壱、マダム・バタフライ
マダム・ケイコは
成層圏に突き刺さる
尖ったガラスの塔に棲んでいる
気圧のせいで
詰まった鼓膜へ
彼女は、
緑色の豚を
ねじ込んでくる
ティッシュペーパーによく似た、
紙の豚だ
横浜の海には
巨大なアイロンが浮かび
皺ひとつない水平線を
滑らかに進んでいく
彼女は鞄に
若い雄の家畜たちと
「ダイヤ」の絵が貼られた
缶詰を積み込み
昼も夜もない
密航を企てている
僕たちは船酔いしたまま、
愛について語った
つまり愛とは
高層階で殺された
窓のことだ
ああ、酸素が足りない
誰もが魚のように
口をパクパクさせ
緑の紙の豚を
欲しがっている
弐、ソースの中のメイクラブ
ドアを開けると
三十七年分の煙が
人の形に踊る
ブッダの吸う煙草のような
匂い
黄色い座布団が
祭壇の前に
置かれていた
キッチンでは
彼女が
紐状の生物を炒めている
熱々のやつを頼むよ
紅しょうがも忘れないでね
彼女は
四十前の女の焦りを
中華鍋に
こびりつかせ
僕は
その少し焦げついた時間を
竹の長箸で
つまみ上げる
哀しいソースの味がした
濃厚な、
貧乏の味だ
堆積する言葉は
部屋の隅から
泥のように迫り
僕は首を縦に振るだけの
精巧な
メトロノームになる
カチ、カチ、と
頚椎が鳴るたび
彼女は
安心した顔で
僕を
シルクの波間へ
突き落とす
激しいのは、いらないわ
と彼女は言う
やきそばが
冷えて固まるように
僕たちも
いつかひとつの塊に
なれればいい
参、漂着
右手に
ガラスの塔を
左手に
コンクリートの棺桶を
汚れた軍手ごしに
確かめるように
握りしめ、
「ともだち」という名の
ふたつの
重たい錨を、
光の届かない
ヘドロの海底へ
音を立てずに沈める
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