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クソニートマシーン6

クソニートマシーン(第6話)

三沼薫

ニートの主人公が謎の城に迷いこむ作品です(次に最後の最後のエピローグがあります)。

小説

14,676文字

もちろん印象に残ったシーンは俺の記憶の海、という空間に沈殿して、俺はいつでも自由にその映像を取りだせるし、仕舞うのも容易だ。文字列の想起を求める俺ちゃんの退廃した読書生活にはまったく嫌気が差さねぇ。ただ快楽を貪るようにして文章を視覚で吸引しちゃう。堪らねぇマジでさ、読書と酒に彩られた日々を過ごすのは本当に刺激的じゃん。んでもって俺ちゃんはまた妄想して遊んでみちゃう。今度は現実での不可思議な出来事から妄想へと逃避して一旦冷静にならなくちゃいけねぇ、と思ったからさ。これから先に起きる出来事は紛れもねぇ俺ちゃんの空想、ってか妄想、ってか想像、ってかそんな感じ的。んで想像上のもう一人の俺ちゃんは拳銃をポケットに仕舞おうとしたら、ドアを開ける音がしたので、そっちに顔を向けるとメイドが立ってた。相変わらず存在感が希薄すぎて、そこにいるのかいねぇのか分からなくなっちまいそうだ。「食事はどうでしたか?」俺に用があるのと思ってたら、そんな質問を投げかけてきた。「なかなか味わい深くて美味かったよ」「それは良かったです」当たり障りねぇ会話、でも俺ちゃんの脳裏に浮かんでたのは非現実的な場面、つまり目の前にいるメイドを銃殺しちゃうかなって訳。獣じみた殺人という名の欲望に従い、拳銃をメイドに向けると、彼女は身体を震わせた。これこれ、この反応が見たかったんだ。メイドは紳士みてぇに冷静ではなく、明らかに動揺してて、その様がマジで面白くてコメディの映画を鑑賞してるような気分になっちゃう。ポップコーンを咀嚼してそれをコーラでノドに流しこみ、血まみれのメイドの映像を眺める、っていう至福の時間がやって来ねぇかな。そんな映画じみたシーンを創造するための凶器は手の中にある。俺の手が母の指を赤ん坊が握りしめるようにして拳銃を握ってる。何でメイドは逃げねぇんだ、恐怖で立ちすくんで、動きたくても動けねぇのかな。んで俺ちゃんが次に発した言葉はこうだ。「お前の好きな本は?」メイドは首をかしげるっていう仕草もしないで、全身を痙攣させてた。俺は猫がネズミを追っかける時の残虐な無邪気さで、拳銃を彼女の額に定めた。俺は手はもう振動してなくて、この安定感ならメイドを簡単に銃殺できるじゃん、って思っちゃった。「やめて下さい……」彼女は淡い色をした官能的な唇のあいだからそんなセリフをしぼり出す。その声は震えていて、俺の嗜虐心をこの上なくそそるめちゃくちゃ興奮する綺麗な声音だ。音楽に例えるならバッハの平均律ってとこ、あの儚くも優しげなピアノの旋律にも似てる弱々しくも美しい声質。「お前の好きな本は?」俺はその音色を耳から吸いこんで鼓膜に触れさせつつも、銃口はメイドからそらさないっていう残酷さを発揮してた。大量殺人鬼ってのはこんな気分で人を殺しまくってるんだろうか。俺の質問に対し、メイドは小さな声でこう答えた。「私の好きな本はなしくずしの死です」その返答を聞いて俺は彼女を殺す気が失せたので、銃を下ろした。セリーヌのなしくずしの死、とはなかなか読書家じゃないか、とメイドの回答に満足感を覚えちゃった。でもでも拳銃をぶっ放したくて、被弾させられる獲物が欲しくて手がうずいてる俺ちゃんの心臓は静かに鼓動しながら命の象徴として体内に存在しちゃってる。んでもってメイドはまだ足腰がゆれ動いていた、かと思ったらその場にへたり込んで荒く呼吸してる。ちょっと戯れが過ぎたかもしんねぇ、本当に殺すつもりはなかったんだよ、って弁解がましく言っても彼女は納得しねぇだろう。怯えてるこいつとセックスしたらどれほどの快感がチンポコを中心にして全身にぶわっと広がるんだろう。今ならこのメイドは俺の言うことを何でも聞いてくれるかもね、って俺ちゃんに恐怖してるのが手に取るように分かるぜ。俺はメイドの服をナイフで破き、滑らかな皮膚に覆われたその肉体美を拝みたくなった。そう、芸術品である絵画でも鑑賞するみてぇにじっくりと眺めたいんだ。「服を脱げ」無意識にそう命令を発っしちゃった。「分かりました」すんなりと俺の指示に従うメイドの返事を耳にして、こいつは恐怖で頭がイカれちまったんじゃねぇのって思う。まぁ本物の拳銃を向けられて意味の分からない質問を浴びせかけられたらどんな女だってペットみてぇに従順になっちゃうか。メイドはゆっくりと背中に備えつけられてると思しきチャックを下ろし、まるで俺を誘うようにエロティックにメイド服を脱ぎ捨てて、下着姿になった。彼女にぴったりと合ってるピンク色の可愛らしい下着を見ても、俺ちゃんのチンポコ様はおっ起たねぇでやがんの。それからブラのホックを取り、その豊満な乳房を露わにし、パンツも脱ぎ捨て陰毛に覆われたオマンコを晒した。絹じみた滑らかな肌に密生した毛を剃って赤ん坊のように艶やかなオマンコにしたら、このメイドはどれほどの羞恥心に苛まれるんだろう。オナニーでもしてみせろ、って命令してみるか、それとも紳士とセックスをおっ始めろとでも言ってみるか、俺は次にどういう指示を入れたらいいか迷ってた、というか悩んでた、といっても過言ではねぇ。ウソウソ、冗談冗談、ただのアメリカンジョークに類する戯言、俺は悩んでるわけじゃなく迷っていただけだ。「しばらくそのままでいろ」何てつまんねぇ命令を口から発しちゃったんだろうって自分で自分が情けなくなってくる。俺はこのメイドを犯すことだって出来るハズなのに、チンポコは相変わらず垂れ下がったままで、興奮の感情は胸にはわき起こらねぇ。俺は性器だけじゃなく、精神も思考も不感症だったのか、とこの時になってようやく気づいた。じゃあどうすれば俺のチンポコは勃起し、心はガキの頃の敏感さを取りもどすんだろう、再生させられるんだろう、復活させられるんだろう。全裸のメイドにしごいてもらったら少しは勃起するのか、キスでもしたら男子高校生が異性に対して抱くトキメキは俺の胸に舞い戻ってくのか。でも、もうすっ裸で産まれたての赤ん坊と同じ姿だから、メイドという称号を彼女から剥奪しよう。こいつはただの女、動物のメスに成り下がっちゃったんだって僕ちゃんピンと来ちゃったね。雌には雄の獣がぴったりフィットするから、この女をそこら辺の野良犬にでも獣姦させようかな。この城には犬っていうかペットは飼育されてんだろうか、まさかあの蛾がペットって訳でもないよな。そういや蛾の城って名前の割には、外でしかあの産毛の生えた羽を開いて飛ぶ虫けらはいなかった。この城のどこかに蛾がいるのかもしれねぇと、思いついちゃう僕ちゃんは何て賢い天才の秀才の鬼才なんだろう。心の内で自画自賛しても、現状は何一つ進行しねぇで、メイドは相変わらず真っ裸のままだし、俺ちゃんは拳銃を握りしめながら立ち尽くしちゃってる。ふと、俺はある遊びを思いついちゃったから、それを即実行に移す。またメイドに銃を向けて、こう命令した。「逆立ちしろ」これは命令系の〝しろ〟と〝城を〟かけて韻を踏んじゃってるわけ。脳内お遊び、俺の仕組んだ鮮やかな戯れ。「あの……」メイドが躊躇してるから、俺は彼女の横にある壁に発砲しちゃった。メイドの身体は気の毒になるくれぇ震えて、失禁しちゃってるのでオムツが必要かな、という考えに至った。「分かりました。分かりましたから、もう撃たないで下さい!」その痛切な懇願に気分がよくなっちまった俺は、ウイスキーを飲みながらタバコを吸いたくなった。左ポケットにはタバコが揺りかごで眠る赤子のようにぴったりと収まってる。そいつをとり出して、タバコに火を点けながら、メイドが全裸で逆立ちしてくのをじっくりと鑑賞する。何と、メイドは一度の試みで逆立ちを成功させた。僕ちゃん彼女に心の中で拍手喝采しながら、タバコを強く吸って肺の中を煙で満たす。メイドは逆さまの態勢でつま先を壁にくっつけ、両手を震わせながら逆立ちを維持してる。漆黒長い髪がホウキのように垂れ下がって毛先が床にくっついてて、オマンコからは尿の滴が太ももを伝って流れ落ちてる。ションベンじゃなくて愛液でも分泌してんじゃねぇの? いやいや、こいつはそこまで変態女じゃねぇか、ただ恐怖してるだけか。俺は口から煙を吐きだし、アメスピの香味を堪能しながら、滑稽すぎる彼女の姿を眺める。映画やドラマを観てる時よりも何倍も面白い、ってのはちょっと大げさかなぁ。退屈この上ないクソ映画を上映させる映画館を爆破させて、逃げ惑う人間どもの背中にマシンガンをぶっ放したい。悲鳴を上げながら血しぶきをまき散らし銃弾によりダンスを踊る様を思いうかべちゃって俺ちゃん白目剝いちゃう。まぁ今は映画より本だ本、バロウズはどこにあるんだって逆立ちしたままのメイドに尋ねる。「私がご案内します」まさかその態勢のまま手を使って本棚の前まで移動し、片手で立ちながら、もう片方の手で本を指し示すんだろうか。さすがに俺はそんな彼女の姿に同情してこう言っちゃった。「もう逆立ちは止めていいぞ。服も着ろ」メイドは恐る恐るといった亀みてな遅々とした動作で床に足を付けると、呼吸を整えてるみたいだった。それから床に脱ぎ捨てられた下着を手に取り、豊満な身体を覆い隠すために、それを装着していく。無事、ブラジャーとパンツが彼女の身体にくっ付いて、次にメイド服を着てく。ファスナーを上げる様は確かに色気があるが、服を脱ぐときほど官能的じゃないのは何でだろ。産まれたての姿だった彼女はメイド服という装備を得て、暗く淀んでた表情もいくらかマシになったようだが、その顔面には表情の変化が希薄で、彼女の存在感と同質のものだなと理解しちゃった。賢い僕ちゃんの深い洞察力による確固たる理解力に驚いてもいいのに、メイドのお顔には無表情という一種の仮面が貼りついてる。さっきまでの恐怖に歪んだ顔はもうそこには跡形もなくなっていて、何だか俺ちゃんちょっとつまらねぇ、これは退屈っていう感情ってやつじゃん。まぁ惰性という退屈な日々を楽しんで生きてた俺には、ちょっとばかし刺激が薄いほうが性に合ってる。んでもってメイドは俺の前に行き、こちらに背中を向けて本棚を案内し始めた。数秒が経過してバロウズの本が敷きつめられた本棚の前に到着しちゃった。俺は礼を言う代わりにメイドにウインクしてみる、という戯れを仕掛けたが、彼女は相変わらず無表情をつらぬいてやがる。そう、弾丸が本をつき破るみてぇに無機質に無慈悲に一種類だけの表情を顔面にあつらえ続けてるんだ。「もう行っていいぞ」俺がそう口にすると、メイドは安堵したのか、表情は変わってないが、胸に手を当てるという仕草をしたあと、一つおじぎをして図書室から颯爽と、軽快とすらいえる足どりで去って行った。スキップしてんじゃねぇのか、って錯覚するほど彼女の動作はご機嫌に見えた。そんな気がしただけで、実際には彼女の内部では虫みてぇに蠢く葛藤があったのかもしれねぇ。俺ちゃんの空想であるメイドと俺とのやり取りが終わるまで妄想は続き、バロウズの裸のランチは実際には俺ちゃんが本棚から見付けちゃった。見付けちゃったのさ。大体この俺ちゃんが愛すべき尊敬すべ人間の女に対してあんな卑劣で残酷な振舞いに出るわけねぇじゃん、つーの。でも空想くらいは誰にとっても自由にして良いハズじゃね、とも思うのさ。妄想の産物はここで一旦終了したけど、この蛾の城は俺ちゃんの妄想の産物じゃねぇ、紛れもなく存在してるもんじゃん、つまり現実って奴なのさ。胸部の皮膚と肉を破りそれをナイフで刺して摘出しじっくりと眺めてみてぇけど、俺の手の中にはナイフじゃなくてもっとイカれた凶器である拳銃が存在しちゃってる。とにかく俺は拳銃をポケットに入れてバロウズの裸のランチを本棚から抜き取ると、床にあぐらをかいてページをめくった。難解と評価されてるのかもしれねぇが、バロウズにしては読みやすい。カットアップっていう文章を切り刻んで細い糸でむずび合わせるように結合する、っていう手法は取ってないんだろうか。展開はめちゃくちゃだが、文章自体はそれほど読みにくくもなく、SF的な展開もあってめちゃくちゃ面白くて、何度も読み返したくなる俺が重宝してる一品だ。俺の大切な裸のランチはアパートの一室でイビキをかきながら眠るようにしてページを閉じてる。俺が収集した数々の書物に思いを馳せながら読むバロウズはとってもとっても刺激的だ。奴の創り上げた異世界に意識を没入させ、蛾の城にいるという事すら忘れさせそうなほど、俺は読書に没頭しちまった。たっぷり三時間くらいかけて裸のランチを読み終えると、俺はようやく本を閉じた。全身を襲ってくる気だるい感覚、心地いい疲労感に、やっぱり読書という娯楽は他の遊びより優れてると思っちゃったね。俺は読後感を味わうためにウイスキーを飲んで酔っぱらいながら本の内容を想起したくなった。ウイスキーは客間に置きっぱなしだ、持ってくるんだったぜ。図書室というこの場でアルコールを摂取できないかなぁ、そんな膨張する欲求が破裂しそうだぜ。本は床に放りだしたままにして客間に戻るか、って考えながら立ち上がり図書室を出ようとして地図の存在を思い出した。ポケットから丸まって皺くちゃになった地図を取りだし、それを破きそうなほどの勢いで広げると、ある点に気づいた。客間、食堂、老婆の部屋、図書室、その他に、立ち入り禁止と書かれた場所がある。立ち入り禁止って札が立ってたら入りたくなるのが男の冒険心、ってか本能ってもんじゃん。富士の樹海に好奇心で足を踏み入れた経験のある俺は、この部屋にも行ってみてぇって感情がわき上がって抑えきれないのを自覚した。こんな心躍ることは読書とウイスキー以外にはないだろう、ってどんな場所なのかな、何があるのかな、もしかしたらお宝が眠ってるのかな、って思考が頭ん中をぐるぐると回ってる。これは行くしかねぇ、行くべきだ、行くに違いねぇ、行け! って自分に言い聞かせて、勢いよく図書室を出た。廊下の壁に装飾品を飾るように備えつけられた明かりを頼りに前に進む。今は昼か夜か夕方かも分からねぇ、時間の感覚が俺の内から完全に消え失せちゃってる。蛾の城に来てからどれくらいの時間が経過したのかまるで分からねぇし分かりたくもねぇ。どうやら図書室から大して距離は離れてなかったみてぇで、すぐに立ち入り禁止と書かれた看板が置かれた部屋の前へたどり着く。柵や金網みてぇなもんはねぇから、ドアの前に行くのも容易くって、立ち入り禁止ならもっと厳重に警備しとけよ、と思っちゃう。木製のドアは客間や図書室のものと違いはないようだ。試しにドアノブに手をやって手首をひねると、硬い感触が手の平に返ってくるだけでドアは開かねぇ。左右にドアノブをしきりに動かしても、うんともすんとも言わねぇから、部屋の内側から鍵が掛かってんのかと思ってドアノブをふと見てみると、そこには鍵穴があった。何だ、鍵が掛かってるんだ、これじゃ開かねぇのも当然じゃねぇか。俺が途方にくれてその場に立ち尽くす、って真似事をしてみても、ドアは蛾の城の入り口の扉みてぇに自動的には開かねぇ。と、廊下の先から何者かの足音が響いてきた。その音は段々こっちに近づいて来てるのが分かっちゃった。ゆっくりと、象みたいにノロマに歩いてきたのはあの老婆だった。彼女は俺の横に立つと微笑みながらドアを見つめてこう口にする。「ここに入りたいのかい?」「ああ、知的好奇心ってやつだよ」知的好奇心などではなく、ただの興味本位なのだが、それは言葉にしないほうがこれから先の出来事がすんなり進行するっていう確信があった。「そうかい。じゃあこれを使いな」老婆がその皺だらけの手にのせていたのは小さな鍵で、ドアノブに開けられた鍵穴にフィットする大きさだと容易に察せられる。「いいのか?」「もちろん」「でもここは立ち入り禁止だろ」「私は何者にも縛られない。この蛾の城にも拘束されない人間だから大丈夫だよ」何者にも束縛されない大空を滑空するような自由を保持してる老婆には感謝の念が絶えない。「じゃあ遠慮なく。お礼にタバコをあげるよ」老婆の手から鍵を受けとり、代わりにタバコとライターを置くと、彼女の顔はより一層、破顔して潰れたタバコの箱みてぇに皺くちゃになった。それから一つ俺に対して会釈をすると、この場を去って行った。どうやら俺がこの禁断の扉を、パンドラの箱を開けるがごとく解放し、部屋の内部に浸入するのを見届けるつもりはない様だった。俺が部屋の中にするりと身を入れると、まず鼻腔をつらぬくほどの異臭が漂ってきた。室内は真っ暗で、どこに何があるのか、部屋がどんな様子なのかまったく分からない。俺は少し、ほんの少しだけ恐怖心という懐かしい感情を抱いちゃって、この部屋を出ようと少し後ずさりした。絶対この場所には足を踏み入れてはいけなかったんだ、と第六感である直感で悟る。でもでも好奇心には勝利できない愚かな僕ちゃん。そのまま壁に備えつけられたスイッチを手探りでさぐっても。スイッチの感触はなかなか伝わってこない。その瞬間に、獣の咆哮みてぇな声が薄暗く湿った洞窟の内部みてぇな部屋に響きわたって、それは耳が痛くなるほどの爆音だった。この部屋に何か未知なる生物がいる、っていう嫌な予感が滝が流れに逆らって上昇するみてぇに足下から胸までこみ上げてくる。俺は手が震え、額に汗を掻く、という何とも人間らしい反応をしていた。これこれ、これが僕ちゃんの求めてたスリルというヒリついた感覚、若いころにしか抱かなかった紛れもない感情、俺は精神的な不感症をとうとう卒業しちゃったのかもしれねぇ、って恐怖と共に喜びの念が胸ん中を渦巻く。そこでようやく俺の手が照明のスイッチを探り当てたので、それを押してみると、シャワーのようなきめ細かい光が室内を照らした。まず俺の目に飛びこんできたのは深い森を連想させる草木で覆われた室内の様子だった。天井まで届きそうなほどの樹木があり、その下は雑草が生え放題だ。その次に、木に止まって身体を振動させるように呼吸をしてる巨大な何かを目撃しちゃう。それは俺の身体と同じくらいのサイズがある大きな大きな蛾だった。そいつは鱗粉をまき散らしながら静かに息をしてる。さっきの咆哮の正体はこいつだったんだ、って気づいて、恐怖の念が膨張してくのを実感したが、俺と乖離したもう一つの意識はやけにこの状況を冷静に俯瞰して見てた。それから恐怖心が俺の心という名の内奥から徐々に消えてくのを実感した。つまりは、これ以上ないくらい冷静になって、意識も鮮明になって、自分の置かれてる状況を冷めた目で見つめていた。今さらになって気づいたが、雑草で覆われた床にはミイラみてぇに萎んだ人間の形をした無数の物体が転がってる。その中に口をガムテープでふさがれ、縄で縛られてる裸の男がいた。そいつはガムテープの奥から声にならないうめき声のような薄気味悪い音を発していて、激しく身体をゆらしている。その男が巨大な蛾のエサなんだ、そこらに転がってるミイラみてぇな物体はかつては人間だったんだ、って気づいちゃったね。男の身体に巻きついてる縄をほどいて、ガムテープを取って助けてやるなんて優しさを発揮してもいいかな。俺が男を蛾の魔の手から救助しようと足を動かした瞬間、蛾の化け物は羽根を動かして天井付近を宇宙船が浮遊するように飛んだ。それからぐるぐると誘蛾灯みてぇな照明の周りを回って、唯一生きてる男の身体の上にゆっくりと止まる。あーあいつ死んじゃったな、無念無念、合掌、アーメン、って心の中で男の死を悼む。蛾の化け物は口から巻き尺みてぇに巻かれた深紅のストローを伸ばし、男の硬そうな筋肉質の肌に刃物を思わせる尖った先端を突き刺した。男はうめき声を漏らそうとして、でもそれはガムテープに邪魔されて、発声できねぇでいる。その代わりに身体を激しく震わせ、脆弱な抵抗を始める。蛾は深呼吸するように身体を上下させ、ストローの形をした器官から男の血液を吸ってるようだった。蛾がその巨体を上下させるにつれ、男の身体は風船が萎んでいくみてぇに少しずつ小さくなってく。無残、哀れ、あの男は死は免れねぇだろう。確実に迫ってくる死という大きな恐怖を無抵抗に待ってるしかねぇんだ。あ、そういや俺ちゃん拳銃持ってたな、って今さらながらに思い出す。でももう今から銃をとり出して、蛾に銃口を向け、引きがねを引き、発砲をするという動作をしても手遅れじゃん。男は床に転がる多くの死体と同じように、ミイラみてぇな情けねぇ姿になってく。そしてたっぷりの血液を吸引して体内にとり込み食事を堪能したらしい蛾は、ストローを出来たてのミイラから引き抜いた。その時にストローの先端からとろみのある赤い液体が糸を引いて床に垂れ落ちる。満腹になったのだろうか、蛾の化け物はまた木に止まり、ゆっくりと呼吸してる。俺は蛾を視界から出さないように顔を正面に固定し、静かに後ずさりしてドアに向かった。蛾の呼吸音が、静寂という膜をつらぬいてるのを柔らかな鼓膜で感じながら、俺ちゃんようやくドアまでたどり着いた。そして半分だけ開いたドアから一気に身体をすべり込ませて廊下に出て、音を立てないようにドアを閉めてから鍵を掛けた。なるほど、蛾の城か、なかなか面白いネーミングセンスじゃん。これなら立ち入り禁止ってのも頷けるよ、マジでさ。俺は緊張感から解き放たれたかのようにその場にへたり込んだりはしなかった。ただ冷静な頭で思考しながら客室に行くために廊下を歩いてい。俺は性器も鈍感だし、心も鈍感だから、死という一つの生命の終わりを告げる事象に対しても鈍いんだ。何て言うか恐怖って実感がわかねぇ、っていうか、どうなんだろ。実際にあの長い管みてぇなストローを刺されて血を吸われたらさすがに怖くなっちゃうんだろうか、死に対する紛れもない恐怖の念が胸にわき起こってくるんだろうか、そうだとしても俺は少しも後悔のねぇいつ死んでも構わない生き方をしてるから、蛾に殺されたとしても、そんな未来悪くねぇとすら思っちゃう。俺は客室に帰ってドアノブをひねり、ドアを開けようとしたところ、中から何者かの声が響いてきてるのを耳が拾い上げた。それはどうやら獣じみた快楽をむさぼってる女のあえぎ声らしいのだと分かった。ドアを開けて中を覗きこむと、ベッドの上で二匹の白い生物が絡まり合ってるのが視界に飛びこんできた。何が起きてんのか俺が理解するまでに数秒の時間を要しちゃったが、僕ちゃんが聡明だから数秒だけで済んだんだのよねん。もっと愚鈍な人間なら目の前で起きてる状況に驚き戸惑って立往生しちゃうかもしれねぇ。眼前で繰りひろげられてんのは、あのメイドと紳士がセックスをしてる場面だった。メイドが四つん這いになって紳士の方にケツを向け、紳士の方はそのどでかい尻を揉みしだきながらバックでそそり立ったなかなか巨根のチンポコを突っこんでる。その度にメイドが官能的な追いつめられた獣のような淫らすぎるあえぎ声をその麗しいくちびるの間から発していた。さぞ気持ちいいんだろう、よだれを垂らし、眼球は白目を剥きそうなほど上を向いちゃってる。紳士はニヤケづら晒しながら、口笛を吹いてて、セックスを心底から楽しんでるのがこっちにまで伝わってきて、何だか僕ちゃんまで楽しくなっちゃいそうな勢い。俺はゆっくりと棚からウイスキーをとり出すと、グラスに注ぎ、イスに腰かけ、二人の愛のあるのかないのか判断ができねぇセックスを鑑賞する。愛があれば営みって言葉がうってつけで、愛がなければ交尾って表現がぴったし。二人の行為はその狭間で亡霊のようにゆらめくような不安定なセックスだと思う。他人のセックスを目撃しても俺ちゃんまったく興奮しねぇ、ただテレビのバラエティー番組を鑑賞してる時みてぇに面白おかしく観てるだけ。セックスに参加して3Pをしてみぇだんなんて微塵も思わねぇ。ただ体位を巧みに変えてメイドに激しい快楽を与えてる紳士には、心からの拍手を送りたくなって、脳内で喝采した。なかなかのテクニシャンじゃん。あのメイドちゃんは恍惚とした表情を浮かべてるから、快感に全身が満たされてんのが、手に取るように分かるぜ。んでもって、あらゆる体位を片っ端から試していた紳士も、とうとうメイドの膣内で果てた。ベッドの上で荒く呼吸をしながら、オマンコから生命のみなもとである精液をあふれ出させている様は、俺の関心を少しだけそそる。「いたんですか」紳士はティッシュで自分のチンポコから白い粘液を拭いながらいま俺に気づいたとでも言わんばかりにそう口にした。紳士は行為中に何度か俺の顔をチラ見してたからとっくに存在には気づいてたハズなのに、白々しいセリフを言いやがるぜ。「良く言うよ。とっくに気づいてた癖に」メイドも紳士も第三者にセックスを見られていた方が燃えるタイプなのだろうか。そんな変態的な性癖に付き合うこっちの身にもなれっつぅの、でも俺は若い頃はアナルフェチのスカトロ好きだった過去があるから、人様のことを軽蔑できるような人間性でもない。紳士は下着を履き、ワイシャツに腕を通し、スーツを着用する。メイドは彼とは対照的に、裸のままベッドで胎児のように背中を丸めて指をしゃぶってる。紳士は寝息を立ててるメイドの横に腰かけて、指先を組む、というめちゃくちゃ様になってる仕草をした。ハンサムな奴は何をやってもイカしてる、あのメイドが身体を許すのも理解できちゃう気がする。でも俺は同性愛者というわけではなく、紳士に尻を掘られたいって願望も微塵もねぇ。チンポコは情けなくズボンの中で垂れ下がったままだ。あの筋肉質な肉体美に興奮を誘発させれはしなかったが、あのメイドは紳士の外見にイカレちまったんだろう。「あなたも抱きますか? 彼女なら許してくれると思いますよ」メイドは自分の所有物、とでも言わんばかりに、紳士はご丁寧にご親切にそんなご提案をしてくる。「いいよ、俺は不能だから」自分のチンポコ事情を正直に打ち明けると、紳士は肩をすくめた。「それは残念。彼女はなかなかの名器なのに」そりゃ一度お試ししてみたいもんだね俺ちゃんも、って考えながらウイスキーを一口飲んで、アルコール臭い息を吐きだしながらこう言った。「立ち入り禁止の部屋に入ったんだがなかなか興味深いもんが拝めたよ」「なるほど、アレを見てしまったんですか」この紳士も蛾の城にとっては部外者なのか、俺を咎めるような雰囲気は欠片もねぇ。ただこう言葉をつづける。「私も見ましたが、殺されるかと思って驚きましたよ」あの巨大な蛾の化け物の目撃した時の反応はふつう驚愕だろう、セックスを終えた紳士があの蛾を思い出すように天井を見上げながらため息をこぼす。「あの化け物は一体なんなんだ?」しごく当然な疑問を口にしちゃう俺ちゃんは何て健気で可愛らしいんだろう、ってのは冗談で、俺は紳士の横で寝てるメイドのように愛らしい生き物じゃねぇ。「あの蛾は、この城の主人なんですよ。エサとなる人間をつかまえてあの蛾に食事をさせるんです」「なるほど、ってことは俺もあの化け物のエサになるかもしれねぇってことか」このままこの城にいたら、俺は眠ってるあいだに縄でぐるぐる巻きにされて口にガムテープを貼られあの立ち入り禁止という看板が立った部屋のなかへ放り投げられるのだろうか。そんな未来を想像してみると、人生の最後が化け物のエサになって一巻の終わりになるのも悪くはねぇと考えちゃう。あまりにも冷静すぎるんじゃねぇの俺ちゃんって奴は、もっと死に対する恐怖心を強く抱いて、この蛾の城から逃走かましたほうが身のためじゃねぇの? 危機感ってやつがあまりにも希薄な俺は、生きたまま屍になってるのと同じようなもんなんだ。もっと人間らしい生き方が、今の俺には決定的に欠けてるんだって一応、自覚はしてるけど、自分の生き方を変えるには、俺はもう精神が腐敗しすぎちゃってる。そこで俺は意識が次第にまどろんでいくのを感じて、床の上にゆっくりと倒れて、朦朧とした意識のなかで思考力が損なわれていった。まさかあのウイスキーに睡眠薬のようなものでも注入されていて、俺はうかつにもそれを飲んじゃったのかもしれねぇ。やっぱり俺を蛾のエサにするために紳士とメイドが仕組んだのか。俺は巨大な蛾の化け物に滑らかな皮膚にストローの先端を刺しこまれ、身体中の血液を吸い取られる運命なのか。この運命に抗うためにはどうしたらいいんだ、どうでもいい、どうもしなくてもいい、などと考えてる俺の意識が失う寸前、紳士の声が聞こえた。「あなたのような死を恐れない人間は初めてですが、やっぱりエサになってもらいますよ。我々が鑑賞する楽しみに欠けるかもしれませんがね」視界が段々うすれて、靄がかかったようになっていき、俺の意識はブラックホールに飲みこまれるようにして消失した。俺は夢のなかの世界へと意識を投じていて、その映像を楽しみながら見ていた。というよりも、夢の中での現象を体感して快感を得ていたのかもしれねぇ。夢のなかでは幼女が梯子を木に立てかけ、恐る恐る不安定に揺れるそれを上っていき、アパートの二階と同じくらいの高さにある枝の先端にみのった果実を根元からもぎ取っていた。もぎ取るときに果実と枝のあいだがささくれ立つような形になり、俺は自分の指にできたささくれを見て、それを引きちぎりたくなった。指に深く食い込んだ薄い膜はほんのわずかな皮膚の一部ごと剥がれて、その奥から少量の血液がにじみ出てくるだろう。幼女はブランコのように揺れる梯子の頂上に腰かけながら、その赤い果実を噛みちぎって恍惚とした表情を浮かべてる。そんなに美味いなら俺ちゃんも食ってみてぇけど、あれってリンゴじゃね。俺はリンゴが好きじゃねぇから別に食べたくないと思いなおして、だったらどんなフルーツを食べたいんだと考えて、俺ちゃんは分厚い皮に覆われた甘味の強い高級なメロンを頬張りてぇんだと気づいた。んで一つの果実が俺の足下に転がって来たから、それを手に取り、強烈に光かがやく太陽に向けた。つるりとした皮に覆われた表面で光が滑走し、俺の眼球に光子が入りこむ前に屈折し、果実を中心に放射状に広がる。これはあの幼女が落とした果実なんだろう、その幼い頼りなげな守りたくなるような姿を見てると、幼女が微笑みを浮かべてるのが知覚できた。複雑に入り組んだ枝のすきまから吹く風が、幼女の髪をたなびかせる。波のようにゆれ動く毛先に陽光が絡んで弱々しい光沢を発してる。俺はその果実を食べずに、幼女に渡すために、梯子まで歩いて行った。俺は全裸に革靴を履いてるという何とも情けない不格好な姿をしていたが、そんなものは些細なことだ。幼女にチンポコを見られたって俺はまったく興奮しねぇし、ロリコンでもねぇから、彼女の処女膜が張ったオマンコにぶちこみたいとも思わねぇ。ただ俺は梯子を一段一段のぼり、幼女にその果実を手渡した。彼女は心底から嬉しそうに声を上げて全身をゆらしながら笑うと、その拍子にバランスを崩し梯子から落下していった。地面に頭をぶつけ、次に身体を衝突させて沈黙しちゃったので、あら大変、と俺は声に出して梯子を下りて幼女の肩に手をかけ、その小さな身体をゆさぶる。でもいくら激しくゆさぶっても目を覚ます気配がねぇから、俺は幼女を気絶から覚醒させるのを諦めて立ち上がった。うだるような暑さが俺の肌から汗を滲みださせて、その滴はなめらかな肌を伝って地面に染みをつくる。幼女もおびただしい量の汗をかいてて、俺の鼻先まで彼女の甘酸っぱくて幼そうであどけなさそうな香りが漂ってきそうだ。まぁ幼い香り、あどけない香りってのはただの比喩で害のない脳内遊びの一種でしかない。夢のなかで静かに言葉遊びに興じる俺ちゃんは、まだあどけない心を持ってるのかな、意識と夢が結合してその連結部に潤滑油を差してもっと滑らかに夢という蜃気楼じみた世界に没入していきたい。けど幼女の息遣いを聞きとる聴覚が麻痺していくかのように、視界が毛羽立った毛筆に塗布された墨で塗りつぶされるように、果肉の香ばしい匂いが嗅覚から失われるようにして、意識が夢の世界から遠ざかっていった。つまり五感が夢という一つの宇宙から断絶されていくのを感じながら、意識がゆっくりと覚醒していくんだって自覚がありまくり。んでもって俺が目を覚ますと、あの立ち入り禁止の部屋のなかで仰向けになっている状態だと気づいちゃう。俺の薄い鼓膜を破ろうとするほどの大音量、叫び声叫び声、絶叫絶叫、咆哮咆哮の連続音が耳に浸入して、俺の意識を完全に覚醒させる。この悲鳴のような金切声は例の蛾が発している騒音なんだ、と冷静に数学の難問をひも解くように理解しちゃったね。俺の全身は縄で縛られて手足がわずかに動かせる程度で、立ち上がって走って逃げるなんて真似、とうてい出来そうにねぇ。首は自由に動かせるから、顔を横に向けると、木に止まる巨大な蛾の怪物がその巨体を痙攣させてる姿が視界に飛びこんできた。んで脳裏に飛びこんできたのはあのスリルに満ちた恐怖心、じゃなくて老衰した人間が死を受け入れる時に抱くあきらめにも似た俺ちゃん死ぬんだって感情と奇妙な安堵感。ここで蛾に血を吸われてミイラのように身が萎んで絶命してくってのも悪くはねぇ。幼き日に、数少ない友達と遊んだ映像がフラッシュバックするみてぇに脳裏によぎってくる。公園の砂場で砂の造形物をつくってその周囲に溝を掘って水を流したり、ブランコをこぎながら風を切るような心地よい感覚を体感しながらジャンプして距離を競い合ったり、滑り台から抱き合うようにして滑り落ちたりしたあの頃の楽しかった、確かに俺の記憶に刻まれてた映像を取りだして、顕微鏡で子細にながめるようにして、その記憶の噴出を体感してた。フラッシュバックは永遠に続き、記憶を巻き戻すように様々な映像が過去までさかのぼっていき、何とママの子宮から頭を出す場面までさかのぼっちゃたの。そのまま前世の記憶まで到達しそうな勢いだったフラッシュバックはママの胎内で鼓動してるところで止まった。胎内ってこんな感じだったのか、そうなのか、何て落ちつく母性を全身で感じられる安らげる場所なんだろ。あの癒しの空間に永久にい続けたいんだから、そりゃ産まれた時に赤ん坊はみんな悲しみから泣くわけだ。とりあえずフラッシュバックは終わり、生々しいヒリつくような現実に意識が天使のごとく舞いもどって来た。相変わらず蛾が木に止まってじっとしてるから、早く俺ちゃんの血を吸血鬼みてぇに吸えばいいのに、と思った。吸血鬼の鋭い牙の代わりに、あの鋭利なストローの先端を俺の柔らかなまるで鍛えた形跡のねぇ肌につき刺せばいいのに。早く、早く、早くしろって、俺は死を望んでんのか、自殺したかったのか、これは他殺だろうがある意味、自殺かもしんねぇ。蛾と俺と紳士とメイドの利害が一致しちゃってるのかもね。ただ俺は蛾の化け物が早く羽ばたいて俺の身体にのるように望んでた。ふと木のすきまに視線を走らせると何か光ってる物があった。また別の蛾の眼球かなぁ、と見当をつけたがどうやら違ったらしい。それはカメラで、レンズが俺のほうに向けられて、それが照明の光を反射させて輝いてたらしい。あの紳士とメイドがお上品でお高級なワインでも飲みながら、俺が血を吸われる様をじっくりと安全な別の部屋で鑑賞してるんだ。あいつらに殺意がわくのが自然な感情の流れってもんだが、俺はそんな嗜好の人間も世の中にはいるんだな、って結論に落ちついて、あいつらを数秒で許した。俺をこんな状況に陥れたのもあいつらに他ならないだろう。蛾が大きな絨毯のような羽根を開き、飛び立って天井付近でうろついてる。俺は完全に死を受け入れて静かに目を閉じて、されるがままになろうとした。何てあっけない死にざまなんだろう、でもこれで生という怠惰な日常からは解放されるから、悪くねぇ展開だ。

© 2026 三沼薫 ( 2026年7月24日公開

作品集『クソニートマシーン』第6話 (全7話)

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