ホルマリン・チルドレン 3

ホルマリン・チルドレン(第3話)

尼子猩庵

小説

12,311文字

 神経症歴十年を数える二十九歳の「私」は、降って湧いたようなあぶく銭をはたいて一戸建てを借り、少年期を過ごした山あいの住宅街に戻った。そうして、小中学生時分に引きこもりになったまま今も住宅街に残っている元同級生たちを、集め始める。

※第四十二回(2018)すばる文学賞三次予選落選

十年ばかり前に撮ったMRIでは問題なかったけれども、もうずいぶん脳が萎縮してしまっているのに違いなかった。そうでないなら健康体ということそのものにケチがつく。眉間の奥に強い違和感が居座っていてよく揉んだ。しばしば指を突っ込んで頭蓋骨の裏側から掻きむしりたかった。

とつぜん揺り起こされたら病院のベッドか霊界の公営住宅にでもいて、ああ夢だったかと、ぼんやり思い返すというようなことにでもなれば御の字だ。しかしそこでもやがてさらなる覚醒に強制終了されて、さらなる来世からぼんやり思い返されるのだとしたら、今ここで前世をぼんやりにもせよ思い出すまでは次を起こされ得なくなって来るけれども。

川野さんのペンネームは川之三途、貴崎さんは鬼崎墓園といった。妙におどろおどろしいのはやけっぱちなのか、そこに変な色気を感ずるのは私だけであろうか。

ここではそれが常識であるかのごとく申し合わせたようにみんなまだ二つ折りケータイだった。赤外線通信で連絡先を交換し合ったら、向こうのプロフィールがまるまる来て、自分の名前をそう設定しているのが露顕したペンネームだった。

「しもた!」

「消して消して!」

「忘れて!」

と慌てていたけれど、何となく、二人そろってそんなへまをやるとも思われなかった。

このように秘密を急速に打ち明けられるのは危険に思われた。最初に早まったのは確かにこちらだが、ここで関係が崩壊したら、住宅街はもう魔界になる。もっと慎重に当たらねばならなかったか。

しかしだんだん、何の危険も漂っていなかった。二人とも、打ち明けて失うもの、穢れてしまうものが軽くなり過ぎたのか。医師か、カウンセラーか、または自分自身に、あるいは神仏や先祖の霊に、それに類した諸々に、諦め疲れているのかもしれなかった。

ペンネームの霊界ぶりにも、何だかもうユーモアも褪せ落ちていた。色気なんぞもけっきょくどこにもなかった。

半田のプロフィールはある洋画の醜悪な端役の名前だった(スロース)。その映画の話は水泳教室でも確かにしなかった。その頃には私もビデオに録ってあったのを何度も見ていたが。そしてかなり好きだったが。川野さんと貴崎さんのペンネーム露顕騒動の大きさに半田の話題は出ないかと思われたけれど、女性たちはきちんとそこにも触れた。女性たちは映画を見ていなかったが。

キャップ帽を目深にかぶって現れた貴崎さんの目元の軽い疲れも、昼からのアルコールも、濁った懐かしさにちゃんと溶けていた。変わってへん変わってへんと言い合った。

私のプロフィールの氏名そのままは一番サムく外したようだった。本名が最も懐かしさから遠かった。

川之三途と鬼崎墓園は、この世と重なり合った異世界ではとっくに玄人作家で、この世においては、新人賞に応募しては落選して暮らしているということだった。堆積した作品の分量は、感心するにも呆れるにも許容量を超えていた。「そこまでしてダメなら」という範疇の二、三十倍はある印象だった。川野さんと貴崎さんというのは、もう世を忍ぶ仮のすがたであった。

アクシデントをよそおって正体を明かしてくれたが、作品を見せてくれるまでは行かなかった。それは私にひとつの安堵だった。

しかしこれも呆気なく見せそうだった。こちらが突き破って頼めば済むことのようにも思われた。

半田が少し突っついたが、突き破る勢いではなかった。霊界の女流作家たちは、文芸誌の掲載なり単行本の出版なり、公的な活字にならないうちは見せられないと言った。

問題は私と半田の要求の弱さだった。女性たちはただただ、何かに勝利し続けているかのような余裕を持って悠々としていた。

貴崎さんが初めの氷の美女からアルコールでだんだん冗舌になる。

彼女をそれで形容したいが酒の匂いを表す単語が見当たらなかった。相談したけれど咄嗟の四人には「酒気」くらいしか出なかった。「酒匂」と私が言ってみると、それは苗字だと貴崎さんが言った。

「――わたしは、もうサナギではないな」

サナギという拙い比喩をこれほど多用されて悲しかった。また半田が言ったのだった。刷り込み的に固執しているようで。あんがい感心して、気に入っているのかもしれない。恥をかかせるための意地悪には思えなかった。

こんなことならもっと練って定義しておればよかったな。(サナギとなるにはいったん死を呈さねばならぬ、社会に出る瞬間の誰もが、頭を真っ白にして、顔を真っ青にして、人格を煮沸して、精神と感受性の小さな死を呈する、しばらく連続する小さな死だ、その後はもう別人だ、メタモルフォーゼだ、不死鳥が火に飛び込む時は、それで復活することをイデア的記憶として知ってはいるが、大脳や本能は知らず、生理現象は全力で抵抗するのではなかろうか、復活を目論みはせず、純粋な死を思いながら飛び込むのではあるまいか――云々云々とか言うて。)

幼少の頃から適当に捨てた言葉を大人に拾われてしきりにぱんぱんはたかれる恥ずかしさが過敏に嫌だった。

しかし今は恥ずかしさではない。そんな致命的なことではない。恥ずかしさそのものがおのれを恥じてすがたを消した。少しなら恥ずかしくなりたいくらいのことだった。

「わたしはサナギを終わって、背中の割れ目から、全然ちがうものがこぼれ落ちたんやわ。ぬるるっ……ぼとって。みんな『キャー!』言うてね。『逃げェ! 早よ逃げェ!』言うて。わたしは『待ってェ……待ってェ……』言うて――……あかん、おもろい」

と言って体を二つに折り、涙がにじむまで笑ったけれど、急でもあり、まったく声を出さない笑い方で、だいぶとヒドイ苦悶に見えた。

「アホばっかり言わんとき」

と川野さんが言って、肩をたたいたのやらさすったのやら、半々のようなことをした。

 

川之三途と鬼崎墓園の作品の開示は私と半田の度胸にゆだねられていた。それは遠そうだった。そしてしょせんそのつぼみも別の軽いキッカケで呆気なくひらきそうだった。

我々の躊躇は何であろう。現実はもう手の届かぬところに蒸発したわけであるからには何一つ重量も持たないはずが、去る際に我々の中へ茶渋を引いて、気弱な常識人の下手礼儀を強いられるわけであろうか。深刻な世間からは極めてどうでもいい葛藤だろうけれども。神々が行うのは徒然なる退屈しのぎ。鑑賞なさるのは身の入った事件より、無生産な芋葛藤であることもあり得る。

川野さんは貴崎さんの少し崩れた美貌を堅固な要塞に思っているようだった。かなり短い距離とはいえ、並んで歩く様子には以前の外出悲観が感ぜられなかった。それとも単なる同性が複数になった強さか。どこまで昇り得る強さであろう。これに類した諸証明の機会がないのがすなわち平和で、機会のなさだけが我々を生かしむるか。

我々は遂に白昼堂々住宅街の坂を長々と下り、秘密基地へと向かっていた。

誰か見ているかもしれなかったけれど、見られたとしても分不相応のローンにいまだ食われ逃れているだけな食べ残しの人々に過ぎなかった。じっさいに会えばきっと純粋な善意の直撃を受けてすべての印象はがらりと覆るのだろうけれども、会わない限りは、じっさいに会っても嫌な顔をされるのに違いなかった。

たとい私たちを噂のつむじ風で粉みじんにできても、我々の粘土をこね直す力はあろうはずもなかった。壊す力しかないものに壊されることは何の悲劇でもなかった。たといこね直し得たところでそのまま焼き上げられるほどの火があろうはずもなかった。とにかく今、すべてはあまりに涼しかった。

よく夜中に肝試しをした、誰か子どもが溺れ死んだという貯水池を過ぎ、ほのかに野焼きくさい林道を行った。やがてコンクリートの崖下に川が沿い、遥かなでんぱたが広がって、遠くの山々に雲の影が落ちる、その手前、頭上高く横切っている高速道路の真下で、人目がないか見回して、半田が私の肩を踏んで擁壁を登り、嘘のようにそのままあった、濡れた泥臭い縄梯子を垂らした。

女性たちは意想外に速かった。猿めいてすらいた。手が汚れることも服がこすれることも無頓着に、無言で事に当たるさまは軍事行動ぐらい淡々としていた。最後に私が登って縄梯子を引き上げ、茂みをかき分けかき分けして斜面を登った。

我々はこの異世界の冒険に臨んでそれぞれ懐にエモノを忍ばせていた。半田のマイナスドライバー、私のボールペン、川野さんのトンカチ、甚だしきは貴崎さんの果物ナイフ――じっさい現実の危機に直面すればあるいはかえって持っていたほうが危険なものであった。

誰も真剣に考えてはいなかった。すべては明け方の夢の中で振り回すような武器だった。

ところが我々はじっさいにそれを握りしめたのである。嘘のようにそのままあった、落ち葉や枯れ枝の積もったぼろぼろなテントの中が異様に清潔で、明らかに誰か住んでいるらしかったので。

一瞬にして侵略者にされた我々は、背中をくっつけ合って四方に対峙し、極めて視界の悪い周囲を見渡した。曲者の気配はわからない。森の中に充満する不明の視線や耳すましは砂嵐のようである。(――この場所ではなかったが、昔夜中に友人と、警官から逃げてしばらく隠れたことのある森だった。その時、送電塔に隠れていたのだが、警官ではない、明らかな人間の足音と話し声、それから木々のあいだに白いもやもやした人影を、私も友人も見た森だった。)

この、急転して本当に危ない感覚にも、私の神経は何も目覚めていなかった。誰かに見られていてもいいように、これが撮影されて放送されていても体裁が保たれるように、理性的な薄ら笑いなんぞ意識的に浮かべていた。

みんな同じだろうと思われた。狭い道で後ろからやけに飛ばす車に追い抜かれる瞬間や、自覚症状のfriendがあまりに仰々しく訪ねて来る時など、私は死ぬることを極めて適当に抱き込む。その不真面目さ。あんがいみんなそのような気分であろうと信ぜられた。

もし襲われたのだったら戦ったろうか。誰も冷静ではなかった。女でも本気で斬りかかればとことん頼もしかろう。こういう森の中ではあるいは男より強いかもしれぬ。

しかしけっきょく、曲者はいなかった。

一同あいまいにゆるんで、それでもいちおうまだ鈍く張り詰めつつあらためてテントの中を調べると、内部にもう一つのテントが張られているのだった。のみならずテントとテントの隙間にはトタンの海鼠板や大量の養生テープによる不恰好な補強が見えた。空気はなかなかしっかりと区切られ、寝袋が軽くたたまれてあった。

それから懐中電灯と、アンティーク調な行灯と、赤マルの吸い殻が数本転がっている灰皿と、田河水泡作『のらくろ漫画大全』と、三分の一ほど残っているニッカウイスキーの瓶があった。

それから額に入れられた一枚の写真があった。幼いゴンタクレが大勢写っている中には私もいた。

真ん中近くで、元気な頃の庄原が笑っていた。

 

あそこに住んでいるのは庄原だ、そうに違いないと言い合いながら、私の家で、私が作った夕飯を食べた。出かける前に小一時間煮込んで行ったものだった。炊き立てごはんをよそい、軽い炒め物など添えた。

テレビに注意をそがれながら、どのみち長続きしようのない会話であった。使ってはいるだろうけれども、まあ住んでまではいないだろう。何をしてるんだろうと言って、そこで途絶えるよりなかった。二人の女流作家は、この問題に対して何らの空想力を発揮することもしなかった。

食べ終わると川野さんが隣に並び、私が洗ったものを拭いた。こそばゆいような嬉しさがあるかと自問すれば否で、台所は縄張りを感ずる。並んでやりとうない。実家で私は、家事をでき得る限り、家に誰もいない時に済ませた。それ以外の時間はおおむね部屋にこもって、筋トレをし、思索をし、ろくに読めもしない難解な本をくり返し読んだ。とにかく毎日の体力を使い切ることに必死だった。

ニートではないと思い込むための、しがみつくような家事だった。老後の家事でもなければ、専業主夫の家事でもなければ、ヒモの家事ですらない、飽食の国の、引きこもりの若者の、実家における、たいへんゴリッパな家事だった。

貴崎さんはコーヒーを手伝ってくれたけれど、何となく彼女は家では何もしないのではなかろうかと想像された。半田はどこか痛むように白い顔をしてテレビを見ていた。

川野さんは家族から迫害され(迫害させ)、貴崎さんは家族を迫害して(迫害させられて)いるのだろう。むろん勝手な想像であった。

そして二人における、加害と被害の振れ幅は、虫の息のような狭さだろう。我々はけっきょく、大した現象ではないので、それだから何やかんや生き残っていられるたぐいの劣等者なのに違いないので。

庄原には違いないが、まあ完全に住んでいるわけではなかろう、しかしまったく住んでいないわけでもないわけだ、で、どうしようか。とふたたび話し合いながら、かように外部へ注意を流しているうちに、ふと内部が軽くなった。私と半田は、世に知られぬ二人の女流作家の作品の披露を願い出た。

貴崎さんから伝染したアルコールも縁の下の力持ちであった。

そして二人は原稿を持って来ていた。

一日中持ち歩いていたらしかった。茂みを登っているあいだも、侵略者になっているあいだもと言うのだから、あの緊迫した瞬間の、不真面目の深さは、薄ら笑いしていた私などより彼女らのほうが遥かに上回っていたわけだった。

読まれるあいだ、ただ待つのはイヤだからと、二人とも朗読した。たくさんある著作の中から、一作ずつの披露だった。

鬼崎墓園のどんでん返しなショートショートと、川之三途の奇想豊かなダダ詩であった。

読み終わるたび、私と半田は拍手した。上々だ。上々で本当によかった。そして何より上々だったことは、朗読を終えた二人に悔恨の色の見られなかったことだった。

しかし快癒の色もなかった。もはや我々にはどちらもなく、また完全にないわけでもないらしいことが、どこまでも生ぬるい閉塞であった。

生半可な、社会からシッカリした冷笑すらもらわれぬ、致命的でもないために切除すること能わざる、恐ろしく手ごわくはないけれども、いつまでも鬱陶しいポリープであった。

夜道を家まで送る必要もない、もはや事件の起こり得ない古びた住宅街を、霊界の女流作家たちは帰って行った。

あるいはこれで見納めであろうか。二人だけで内緒の仙境に秘めていた妙なる花木が、花木かどうかは知らないがそういうものが、我々の鼓膜に汚されて枯れたであろうか。

そんなに大きなことには、もはやなりようがないだろうと願われた。そしてじっさいあの作品たちは、二人にとって、既に立ち枯れであろうと察しられた。

朗読のあたりから一気に強まった女人の匂いが重く残っていた。子ども時分には何の時だったか花柄の絆創膏をくれた――こんなものどこで売ってるんだと思った――あの小さな母性や精いっぱいの背伸びが、起伏に乏しい紆余曲折を経た、そのなかなか平然としていられぬ匂いにどうしようもなくむせながら半田と飲み交わした。

私はシッカリ飲む時には食べない、何か食べるとかえって悪酔いするのだが半田は逆だった。それで何やら色々と並べているのを見ていて、そういえばこやつとは水泳教室の帰りに買い食いしたことがあったなと思い、何か分け合っていた場面を思い出した拍子に子ども時分の躾を思い出す。

うちは母が何ぞ子どものために買って来たものを、三人きょうだいに包丁で切らせた。切った者が最後に取ることと言って。今思えば図らずも西洋の「悪魔のケーキ」だ。天使はケーキをハナから均等に切るが悪魔は「切った者が最後に取ること」と言われて初めて均等に切るとか何とか。今思えば母の性悪説だった。

しかし元々そうしないとちょろまかすような性質でなかったのは我らきょうだいの生まれつきであった。躾というものの、その性質を先天的に獲得している者にのみ効く悲しさ。反対に、悪いことを言うと口を叩かれたが、時には加減を間違って大量の鼻血で顔の下半分が血まみれになったほどであったのに私はとうとう口が悪く育った無力さ。

遂に匂いに耐えかねてコンビニまでタバコを買いに行く。私がこの住宅街を離れたあとにできたコンビニだった。夜中にこうまで明るいものはなかった。一瞬、庄原が働いているかもしれぬと思ったけれど、少し年下の、ちょっと学年がずれるだけで一生他人な誰かが無愛想にお釣りを差し出すばかりだった。

駐車場の向こうの隅に何やらタムロしている安全な不良少年たちの中に、前の家に住んでいるボクがいるだろうか。今しも校舎がちょっと見えている中学校は市立だ、卒業して十四、五年と思えば当時の教師もたいがいいなかろうし、風紀も学力もすっかり変転したことであろうけれども。

半田は両親から私との付き合いを暗に懸念されているらしかったが、両親の懸念もしょせんは弱かった。伸び切ったゴムはびろびろであった。いっそ切れるまで引っ張ろうにももはや腕の長さが足りなんだ。

浮浪者のようにそこらで寝ようと言って、周囲から隠された場所を探した。浮浪者は一つの理想だ。そこに達するには社会復帰と同等の険しい道のりがあろうけれども、受動的決断と消極的行為だけで達せられそうな夢が見られるゆいいつの道だ。

せめていっときの模倣だけでも。それを何年も積み重ねたという視野を空想しながら。

監視カメラのないことを確認し、見覚えのない新しい児童館(?)の塀の内側へ入り込む。コンクリートの上で横になった。服が汚れるだろう。しかししょせん一回の洗濯で落ち得る浅い汚れだろう。

外で寝るのはよくやった。私は布団の中でもなかなか眠られない子どもだったから、たいがいは朝まで起きていたけれど、一度だけぐっすり眠ったことがある。無期限停学になって留年が決定して高校をやめた頃、夜中にしばしば呈する異様な高揚のまにまに友人と二人、原付で以て遠くのアウトレットパークに行った時だった。

夜明けまでまだ遠い時間に着いたので、開店を待って、敷地内の道の真ん中で丸まって寝た。雑踏のど真ん中で目が覚めた。昼前だった。警備の人が起こしに来なかったのが不思議だった。現在だったら写メかムービーを撮られてネットにさらされていたに違いなかった。行き交う人々は我々を見ないようにしていた。ふだんは同じ年頃や同じ人種の人間しか見ていなかったが、家族連れの多いことをあらためて知った。

気を取り直して服やら靴やら見て回ったけれど、お金もなくて、キレイな建物に囲まれた中庭でタバコだけ吸って帰った。とにかくあの時は、野外でぐっすり眠った。

そして今、呆気なく眠っていた。まばたきしたら半ば以上朝だった。慌てて半田を起こし、児童館(?)から転がるように這い出た。

すたこら逃げて来て、最後の角を曲がって、家々の直線が長かった。可燃ごみの収集日だ。誰にも見られぬうちに帰らねばならなかった。けっきょく引っ越しの挨拶もしていない、両隣もお向かいさんも、我々をどう考えているのか知らないけれども。

朝陽に当たれば灰になれようか。風に吹き飛ばされてそこいらにこびりつくのも悪くなかった。

半田はなまじ少しだけ寝たためにアルコールが悪くなって一気に目が赤かった。私も同様らしかった。

命からがら帰り着いて鍵をぜんぶ閉めた。半田は一階の和室に敷いた布団へ倒れるように寝転がってすぐに鼾をかき始めた。自分の家が七階にあるのが怖いのだと、いつか言っていた。マンションが倒れるかもしれないとは思わぬが、ただ空中にいるのが怖い。コンクリートのマンションの七階は、木造の一階より頑丈かもしれないが、この怖さはそういうことでは解決しない。大地の下の空洞も怖いし、地球の球体と自転も怖い。しかし一戸建ての床はそうした恐怖が急になくて、ずいぶん安心なのだと言っていた。

お米だけといで、自室と定めた二階の部屋に上がり、布団にもぐり込んだ。

なかなか眠られなかった。能動的に眠るということのむつかしさ。先方にやってもらうしかない。なるほど睡眠は死の親類だ。

せめて目をつぶって力を抜いていた。眠られなくともこうしていればいくらかは回復するだろう。その回復だけでもあるいは生きて行けるだろう。大したことはできない病人になるだろうが、少なくともしばらく死なないだろう。

あと五年もすれば死んでいるかもしれぬと考えれば、精神安定剤をやめるメリットはどこにもない。

しかしメリットでやめているわけではないと思い至ると、安心した。

この安心は折々確認し直さねばならぬ。しかしこのたびのように善効果に落ち着く思弁も、偶然の組み合わせにふと生ずる、しょせんは向こうからやって来るものだった。

 

そのえらく美人な女性は貴崎さんの従姉だということだった。玲衣子さんといった。貴崎さんよりも健康そうで、貴崎さんよりも若く見えた。我々を前にして目をらんらんと輝かせている今だけのことであろうか。貴崎さんから話を聞いて、駆けつけて来たのだと言った。

「だってさ、子どもの頃のさ、とくに友だちでもなかったのがさ、今になってさ、」云々云々と、あんたがたどこさぐらい間投助詞だらけの話し方で非常に面白がっていた。

こんなに物事を手放しで面白がることのできる性格が、貴崎さんの血液中にも確かにあるようではある。しかし我々はもうハリボテだ。生物と死物ほどの差だ。この差を思えば我々を抑えつけたものはやっぱりなかなか重量を持っているか。誇らしいことであった。

玲衣子さんはタクシーを呼んだ。自分が乗って来たスポーツカーに貴崎さんと川野さんを乗せ、私と半田をタクシーに乗せた。

北のほうの山裾に大きなプールのついたホテルがある。昔は市民プールとして開放されていたけれど、今ではホテルの物らしかった。その背後の山腹に、何やら別荘が点在していることは知っていた。その中の一つの大きなログハウスへ我々は招待された。

玲衣子さんは大学も出たし、カタいところへ勤めたこともあるし、生活や社交に何らの弊害もなかったけれど、ある人と運命的な出会いをしたあとは、免除せられ得る一切を免除せられた贅沢の中で、毎日退屈して過ごしているそうな。

貴崎さんの美貌を鋭利にしたようだったが、つくづく思えば、静止画にしたら二人ともそこまでの美貌でもないか。けっきょくは、目の前で動いている表情とかしぐさとか、近くにいるとあてられる色気のようなものであろうか。玲衣子さんが現れなければこんなことには気づかずに済んだろうものを。

早い話がお金持ちの旦那さんがいて、家事のたぐいはハウスキーパーに丸投げしている。ひねもす軽いアルコールをたしなみつつ、大画面の映画を見たり、大音量の音楽を聴いたり、雑誌を読んだり通信販売で買い物をしたり、えらく本格的な器具でフィットネスをしたりして過ごしているそうな。

「みんなで暮らそうよ」と言った。

旦那さんが滅多に帰って来ない時期など寂しくてならないのだそうだった。退屈や寂しさというものがいかに重篤な状態であるか、そのうち遂に悟ってしまいそうでイヤなのだとか。こうなると玲衣子さんにも我らが脆弱性が認められるか。しかしそんなものは誰しもに認められ得、我々も必ずしも脆弱性だけで弱っているわけではないはずであった。

寒いくらい見晴らしのいい広やかなウッドデッキでバーベキューをごちそうになった。玲衣子さんには思いがけなく帰って来た旦那さんが手ずからたいそうテキパキ動いてふるまってくれたバーベキューだった。

旦那さんは、貴崎さんが来ていると聞いて特別帰って来たらしかった。現れて早々自分から公言した。浅黒い、肩幅の広い、バイタリティが服を着ているような、生きる理由を人一倍持っているような、落ち着いていて愉快な人だった。愉快ということの残酷さを極めて率直に、分け隔てなくまき散らしていた。

貴崎さんのことがたいそう可愛いらしかった。残りの我々のことは軽やかに侮蔑して明るく話しかけて来た。「凄いな」とよく言った。我々の学歴や職歴の空欄を褒めるのだった。「君らの生き方は凄い。徹底的にやったれ。君らが悪いんやない」

そうしてカクテルを作った。じつに小器用だった。洒落たことは何でもできそうであった。どんなに嫌なことでも、おのが信念に反することでも、トコトンそつなくできそうであった。

しばらく黙ってごちそうになっていた。やがて半田がこっそり、帰ろうやと言った。

伝えると、川野さんも同意した。

川野さんが貴崎さんに言うと、「……そうやね、帰ろ」

旦那さんはサッパリと、「おおそうか。また来い。俺がおらん時も来い」と言って全員とがっちり握手した。玲衣子さんに送ってもらった。旦那さんのカイエンを借りていた。酒気帯び運転だったけれども、もはや検問のないような道路だった。

またちかぢかねと言われて、我々はうなずいた。玲衣子さんは地上の楽園へ帰って行った。

みんなで我が家に入った。電気をつけて、そこらに座った。

川野さんに手伝ってもらいながらコーヒーを淹れていると、貴崎さんがとつぜん、激昂した。

「――あれがわたしの未来や」と言って、何ぞ図らん、脱ぎ始めたのである。「成功したらの話やけどな」

しばらくなりゆきを見ていた川野さんが、ある時とうとう駆けつけて、元通りに着せ始めた。貴崎さんは、それからは大人しく着せられていた。

我々は貴崎さんの裸を見た。投げやりに座った姿勢で、行き当たりばったりに脱いで行く、その過程で、ある瞬間にはとうとう仕舞いまであらわな裸だった。

半田はあからさまに顔をそむけていた。私はそれに気づいて、顔をそむけなかった自分を知った。

貴崎さんも気づいていた。それでかえって半田に食ってかかった。まだ半裸なまま、挑戦的ににじり寄って行った。

半田はうつむいて、「もうええよ」と言った。貴崎さんの罵り言葉がむき出しになると、半田にも何かはだけるものがあって、「もうええ、また小説聞かせてくれ」と言った。

「……何それ? きっつぅ」と貴崎さんがからむ。「なあ。何なん今の。『また小説聞かせてくれ』――はァ? ドラマなん?」

川野さんが最後の服を着せていた。大人しく着せられながら、

「だいいち、軽々しく言うなよ、ェえ? 小説いうのはなァ、わたしらはなァ――」

それから長々と吐き散らした。いわく、そもそも自分たちがいまだデビューできずにいるのは、作品の構成力――それは作者の社会的協調性と比例するのに違いない!――やキャラクターの表現力――それらもひっきょう作者の人生苦労と比例するだろう!――の未熟のみに原因し、アイデアはよいはずなのだ、それなのでこれまで落選しまくった無数のアイデアが、そこだけ盗まれて、スランプの若い作家たちに使われるとか、ネット小説に流されるという可能性がある、いつかデビューできたとしても、自分の作品で盗作と言われると思えば、いやそもそもそれが原因でデビューが永遠に阻まれるのだと思えば気が狂いそうだ、冗談抜きで!

何か足りていないものが、あるいは余分なものがあるはずだ、あんがいちょっとしたことで。仮に受賞できたとしても本当にデビューできるのか、その花々しさと騒々しさに耐えられるのか、それは大丈夫だろう、だって受賞した瞬間からもう今のわたしやないんやから、このどうしようもない劣等感がなくなるんやからな……と貴崎さんはしゃべり続ける。既に激昂は去っている。引くに引けないからただ継続されているというような述懐である。

巻き込まれた半田も、私と川野さんも、貴崎さん自身も、こんな時は客観的の醒めた目を断乎つむり、うそもまこともないようなところまで持ち込んで、翻弄され切るべきなことであったろうか。あれは何だったんだろうねと、あとで片づけられるゆとりを残して?

しかし生ぬるくとも奇人変人の我々は、そもそも白々しく感じることもできなんだ。世間から逃げ隠れした罰はこのようなかたちもとるか。我々は白けることもできなんだ。ただ不感というものがあるばかりだった。

と思えば川野さんがちゃんと涙ぐんでいるので、ティッシュの箱を押しやると、ありがとうと言ってそっと抜いた。折りたたんで目に当てて、そのまま動かないのがじつに切実であった。

貴崎さんが半田の肩に腕を回していた。カクテルをどれほど飲んだのか見ていなかったけれど、あんがい本気の狂態なのかしら。わたし目ェ整形したんやぞ。目の下のたるみ取ったんや、これでもな。外にも出んくせに、親に金出してもろて、メス入れたんやぞ。親はな、反対もせえへんかったわ。言われるがままに支払いよったんじゃ。

ちかぢかと覗き込まれて、半田はただ自分の息がかからぬよう気づかうほかないふうであった。何やねん、何か言うてみいと言われて、小さい声で、小説聞かせてくれ……とくり返した半田も、あんがい本気の消沈なのかしら。本気で彼女らの文才に感心して、応援しているのかしら。もうわからぬ。私も頭の中央部がイヤな感じで痛重いし、もうちょっとで気を失いそうだった。

貴崎さんは半田の唇が縦になるまで強く頬をつかんで、

「玲衣ちゃんかって立派やないか。立派なもんやぞ。馬鹿にしたらしょうちせんぞ」

そうしてようやく、ちゃんと泣き始めた。

川野さんが泣きやんで慰め始めた。

私と半田はタバコを吸った。

煮え切らないものすらなかった。我慢ならないものがぱんぱんに垂れ込めていたけれど、破裂もせず、どこまでも濁って行くだけらしかった。こんな時はせめて帰るのだろう。しかし帰る人すらいなかった。

やがてみんな冷めたコーヒーを飲み始めた。一連の出来事は大部分が合間々々の沈黙に侵されていたのでかなり時間が経っていた。

テレビをつけた。

なぜか半田がタバコの煙を吐くたびに口笛を添えおるから、

「夜に口笛吹いたらコトリが来るで」

と私が言えば、貴崎さんがこちら向いて、

「え、蛇ちゃうの。小鳥が来たって可愛いだけやん」

「その小鳥ちゃうわ。子どもをさらって行く言う意味のコトリ。子盗り」

「へえ。初めて聞いた」

「――でもほんなら」と半田。「蛇はキツイけど子盗りやったら、俺らには害ないやん」

「でも子盗りが妖怪のことやったら」と川野さん。「あたしらが子どもと見なされるかもしれへんで」

「そらあかん。半田、もう吹くな」と貴崎さんが言えば、

「わかった」と、言わざるの猿のように口を押さえて、「危ないとこや」とくぐもった声で言った。

 

2025年5月1日公開

作品集『ホルマリン・チルドレン』第3話 (全12話)

© 2025 尼子猩庵

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