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クソニートマシーン2

クソニートマシーン(第2話)

三沼薫

ニートの主人公が謎の城に迷いこむ作品です。

小説

11,633文字

俺がなにを想像してるのかってぇと、俺の過去、現在、未来について、ってわけじゃねぇ。ただの平凡な顔だちをした女の白い裸体だ。でもそれは神々しくて背中から天使の羽が生えてるんだ。その根元からナイフを刺しこんで羽を切りとり、それを俺の毛布代わりにして自分の身体に巻きつけてぇ。女の背中からは深紅の血液が噴水みたいに飛びでて、部屋の様子を鏡のように反射しそうなほどよく磨かれてる床にこぼれ落ちる。元は天使だったのかもしれねぇが、今はただの人間みたいに見える女の肢体は、神々しく発光してる。後光を思わせるその光にこいつは神に守られてるんじゃねぇのかなぁ、って感想が薄暗い頭蓋のうちがわに亡霊みてぇに浮かんだ。でも聖なる羽は俺がナイフで切りとってしまったから、この女が内包する創造主の目に見えないが、確かに存在している力は、脆くも儚くも徐々に失われていくだろう。別に女を殺してぇわけじゃねぇけど、そのきめ細かい質感をしたクリームを塗ってるだろう肌をナイフで刻んで、線状の傷を無数につけて、皮膚をつたう血のしずくを俺の味覚神経が過敏な生き物じみたベロで舐めとりてぇ。錆びた鉄の味が口一杯に広がり、俺の萎んでたチンポコはズボンのなかで硬く勃起し、手も触れなてないのに射精しちまいそうになる。結局、白濁した精液は出ないが、俺は血の味をウイスキーと同じように味覚と嗅覚で堪能した。ってここまでの出来事はもちろん全部俺の妄想で、現状は嫌気が差すほど変わっちゃいないから、現状を打破する一筋のほっそりとした光明を現実に見出してぇ。惰性を愛してはいるが、たまに、俺にとって珍しい刺激も欲しいのよ。それは例えば恋人をつくる、友達と飲む、列車に轢かれて身体が引きちぎられる、外国に旅行に行く、まぁそんな楽しい生活の一端がかいま見える俺ちゃんの想像力には自分自身で脱帽しちまいそうになる、ってこれ冗談ね。俺は退廃的な生活に深い愛情を抱き、乾いていく精神を癒すために大量のウイスキーをがぶ飲みして泥酔する、ってのが鮮やかな軽やかな生き方だと信じてる。でも退廃と鮮やかさって同時に内包されるのかなぁ。まぁ俺の神経は痺れて麻痺し、肛門をほっそりとした指先でくすぐる様なむずがゆい感触に何だか身体が浮遊しちまいそうになり、脳天に撃ちこまれた釘のおかげで頭がどうにかなっちまいそうだね。生きるってのは残酷だ、って誰が言ったのか、偉人だったか、どっかの小説の登場人物かは覚えてねぇけど、それは確かに俺の脳裏に薄膜みてぇにこびり付いて爪の先で剥そうとして貼りついたままで取れねぇものなんだ。でもでも、確かに俺は今まさに生きてるんだぞ、って全身で風を感じるように生を受け入れてると同時に、ウイスキーでも飲みこむみてぇに未来に待ちうける死すら精神で準備してる。アルコールの刺激に敏感なように、生死にも鋭敏な感性を発揮して惰性を過ごしてるんだ。んでもって俺ちゃんの人生に一つまみまぶされた刺激的なスパイスが惰性を彩る役目を果たしてる。その香辛料ってのはやっぱさ、ウイスキーにタバコに本、これさえあれば生きていけるのだと信じてる俺はまだ生っちょろいガキにすぎねぇのかな。俺は冷たい月光を全身で浴びで、生暖かい夏の夜の風を感じていたい。そう強く望んでるんだと自覚し、テーブルの上につき刺さったナイフの持ち手を握りしめようとして、一瞬だけ躊躇しちゃった。痺れるような快感がテーブルにめり込んだ刀身と混ざり合い溶けて同化し、俺の一部となって体内で静かに呼吸してる。深く息をしながら身をひそめる快感が暴発しそうになってるんだ、って実感しながらナイフをテーブルから抜き取った。刀身は欠けてなくて、砥石で磨かれた状態のまま。つまりは鋭利って表現がぴったり。このナイフで俺は概念という膜をつき破りたくなって、誰もいねぇのにイカしたデザインの凶器をめちゃくちゃに振り回して、風切り音さえ発生させそうな勢いだ。ナイフは空気の膜を切りさいて、その奥からとろみのある一種の快感を噴出させた。俺が望んでいた概念の破壊という名の革命は起きた瞬間に終わってしまい、悲しい気持になっちゃってるの、ってこれって俺ちゃん落ち込んでるってわけ? まぁそんな些細な問題はわきに追いやって、新たなる遊びを想像しようとして、でも俺の意識はいま粉々に破砕したばかりで床に散乱した概念の欠片を拾い集めて、透明な糸と尖った針で縫い合わせたいって欲求が自分の内に巣くってんだって確信しちゃった。概念とは一体なんだ? 目に見えないもので、手にできないもので、食べられないもので、質感も食感もない空論の一種なのかなぁって疑問が血液に溶けこんで全身を駆けめぐる。一滴の概念、一かけらの概念、一粒の概念、俺の頭は概念を突きつめるという命題で膨張してる。風船みてぇに膨張だなんて比喩は使いたくねぇから、適切な比喩表現を頭のなかで探そうとするものの、見つからず途方に暮れてソフトマシーンのページをめくって、ぴったりな表現を見つけようとする。クソニートマシーンの俺は結局、数秒後に本を閉じて目をつぶりまぶたの裏側に浮かび上がる電灯の残照を知覚して楽しむ。これは遊びの一つ、神が仕掛けた戯れの一種、って感じで俺は脳内で懸命に新たな遊戯を思いうかべようとして、思考を酷使する。でも脳がひどく疲労するだけで、素晴らしいアイディアは浮かんでこねぇから、どうすりゃいいんだ、って己に問いかけちゃって、これって自問自答ってやつじゃん、って考えにたどり着き、いったん思考という労働を中断して一休み。まぁウイスキーでも飲んで休んでいきなよ、ってバーテンダーだったら言うかなぁ、グラスに注がれたボウモアを滑らせるようにして出してくれるかなぁ、俺がそれを飲んでる時にその髭ズラに極上の笑みを浮かべてくれるかなぁ。俺の妄想は加速して加速して加速しまくって終着駅に到着しそうになって、また線路を引きかえすようにして現実へと舞い戻ってくる。結局俺はテーブルの上に置かれたグラスを手に取り、生ぬるいウイスキーの味を確かめるように咀嚼するようにして飲んだ。意識はロケットみてぇにやけに装飾的なデザインの発射台から飛んでいって、雲をやぶり大気を突きぬけて宇宙にまで飛んで行った。黒い宇宙に浮かぶ星々のどれかに着陸するのか、あるいは地球の衛星である凸凹した月面に到達すんのかは謎のままで迷宮入りしちゃう。宇宙という広大すぎる果てのねぇ迷宮でロケットは行方不明になり、もうこの生命で彩られた惑星には永久に戻ってこねぇ。月にはウサギが住んでて餅をついてるってかぁ、まぁそんな事はどうでもいいし、月に生命体が存在していても俺は特に困ったりはしないのよねん。まぁウサギより猫ちゃんが好きな俺は、月には光輝く毛並みをした猫が暮らしてたらいいな、って思っちゃう。月面に静かに着陸するロケットが、羽毛のような砂をふわっと舞い上がらせて無事、月に到着してロケットの中から出てきた宇宙飛行士が地面を踏みしめて足跡を作り、風も吹いてない月を歩き回って地球の青さに感動するんだろうかね。月の砂を持って帰って小さな瓶に入れてポケットの中に大事に仕舞っておくべきだ、と考えてる僕ちゃんは心の機微には敏感なロマンチスト。んでもって実際に俺は月に行けたらいいのになって妄想をはかどらせながらウイスキーを少しずつ口に含んである程度、琥珀色の液体が口内にたまったところで、一気に喉の奥に流しこむ。生き物じみた舌を駆使してノドおチンポの方へウイスキーを押しやるのさ。今この部屋に猫かウサギがいたらその柔らかな毛でおおわれた頭部を優しく宝石でもあつかうみてぇに繊細な手つきで撫でてやるのに。でも俺はこの孤独な生活にペットを介入させようとしねぇで、本当に一人っきりで人生を謳歌してる。嗜好品が俺の人生を彩り、ペットなんていなくても生きていけちゃうもん、って胸を張って口にできて、これは強がりでもなんでもねぇ紛れもねぇ俺の心の底から気持なんだ、って声を大にして言いたい。俺が寂しさという檻にとらえられる時は、これかさ先、永遠に来ないだろうってのが俺の胸のなかに火種のようにくすぶる確信にも似た感情。んでもってナイフであの夜空に浮かぶ月を切りさいて、その銀色に輝く球体の内部から噴きでてきたヌメリのある液体に指先でそっと触れたくて気が狂いそうだ。月の欠片を入手し、それをウイスキーのたっぷり注がれたグラスに浮かべたい。琥珀色の水面でゆらめく月光は水中に潜りこみたくて疼いているのが感じとれる。んで俺は精神に密生する襞を女の豊満な乳房でもほぐすみてぇにして揉みながら、その襞を柔らかくし、やがては消滅させようとする。夜は太陽の熱を遮断していて、凍りつくような弱々しい月の光だけが地上を撫でるようにして降りそそいでる。凍りつくってのは大げさな表現だから、冷ややかなって形容したほうが適切だね、実際のとこ。ペットの話、月の話、そして精神の話、それらの命題が俺の頭を満たして、充満した空気のように頭蓋の内側で渦を巻きながら脳の皺に浸透してくる命題が俺の脳天から天井にまで突きぬけるような快楽が全身を循環して、俺はその強烈な刺激に酔っぱらっちまった、って俺は元々、泥酔しちゃってるじゃん。んで新しいウイスキーを買いに行こうと思いついて、俺は吸ってたタバコの先端を灰皿に押しつけて火を消して立ち上がった。細かい灰の形状は何か化け物の顔、例えるならムンクの叫びみてぇな絶叫してるような形をしてやがる。腰を折り曲げ、ガラス製の透明な灰皿に顔を近づけて鼻息を荒くし、鼻の穴の奥から吹きでくる風で灰を吹き飛ばした。霧のように散った灰は空中を舞ってぶわっと広がり、ひらひらと舞をおどりながら床に落下した。ムンクの叫びという絵画はもう壊れてしまって、今度は灰の一つ一つが花びらのような形をしてるのを俺の視界がとらえる。美しい芸術品みてぇなその繊細な造形美に、俺はうっとりしちゃって、ウイスキーをまた飲みたくなって。切なげな気分で空の瓶に目をやった。あの瓶のなかに床に落ちてる灰を蓋のところまで詰めこんだら、密集した灰が薄気味悪い形状になるに違いねぇ。俺は灰を食べたいという衝動が胸にわき起こって、その灰色の小さな花びらを指先でつまんで口の中に入れて、歯という万力でかみ潰した。苦いのなんのって、クソ不味いのなんのってのが、灰を食った俺の素直な感想。素直というか率直というか、何だか自分でもよく分からねぇ感情を覚えちゃった。とりあえず俺はパジャマから外ゆきの服に着替えたが、しばらく洗ってねぇから汗が染みこんで熟成され腐敗臭を漂わせてる。こんな服じゃ他人に嫌な思いをさせるのが必至だろうし、髪も洗ってなくてタワシみてぇな寝癖がつきまくって髪の毛は艶をなくしてるから、臭いも強烈だろう。まぁでもそんな事は些末な問題でしかなくて、俺は自分が周囲に漂わせる臭気をまったく気にしないで、かかとのすり減った布がボロくなったスニーカーに素足を通して、ドアノブに手をやり、ドアを開けて外に出た。んー全身にまとわりつく様にして皮膚で感じられる夜の空気はマジで気持ちよくて、失禁三秒前だね、ってこれはアルコールの飲み過ぎで膀胱に溜まった尿が暴発しそうなだけ。俺は鉄柵に立ちションをキメて外で放尿をする開放感に快感を覚えてる。たっぷり四十秒もかけてションベンを出し終えると、情けなく垂れ下がったチンポコを振って残尿を排出した。勃起してる時に出す方が尿が勢いよくぶっ放せるのは何でだろうか、って疑問はネットで調べれば膨大な量のサイトが出てきて親切に教えてくれるだろうから、今は考える必要なんてこれっぽっちもねぇ。この鉄柵は俺の立ちションにより根元が錆びていつか折れてしまうのだろうか、ってそんな訳ねぇか。でも鉄製の街灯が犬のションベンにより錆びて折れちゃってぶっ倒れて、巻きこまれた人間がケガをしたっていう知識が僕ちゃんの賢い記憶の保管庫に眠ってる。その記憶を引き出した俺はちょっと酔い過ぎて、少し記憶を呼び起こすため頭脳をプラスティック製のスコップで掘り出そうとすると頭に痛みが走っちゃうの。いやー酔っぱらい過ぎて足がふらつくし、視界がかすんでるしで、ちょっとだけ、ほんのちょこっとだけ、俺は飲み過ぎるのは止めようかなって気持になって、その次の瞬間ここまで泥酔できるからウイスキーは俺の宝物みてぇな宝石みてぇな存在なんだって認識しちゃう。だから早く買いに行かなくちゃ、次のウイスキーは何にしようかなって、想像のなかでウイスキーの紹介された本のページをめくり品定めする。でもでも今は酒屋もやってなくて、二十四時間営業してるスーパーか品数の少ないコンビニで選ぶしかないんだって気づいて、少しテンションが下がっちゃうの。まぁコンビニよりかはスーパーの方がいいかって訳で、俺は徒歩で十分くらいの距離にあるスーパーに向かった。俺の愛車である自転車は前輪、後輪、ともパンクしちゃってるから、もし漕いで行ったら酔ってる俺はふらついて最終的には倒れちゃう。だから俺は徒歩で向かうべきだと決めて、一歩前へ踏みだす。ぐるりと景色が回転したような錯覚に陥って、俺は自分が目を回して気持ち悪くなってると悟って、異物が胃の奥からこみ上げてくるような感覚になり、胃液と混じったウイスキーを静かに月光浴してる凸凹したアスファルトに盛大に吐きだした。次から次へと出るわ出るわで、俺は吐き気がおさまるまで半透明の液体をぶちまけまくった。んでアスファルトは俺のゲロで彩られ、その液体が月光を反射して煌めいてるのが途方もなく綺麗だと思った俺の脳の回路からネジを取り外してくれ。そうすりゃ中途半端に狂った脳もブレーキが外れて狂気的に加速が上がりまくって一丁、狂人のできあがりって訳。でも俺は本当に狂ってるのだろうか、世界の大多数の人間のほうが頭がおかしいんじゃねぇの、って決めつけちゃっても良いかもしれないね。だって精神病にもならずに残業のある過酷な労働なんかに奴隷のように従事しちゃってるから、そいつらの気持が欠片も分からねぇんだもんよ。俺もコンビニでバイトしながらフリーターという日々を過ごしていたけど、週三回の勤務だけで俺は精神崩壊。クソみてぇなお客様に愛想を振りまくって苦行、ってか拷問に耐えながら精神をすり減らし、心身ともに疲弊しちゃった俺はすぐにバイトを止めた。じゃあ俺の生活費はどこから出てるのかってぇと、親が残した遺産の恵みがあるからクソニートマシーンとして稼働しつづけられるって感じ。バイトで精神という防波堤が決壊して無防備な心に損傷をくらっちゃった俺ちゃんは、仕事に就くなんて到底できるわけねぇよ、実際のとこさぁ。お仕事なんて地面に付着した俺のゲロの足元にも及ばねぇほどの価値しかないって確信しちゃってる俺ちゃんは、頭がイカれてても心は正常、ってか繊細なのねん。傷つきやすい僕ちゃんは天敵だらけのこの世の中で、ウイスキーっておしゃぶりが無いと生きていけないか弱すぎる健気な生き物。んでもって俺はつまみも食べずにアルコールとニコチンを摂取したいのだと何度目かの悟りを得ちまった。そう、これは山でひっそりと暮らし、修行しつづけた仙人なるものがようやく辿りついた悟りという境地に違いねぇハズなんだ。悟りという領域に足を踏み入れた僕ちゃんの心臓が、溶けたチーズみたいに裂けそうなほどの痛みを感じる。この痛みと悟りには関係があるのだろうか、って疑問が脳内で渦巻きながら俺の脳細胞を抉ろうとしてる。つまりは痛みは次第に激しさを増していき、絶叫してしまいそうなほどの激痛へと変わるまで三秒前。でも激痛にはならずに少しずつ時間をかけて痛みは治まってきた。さすがに飲み過ぎてタバコも吸い過ぎだって俺ちゃんは自分を戒めようとして、でもそんな気持はすぐさま霧のよう散って大気と溶け合って消失する。記憶が曖昧だ、俺は何でこんな所にいるんだっけって考えて、ああそうだ、ウイスキーを買いにスーパーに向かってるところじゃん、って自分の目的を思い出してハッピー。でも幸福ってのは冗談の一種だから俺は自分が不幸な状況に身を置いて悲しくなっちゃってるんだし、幸福は時の流れに身を任せればかならず向こうの方からゆっくりと歩いてやってくるんだろうって確信がある僕ちゃん。僕ちゃんの頭は透明な鎖に巻きつけられこんがらがって上手く思考できなくなり、感情のはけ口も見当たらなくて、自分が今なにをするべきなのか、何をした方が幸福になれるのか分からずに立ち尽くすしかねぇ。今日はもう飲むべきではないなって結論に行きつき、俺はスーパーに行くのを止めようとして、でも止めたくても止めれない。これはどうしようもない、身体が勝手に動いてウイスキーを求めちゃうんだ。思考じゃなく感情、意識ではなく皮膚感覚で、俺は外で起きる現象を感じとるべきだよな。そんな些細な命題はガラス窓に銃弾をぶちこんだみてぇに砕け散り、その欠片が概念に突き刺さり破壊活動を行う。概念は木っ端みじんになって、舞った破片が輝きながら俺の視界をおおい隠す。概念の破壊を目論んでた俺ちゃんは無事、わずらわしい概念をぶち壊せてマジで気持よくて頭がどうにかなっちゃいそうだ。夜風により酔いも少し覚めてきたので、これでまたあの琥珀色の液体を胃に流しこめるってもんだ。んで俺ちゃんとうとうスーパーの前にたどり着いてちゃんと営業してる証である電灯の光がスーパーの窓から放出するように漏れでてるから、自動ドアの前に立つとドアが左右に軽やかに開閉してこの店は舌なめずりしながら俺をまねき寄せてるんだって決めつけちゃう。俺はイカれてるって自覚はあるし、まぁ何て表現すればぴったりなのか知らねぇが、脳の回路を留めるネジが強風により全部ぶっ飛んじまってるって感じ。ネジは回路に開いた無数の穴からねじれながら抜け出るというよりも、釘みてぇに一気にすっぽ抜ける。まぁネジや回路の話なんてどうでも良い、今はウイスキーを買うのが先決だ。んで店内に足を踏み入れると心地よくも軽快なBGMが鼓膜を優しく撫でるようにして震わせて、聴覚神経を介した音の情報が脳を打つ。味気ないBGMだけど、酔いがさめてきた俺ちゃんには丁度いい旋律に違いねぇって決めつけちゃうの。何の特徴もないメロディーは泥酔状態だった俺を現実に回転する車輪が空気をひきずり込むようにして引き戻す。現実に接近した俺の意識は鮮明に軽やかになり、あんなに俺の精神を蝕んでいた強烈な吐き気が徐々にしぼんでいく。俺のふらついて弱々しかった足腰は少しずつ力づよさを取りもどして、モップで磨かれてるであろう電灯の光を受けて艶やかな光沢を放っている床を強く踏みしめる。一歩一歩、ゆっくりと、かかとで床を抉るような気分で前進していくと、現実から剥離して白昼夢を見てるみてぇな感覚は薄れ、五感が現実という名の日常に接近してく。酩酊感は俺の頭蓋のうちがわから遠のき、ようやくシラフに意識が戻って、俺という存在は現実に繋ぎ合わされる。その繋ぎ目をもう一度、見えないナイフで切断するためにウイスキーを買おうとするけど、しばらく悪酔いなんてしたくねぇから、生ビールを一本買うだけで会計を済ませる。明らかにやる気のない不愛想で眠そうな店員に金を払い、店を出て生ビールのプルタブを開けてノドの奥に炭酸を含んだ液体を一気に流しこむ。ウイスキーとは違って生ビールくらいなら大して酔わないので、俺はそれで十分にノドを潤した。草木に雨が降ってその膨大な量の水滴を植物が吸収するように脱水状態だった身体のすみずにみ水分が行きわたる。俺は枯渇した肉体に生ビールを与えて渇きを癒してやったんだ。これで意識はしばらくリアリティを保ったままでいられるだろう。んでタバコを吸いたくなったのでポケットからライターと長細いパイプを吸ってるインディアンの描かれたアメスピの箱をとり出して一本口に咥えて先端に火を灯し煙を吸引して鼻から排煙を出す。ニコチンの作用により脳が軽く刺激されてリアリティはより強固になっていくのを実感する。なんて清々しい気分なんだ。俺ちゃんはもうアルコールなんてこれから先必要としないんじゃねぇの、って勘違いしちゃいそうになっちゃうほど朦朧とした意識はふっ飛び、今はマジでシラフのシラフ。空を見上げると流れる雲が月をおおい隠しているとこだった。何かの物体が俺と月のあいだにある空間を遮って、それは点のような虫だと分かって、更によく観察してみるとそれは一匹のややでかい蛾だと気づいた。闇のなかにまき散らされた鱗粉が見えそうなくらい強い街灯の輝きが蛾の美しく芸術的な造形をした姿を照らしだした。ガラスの内部で強烈な光輝を発している蛍光灯にヒビが入って、そのアスファルトに入ったような亀裂のすきまから一層つよい光線が漏れでて蛾を肢体を照らしていた。蛾が羽ばたくごとに燐光がその昆虫から発生して周囲の闇を照らしそうな勢いを発揮してやがる。「こんばんわ」俺が蛾に見惚れていると背後からそんな声がしてちょっと驚いちまった。俺は恐る恐る後ろを振り向いた。そこには新品と思えるくらい綺麗なスーツを着た一人の紳士が立って微笑みを浮かべていた。端正な顔立ちだが、どこか特徴に欠けるその顔面の造形に、こいつを創った神は何を考えてこんな無個性な紳士を仕立て上げたんだろうって疑問が脳内に浮かんだ。「こりゃどうも」俺はタバコの煙と共に適当な返事を唇のすきまから吐きだした。他人に関わるのは心底から面倒だと思ってる僕ちゃんは、この場から離れようと心に決めた、瞬間に紳士はポケットからロングピースを取りだしてそいつを薄く淡い色をした口に咥えた。「火を貸してもらえませんか」俺は不思議とこの一見、不審者じみた紳士に心惹かれるものがあった。けど、どっちかっていうと不審者は俺のほうじゃんね。とりあえず俺は半透明な青空のような色をしたプラスティック製のライターをポケットから軽やかに取りだして、紳士に手渡す。俺は何て親切で優しい人間性を保持してるんだろうと顔をほころばせちゃう。容器のなかで半分ほど減ったオイルが波のように軽快にゆれ動いてるのを俺の視界が満たす、というよりもオイルのことで頭が一杯になって、俺は他に何も考えられなくなりそうなほどライターのオイルに思考が捉われる。海の水がすべてとろみのある重油にすり替えられたとしたら、着火した瞬間、生き物のように蠢く炎が海面をおおってしまうだろう。あの独特の鼻腔を突くような臭気に俺の神経は現実という名の日常から非現実へと移動して、今ここに存在してるんだという絶対的な感覚が遠のき、幻想という液体にまみれた夢の世界へと焦らすように遅々として埋没してく。んでもって俺の神経というロープなんて包丁でもナイフでも何でもいいから鋭利な凶器により切断されて、永遠に溶接なんてされなければ、これほど歓喜に満ちた気分にはならないハズだ。何てどっかの惑星にある海中に意識がぶっ飛んでた俺は我に返って、紳士にライターを渡してる最中なんだと現実に意識がひきずり戻される。現実という巨大すぎる車輪は大気の膜を俺の意識ごと引きちぎるように回る。回転し続けるそれは、もう愛すべき日常なんていらないのだ、と錯覚させる作用を有している。とりあえず紳士にライターを渡すと、奴はポケットからロングピースを取りだし、両手で口元をやさしく包みこむようにして風からゆらめく火を遮り、無事タバコに火を灯した。その両手による炎の抱擁に、ある種の父性を見出しちゃった俺は、まだ精神年齢が赤ん坊であり、あのゴムみてぇなおしゃぶりが必要なのかもしれねぇ。父性と母性を同時に渇望してる俺ちゃんは、赤ちゃんプレイが大好きな変態でしかないのだと決めつけちゃおっかなぁ、でもやっぱりヤメヤメ! 僕ちゃんは赤ちゃんと同等の精神性をうちに秘めながらも、見かけは不摂生によりぜい肉で少し腹がたるんだ成人男性の見てくれをしちゃってる、うん、しちゃってるんだ。柔らかい毛の密集した尻を包みこむオムツも、太陽のごとく天井につり下げられた極彩色のオルゴールも、艶やかな球体がくっ付いてるおしゃぶりも、哺乳瓶の内部でかたむいている白濁したミルクも、ノドから手が出るほど今この時点の俺は欲しくて欲しくてたまらねぇのよ。身体の成長に精神年齢が追いついた日にゃ俺の胸のうちで静かにくすぶってる自己顕示欲と自己陶酔感も次第に薄れて霧のごとく散っていき、最終的にはその姿を消して俺をこの砂漠みてぇな広漠とした街からプロペラを回し騒音を奏でるヘリコプターから垂らした縄梯子で救いだしてくれるのかなぁ、どうなのかなぁ、って疑問が真っ暗な頭蓋の内側でゼリーのごとく痙攣してる淡い色をした脳の皺にこびり付いて、いくらこそぎ取ろうとしても剥離しねぇでやがる。もしこの疑問が上手く剥がれ落ちたあかつきには、俺は全力で生きるべきだと自分に言い聞かせようとして、やっぱ無理無理無理無理、って一瞬で思いなおしちゃう俺なんて死ねばいいのにさ。あの美しい流線型の銃弾が俺の鼓動する心臓を撃ちぬき、生命をつかさどる臓器から鮮やかな深紅の血液がふきでるその様は、芸術的の一言に尽きる。ああ、人生とは何て儚いんだって自分に酔っぱらってる俺に紳士は親切そうな言葉をかけてくる。「今日は風が気持ちいいですね」ってどうでもいいセリフだが奴の声質は耳心地のよいもので、鼓膜に触れた震える声が膜にこすり付けるられて鼓膜が僅かに窪むほどの個性的な子守歌みてぇな紳士のセリフに、僕ちゃん眠くなりそう。でも目は夜風によりこれ以上ないくらい冴えていて、俺ちゃん眠りにつくのは夜が開けて空に太陽が昇ってからになりそう。太陽は西から昇り、東に沈むんだっけか、そんな当たり前の現象が分かんなくなるくらい俺の頭んなかは知識不足で、自分でも嫌になるくらい無知のバカ野郎でしかねぇ僕ちゃん。「ちょっと風が強いけどね」って敬語を抜きにして馴れ馴れしく返事をすると、紳士はその彫刻じみた端正な顔に微笑を浮かべるから、俺もつられて笑っちゃった。ボロい染みだらけの悪臭のする衣服を身に着けた俺が洗濯されたばかりでイカした清潔な黒いスーツを身に纏った紳士とタバコを吸う、ってのは端から見たらこの上なく奇妙だろう。まぁ時刻は深夜だから俺ら以外の人間は通りを歩いてねぇ、時々車が轟音を立てながら道路を通りすぎていくだけだ。俺はまだ缶の底にあるぬるくなったビールの残骸を口ん中に流しこみ、タバコの煙で乾いた口内に潤いを与えようとして、ビールでうがいしてそれを飲みこむと、不味いという感想を抱いちゃった。ところでこの紳士の目的は一体何なんだろう、何の目的で俺に近づいてきたろう、まさか火を借りるためだけに俺に話しかけた訳じゃねぇよなって疑問が頭ん中を血流のごとくぐるぐるぐるぐる駆けめぐる。俺の言うのも何だか、艶やかなスーツにその高身長の細身を包んだ紳士はこの深夜の道という場所にはひどく不釣り合いだ。こんな男はどこかのバーでやけに甘い味をした美しい色のカクテルを作っているのが似合ってるだろう、つまりは奴はバーテンダーなのかもしれねぇ、って考えが脳天に行きついて、これって閃きってやつじゃん、って嬉しくて思考の速度が上がり、目まぐるしく俺の頭を通過していく様々な発想が、脳という子宮から産みだされてくる。発想は意識の内部で溶けてなくなり、無だけが後にしこりのように残る。無は底知れない闇に似ていて、怪物のように大口を開けて俺がその巨大なノドに飲みこまれるのを手ぐすね引いて待ちうけてるから、俺ちゃんその無という深淵に飛びこみ、自分という存在を闇と同化させようと試みちゃう。ああ、まるで温水に浸ってるみてぇな温かかな闇が俺をそのぬるま湯で包みこみ、浸った服すきまから肌に触れるようにしてその熱を孕んだ液体を送りこんでくる。まぁ何が言いたいのかってぇと、こいつは自分の店に俺を誘おうとしてるのかもしれねぇけどこの時間帯のバーテンダーはこんな金の無さそうな男をつかまえてる余裕なんてないハズだ。この時間帯ならまだバーもやってるだろうから、細かく決められた量の酒をまぜ合わせたカクテルを作ったり、これまた量を決められたウイスキーを客に出したりと忙しいと思う。バーなんてシャレた店でウイスキーを飲みながら葉巻を吸ってる自分を想像してみると、ひどく場違いな客じゃん、って感想を抱いちゃう。

© 2026 三沼薫 ( 2026年7月10日公開

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