「いま、何て言ったのですか?」

「温泉おんせんです」

「その次です」

「びちょびちょトラベルです」

お姉さんは、「京都旅行、二泊三日にはくみっかです」と同じ声で言った。

なめらかすぎる。きっと朝の仕事が始まる前に店のみんなで練習しているのだ。

びちょびちょ。びちょびちょ。

もっと笑顔で、びちょびちょ!

カウンターにはほかにもパンフレットが並ならんでいた。

国内の旅行。外国の旅行。温泉おんせん。古いお城めぐり。おいしいものめぐり。

その中で、びちょびちょトラベルのパンフレットだけ青かった。

表紙には大人の男の人と女の人、それに男の子と女の子が写っていた。たぶん家族だろう。全員、ずぶぬれだった。

お父さんのメガネから水が落ちている。お母さんの髪かみは、顔にワカメのようにはりついている。男の子のリュックからはジャージャーと水が流れている。女の子は笑顔でピースしているが、スカートのすそから水がふき出している。もはや家族じゃなくて四つの噴水ふんすいだ。

表紙には、大きな文字でこう書いてあった。

 

びちょびちょトラベル
 家族の思い出、しぼれるくらい。

 

しかも、表紙の青い「び」の字から、本当に水がたれていた。

ぽちゃん。

しずくがカウンターに落ちた。

しずくは丸くふくらむと小さな青い魚になった。

魚はぴちぴちとはねると、パンフレットの中へもぐっていった。

「いま、魚が出ませんでした?」

僕ぼくが聞くと、お姉さんは首をかしげた。

「人気の仕かけです」

「どうした、蒼汰そうた」

お父さんがパンフレットをのぞきこんだ。

「さあ、ひと夏の思い出にぜひ」とお姉さんが言う。
嫌いやな予感がした。

「せっかくだし、行ってみようか」

出た。『せっかくだし』。

お父さんは前にも、「せっかくだし」と言って、出張先しゅっちょうさきで緑色のジュースを買ってきた。家族四人で飲んだら、全員でトイレを取り合うことになった。

別の日には、「せっかくだし」とスーパーで紫色むらさきいろのジャガイモを買ってきて、カレーのなべの中に大魔王だいまおうのぬまを作った。

お父さんの「せっかくだし」のあとには、ろくなことが起きない。

「父さん、これはやめよう」

「でも、少し変わっていて楽しそうじゃないか」

少し変わっていて楽しそう。

これも、お父さんの危あぶない言葉だ。

お母さんはパンフレットの後ろにある料金を見ていた。

「新幹線しんかんせんと旅館がついて、この値段ねだんなら安いわね」

「お母さん、安さで家族をびちょびちょにしないで」

「いいじゃない。安ければすこしぐらいびちょびちょになっても」

「びちょの時点で安心できないよ」

穂乃花ほのかがパンフレットを指さした。

「ほのか、これがいい!」

「よくない!」

「びちょびちょ、楽しそう!」

「楽しいわけないだろ。靴下くつしたがぬれるんだぞ」

「かわかせばいいじゃん」

小学一年生は強かった。

お姉さんがパンフレットを開いた。

中から、さっきの青い魚が飛び出した。

魚は僕ぼくたちの頭の上を一周すると、またページの中へもぐった。

「こちらが、家族に一番人気の金沢かなざわスタンダードびちょプランです」

「金沢かなざわなんですか?」

「はい。一日目は、びちょびちょ新幹線しんかんせん、兼六園けんろくえんのびちょ松、近江町おうみちょう市場のびちょ海鮮丼かいせんどん、ひがし茶屋街のびちょ祭り、お泊とまりは名物旅館・濡乃屋ぬれのやです」

名前を聞いただけで服がしめってきそうだった。

「二日目は自由に町を歩いていただきます」

「そこはふつうなんですね」

「もちろん、自由にびちょびちょになっていただきます」

「ぬれない自由はないんですか?」

僕ぼくは何度も反対した。

けれど、お父さんは「せっかくだし」と言った。

お母さんは「安いし」と言った。

穂乃花ほのかは「びちょびちょ!」と両手を上げた。

気がつくと、お父さんは申しこみの紙に、自分の名前を書いていた。

その横で、パンフレットの青い「び」が、にやりと笑った気がした。

 

*

 

旅行の日。

東京駅の広場には、青い旗を持った男の人が立っていた。

旗には、白い文字で「び」と書いてあった。

「皆みなさま、おはようございます!」

男の人が大声で言った。

「今日、皆みなさまといっしょに旅をする水沢みずさわです!」

水沢みずさわさん。名前まで湿しめっていそうな人だった。

「では、びちょびちょのかくにんをします! 蒼汰そうたくんと穂乃花ほのかちゃんのご家族!」

「はい」

お父さんが答えた。

「ぬれる心のじゅんびはできていますか?」

「少しくらいなら」

「少しではこまります!」

こまるのはこっちだ。

「今日の目あては?」

「家族で楽しく旅行することですかね」

「ちがいます! 家族で楽しくびちょびちょになることです!」

「びちょびちょー!」

穂乃花ほのかが両手を上げた。

「やめろ、穂乃花ほのか。向こうの仲間になるな」

新幹線しんかんせんのホームへ行くと、白い車体が入ってきた。

白い車体にきれいな窓まど。それにかわいたドア。見たところふつうの新幹線しんかんせんだった。

僕ぼくはほっとした。新幹線しんかんせんまで変だったら、日本はもう終わりだ。

だけどドアが開いたら中から、むらさき色のけむりがふき出した。

「うわっ!」

けむりは黄色になった。

黄色からピンク。

ピンクから青。

青いけむりの中を、小さな魚が何匹なんびきも泳いでいた。

その先頭に、パンフレットから出てきた青い魚がいる。

「こちらが、びちょびちょ新幹線しんかんせんです!」

水沢みずさわさんが拍手はくしゅした。

「新幹線しんかんせんの中に魚を泳がせないで!」

「きんぎょ!」

穂乃花ほのかは大よろこびで魚を追いかけた。青い魚は穂乃花ほのかの手をするりとぬけ、僕ぼくの鼻先で一回転した。

「蒼汰そうた、写真を撮とるよ」

お母さんは、もうスマホを出していた。

「いまは写真より逃にげるほうが先だよ!」

車内へ入ると、座席ざせきがしっとりしていた。

びしょびしょではない。でも、かわいてもいない。手でさわると、座席ざせきが小さな声で言った。

「すわって」

僕ぼくは手を引っこめた。

「いま、座席ざせきがしゃべった」

「旅行でつかれてるんじゃない?」

お母さんが言った。

「まだ東京駅だよ!」

お父さんがすわった。

「あっ」

お母さんもすわった。

「あ、これは……」

穂乃花ほのかは勢いきおいよくすわった。

「おしりが雨だ!」

「雨じゃない。座席ざせきだ」

僕ぼくも、そっと腰こしを下ろした。

ズボンを通して、冷たさがじわじわやってきた。大きなナメクジが、おしりの下で昼寝ひるねをしているようだった。

「ただいま、びちょの強さは一です!」

車内に水沢みずさわさんの声が流れた。

「一でこれなの?」

「蒼汰そうた、びちょまんじゅう食べるか?」

お父さんが言った。

食べ物を売るカートがやってきた。

「びちょまんじゅうはいかがですか」

「どんなまんじゅうですか?」

お母さんが聞いた。

「中に水が入っています」

「あんこは?」

「水です」

「皮は?」

「ぬれています」

「それは、水を皮で包んだだけでは?」

「旅先で食べる特別な水です」

お父さんは四つ買った。

「せっかくだし」

「せっかくだしで水を買わないで!」

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© 2026 眞山大知 ( 2026年8月2日公開 )

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