眞山大知

小説

4,164文字

なんとか一時間以内で作品が書けました。クズバンドマンの骨はギターになります。第9回私立古賀裕人文学祭応募作品
#古賀コン
#古賀コン9

深夜の新宿、区役所通り。街路樹には緑色のゲロ。酔ったサラリーマンがガンギマった目で叫んでいて、黒人同士が取っ組み合いの喧嘩をしていてもパトカーは平然と素通りしていった。

この街では金がすべて。金を払わずに自分を無条件に肯定してくれるママを求めるのはバカげている。酔ったリーマンにバーのママが優しくするのは金のためだ。この街で本気で生きるには、俺みたいなハッタリが必要だ。――背負ったテレキャスターのケースには「一人一殺主義」なんてステッカーを貼っていて、そのケースには頭蓋骨の模型をぶら下げてある。1/1スケールの頭蓋骨を見て、道行く人はぎょっと目を見開いている。

テレキャスターは俺の第二の背骨だ――このギターを背負ってない俺は背中がスカスカしてまともに生きることさえできない。だからいつだってこいつを担いでる。ただの逃避だ。わかってる。でも他に拠りどころがなかった。

 

 

「一人一殺主義」はバンド名だった。高三の冬、共通テスト一ヶ月前の、初雪の日。埼玉の県北のクソみたいな高校――旧制中学の看板しか取り柄のない学校の、講義室の隅っこで、眠気と諦めに半分沈んでた俺と隣の席の慶太に、井脇ノブ子そっくりの日本史教師が急に「おめえら、一人一殺だ!」って怒鳴りつけた。昭和のテロリストが使ってたスローガンらしいがそんなのどうでもよかった。ただその音の響きが、妙に、俺の脳を揺らした。

共通テストは玉砕。志望校は全落ち。クラスで仲が良かった奴らも同じようなもんで、親父にぶちこまれた大宮の予備校でもそいつらとつるんだ。慶太たち仲間を集めてバンドを作った。予備校の空き講義室に集まってバンド名を考えていたとき、なぜか慶太が急に井脇ノブ子を思い出して命名した。

名前だけは凄そうだが中身はダメ人間の寄せ集めだった。

夢は持っていた。だけどダメ人間の語る夢なんて、所詮は詐欺師の語る、甘くふわふわした猛毒だ。メジャーデビューしたい。武道館に立ちたい。何の価値もない、俺たちの人生に、何か刻みたい。そんなでかいことを女に言って、でかい夢を女に見させて、でかい負債を女たちに背負わせる。そんなことを男が求めるを許してくれるのは、ママだけだ。

俺のことを食わせてくれてた「ママ」は、新潟出身の女だった。三軒茶屋に住む、文学部の女子大生。女は、俺に惚れこみ、すぐにヒモにしてくれて、部屋に祭壇を作ってくれた。まっすぐで、やさしくて、世間知らずな女だった。女の人生を喰らうように俺は生きた。後ろめたさはあった。でも、それ以上に「俺にはこれくらい許される」っていう自惚れのほうが強かった。才能があると信じていた。優秀な詐欺師とは自分すらも洗脳できなければならない。慶太は優秀でない詐欺師だったから、自分のかけた夢から覚めて、どこかへ消えていった――成果は五百万。俺が女から吸い上げた金の総額。付き合って三年間、ダイソンの掃除機のように吸引力はいっさい衰えなかった。

だけど、ついさっき、名古屋の箱から三軒茶屋に戻ると俺は驚愕した。俺の写真で埋め尽くされていた祭壇にはメン地下の、虚無顔のチェキやTシャツや、詩のようで詩じゃないポエム付きのCDで埋め尽くされていた。

俺は部屋にいた女に「どういうことだよ」と震える声で訊くと、彼女は冷たく言い放った。

「夢から覚めたの。言っておくけどね。あんたに貢いだ金なんてもったいないなんて思わない。うちのパパが飼ってる錦鯉よりね、あなたの維持費のほうが安いの。知ってる? 鯉ってね、小骨が多くて鬱陶しいのよ。あんたは、その小骨。ちんけで、うざったらしい小骨」

その言葉を聞いた瞬間、なぜか泣きたくなった。悔しいとか、怒りとか、そういうのじゃない。ここを追い出されたら、行く場所がない。親からはとっくの昔に勘当されていた。すぐわらわらと男たちが部屋に入ってきて、俺の荷物をすべて外に放り出した。締め出された俺に、東京の夜はうすだまっていた。ギター、頭蓋骨、冬のひんやりとした空気。

住む場所がなくなった。バンドの仲間のところへ転がりこもうかと考えたが、さっさと新しいママを探そうと思った。

 

 

新宿のファミマの前で、俺はどうしようもなくムラムラしていた。体が疼くというより、心が飢えていた。愛情じゃない。慰めでもない。ただ、誰かに触れられたい。名前も知らない他人でもいいから。

体が、自然とママを求めていた。俺はふと、ファミマの隣の雑居ビルを見上げた。建物の脇に、毒々しい黄色く光る「2階 スカル乳首」という看板――女の上裸を、頭蓋骨で乳首を隠した写真。

俺は目を細めた。怪しい。でも、引き寄せられた。なんとなく、ここにママがいそうだと思った。

雑居ビルの狭い階段を上る足音が妙に響く。二階にたどり着いて扉を開けると、薄暗くて、甘ったるくて、少し焦げた匂いがした。ガンジャか何かだろう。薄暗い受付の横には、やけにリアルな全身骨格が飾られていた

そして奥から現れたのは、作務衣を着た女だった。黒髪の、能面みたいに表情の乏しい顔。

「いらっしゃいませ。当店は初めてですか?」

「まあ、はい……」

「でも、そんな骸骨をぶらさげて持ち歩いてるなんて。てっきり、うちのこと、ご存じかと」

俺はハッとした。テレキャスターのケースに下げている頭蓋骨は、新潟の女がくれたが、そのこめかみには、乳首を頭蓋骨で隠した女の上裸のマークが刻まれていただ。

「いえ、これは別れた女にもらったものなので」

連れて行かれた個室は狭い。畳の上に無造作なマットレスに俺は寝かされた。女が手元の瓶を振る音を聞いた。

「なるほど……。それではクズバンドマンの骨、抜いていきますね」

冗談に聞こえなかった。目の奥がチリっと痛んだ。

手が入る。冷たい。指先が俺の背骨に絡みつく感覚。なにかが『掴まれた』と思った瞬間、身体のなかからズルズルと背骨が取り出された。

「アアアアアアア!!!!!?」

声にならない叫びが喉から漏れた。体が熱い。脳が焦げる。骨を抜かれた? 何だそれ? そんな現実、あるわけない。

「ああ、いいわね。こんな、クズバンドマンにお似合いのスッカスカでだらしない背骨、大好き」

深くにあった俺が、ゴボッと剥がれていく感覚。

「私はね、クズバンドマンの骨を抜くのが大好きなの。悪く思わないでね」

女は声を震わせずに淡々と言った。

「なぜ」

「元恋人がバンドマンだったの。そいつに借金背負わされて、捨てられて。でもね、わたし、そのバンドマンが好きだったのよ。だから、わたし、誓ったの。絶対に逃げられないように、これから出会ったバンドマンを骨抜きにして、わたしがママになってあげるって」

女は個室の、入口とは反対側のカーテンを開けた。そこには、巨大なホルマリンの瓶がずらりと並び、その瓶のそれぞれに、肉と皮だけになった成人男性が入っていた。俺は目を疑った。瓶の一つに、慶太が入っていたのだ。

「まさか、慶太も」

「ええ、この慶太って奴の骨はすごかった。すごいからね、捨てるわけにもいかないし、売ったのよ。男のエゴや、自意識過剰な夢――そういうのが詰めこまれてたから。慶太も言ってたわよ。『このエゴの苦しみからのがしてくれてありがとう、ママ』って」

女の目が細くなった。あの時、慶太は失踪したんじゃない。抜かれたんだ。

やめろ、俺のママになるな。俺は逃げようとしたけど、背骨を抜かれたから立てない。

「あなたの骨もすごそうよ。ほどよく歪んでいて、軽くて、軋みそうで。そうだ。ギターがいいね。あなたの骨はギターにするがいいわ」

女は微笑んだ。

俺は、自分の中で何かが砕けたのを感じた。たぶん、プライドだ。たぶん、分不相応な夢だ。詐欺師は、詐欺がバレてしまったら逃げるしかない。だが、逃げるためには立たなければ……。背骨がないから立つことなんてできない。

「そうか、俺、ギターになるんだな。音楽なんて二の次で、女を騙すことしか考えてなかった俺が、いい音色を響かせるギターに」

「ええ、最高じゃない? それじゃ、いまから頭蓋骨を抜いてあげる。余計なことを考えられなくなって、わたしをママとしか思えなくなるわ」

女の手が頭を握る。ひんやりしていた。首筋に沿って、指が滑る。そのまま、指が頭にめりこんで、一気に頭蓋骨を抜かれる。

「ああああああああ!!!!」

叫び声が漏れたのか、頭の中で鳴ったのかすらわからない。

視界が揺れて、世界の境界線が滲む。

これからギターにされるんだ。俺はギターになって、誰かの夢を支えながら、誰かの手の中で鳴いていく。たぶん、こんなクズ男でできたギターは売れる音をつくるだだろう。SNSでバズる。女子高生が俺の音に合わてTikTokで踊る。「泣いた」「エモい」なんてコメントがつく。

いやまて、それは俺が時代を作るってことか? 俺がこれから喰うのはファンじゃなくて、時代そのものになるのかもしれない。俺が追い求められなかったことを、骨が追い求めてくれる。そしてその夢を骨に許してくれる存在は、たしかにママだ。

「ひとつ、聞いていいか。慶太の骨を売った相手を覚えているか」

俺の喉から出たのは弱々しく震える声だった。骨を抜かれ始めた後の言葉は、体の外で浮いているような感触だった。

「そうね、三軒茶屋に住んでる、新潟出身の女の子だったわね」

女は答えた。そういえば、慶太が失踪した直後に、この頭蓋骨をプレゼントしてもらったっけ。身体が沈む。意識がどんどん薄くなる。ママにならないでだなんて反抗心も消えていった。

光が消えた。永遠の暗闇。頭のどこかで、俺はこう思っていた。これで、なにかになるのだ。クズバンドマンのように、ふわついた人生でなく、しっかりとした骨の、ギターになって、誰かの音になる。そしてろくでなしの俺の肉体も、まだ役目はある。ただ黙って、ママのコレクションになること。

 

 

朝の光が濁った空に滲む。区役所通りの道路の隅に、破れたギターケースが転がっていた。中には、新品のギターが入っていた。

若い男が無造作にそれを拾い上げる。

「お。意外としっかりしてんな、これ。うわ、なんで頭蓋骨なんてぶら下がってるの?」

男は嫌な顔をしたが、ギターケースを肩にかけて、新宿駅の方向へ歩き去っていった。

2025年7月5日公開

© 2025 眞山大知

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